88話──勝者は
折れた花から感染していくように、地面に広がる花と萎れた雑草が消えていく。浄化されていく。ワーサーを受け止めていた花も消えたことで、その体が十センチほど落下して腰を打ち付けた。
「ゥッ……」
苦痛の呻きだ。確かにワーサーから漏れた、苦痛の呻き。
つまり、痛みを感じた。腰をぶつけた衝撃を受けた結果の呻きだ。ワーサーがダメージを受けた。答えは赤花だった。
無意識に、セイジの口角が上がる。
故郷から心に残る、攻略本を見ずに難敵を攻略できた喜び。余裕綽々な奴と立場を逆転させる、知能を持つ者全てが感じる優越感や満足感。
セイジは、ワーサーの足を引っ張り馬乗りになった。刺殺してやろうとした。逃がさず、抵抗させず、完膚なきまでに心を折ってから殺す。最期に屈辱を与えてやろうと、本筋からズレた感情だった。
「待て!止まッやめろ!!」
「命乞いか?」
「勘違いだ!そうだ!おかしいと思わないか!?なぁ!!」
「なにがおかしいんだ。言ってみろよ」
「だから、その……【グロウ──」
不意打ちの魔術だった。だが、
「──!」
あっさりとセイジに首を絞められて、詠唱が唱え切られることは無かった。
ワーサーが狙っていた魔術は発動せず、途絶えたグロウのみが無駄にワーサーの魔力を消費。付近の床や壁の隙間に乾燥して発芽せずにいた植物の種が影響を受けて芽を伸ばした。
それだけだった。
最後の足掻きは子供が初めて使う初歩的な魔術となった。
……
…………
最期に、なるはずだった……
「セージさん!」
弱々しく、しかし芯のある。愛しい音色。
その声を聴き、最も喜んだのは誰か。
嬉しいと、そうセイジは感じていた。元気とは言えないが、意識朦朧とした状態から起き上がって名前を呼んでくれたのだ。喜ばないはずがない。
ただ、それ以上に、たった今生まれたこの状況に歓喜する者がいた。
「駄目だアリスッ!!」
穴から一歩こちらに踏み出して、その体を晒してしまった。ワーサーに、堂々と晒してしまった。
セイジをどうにもできないワーサーがここからなにをするかなんて決まり切っている。ワーサー本人でなくとも確信を持って言えてしまうほど、最悪な位置とタイミング。
そして、セイジはアリスの登場に驚き、思考に空白を作ってしまった。
視線がアリスに釘付けになり、上体を起こしてワーサーから手を離し、注意を逸らしてしまった。
どれだけ強くなろうとも判断力はセイジのままだった。
「けほ……あはぁ!」
戦いが長引いていれば、セイジに投げられていたであろうナイフが、アリス目掛けて投げられる。
「ッ──」
咄嗟に手を差し込もうとしたが、気付いた時にはリーチの外。
「絶望しろよばかやろうが!」
走って追い付こうと考えるも、ワーサーが脚でセイジの脚を挟み込んで邪魔をしてきたことで出遅れた。
アリス、ワーサー、足、動けない、ナイフ、毒、死ぬ、殺される、死なせない──
なにがなんだとなんでもなんとでも、訳が分からず、それでもどうにかしようとセイジは叫ぶ。
「やめろォォーー!!」
「アハハハッ!!ッ──あがッ──あああぁー!!」
ざまあみろと嘲笑うワーサーの腹部を、セイジは力任せに殴った。
ワーサーも無様に叫ぶ。なのに脚を放そうとはせず、だからセイジは感情のままに拳を振るった。
ローブは左右に広がって、内側に仕込まれていた暗器の数々が曝け出されている。それらに手を当てないよう、ナイフを胸に突き刺す。それでもワーサーは脚の拘束を緩めない。
セイジは、ワーサーの胸に刺さったナイフの柄を、上から叩き潰すように殴った。
ワーサーの胸からも仮面のからも、多量の血液が溢れ出る。
刀身は肉を切り裂き骨を砕いて、ワーサーの心臓に達していた。丁寧さに欠ける追撃をしたことで、地球の現代医療ではどうにもならない損傷を与えていた。この世界の回復系魔術でも、下手な術士では生命の構造に反する状態で再生させてしまうだろう。王宮御用達の術士でもなければ再生は不可能だ。
火事場の馬鹿力なのか、執念によるものなのか、ワーサーは一向に足を緩めない。
セイジは右手を左へ振り上げて、ワーサーの頭部を勢いよくぶん殴った。衝撃で仮面が外れて転がっていき、涙や血で汚れた顔が曝け出された。
もちろん可哀想だとは思わない。だから、セイジは続けて鼻っ面に拳を振るった。
鼻が折れてもそれでもワーサーが諦めないから脚を殴る。どこを殴れば使い物にならなくなるとか、専門的知識もなければ考える余裕もないセイジは我武者羅にワーサーを殴った。
殴って殴って、なのにセイジのスキルで強化された力でも剥がせない拘束。
脚自体を潰しても駄目。心臓を潰したと思われる攻撃をしても弱まらない。
どこだ。どこだと視線を巡らせる。殴っていない場所はどこだと。
「──ぁ」
怒りで視界を狭めたセイジは気付けていなかった。
ワーサーの太ももに注射器が刺さっていることに。
ワーサーが左太ももの外側に注射器を刺して、自ら毒に犯されていたのだ。意図的なのかはわからないが、巧妙にも見えにくいようローブを被さっていて、針はローブ越しに刺さっていた。更に、注射器が刺さっているのはセイジが視線をほぼ真下に向けなければいけない位置だった。
ワーサーはその注射器内の毒で筋肉を固めるかなにかして、その異常な拘束力を実現していたのだろう。
自分がセイジに一方的に攻撃されることを構わずアリスに毒を巡らせる、まさに諸刃の剣の選択を取った。せめてアリスを殺し、絶望を残してやろうという負け惜しみの行動。
「はやく死ねよッ!!」
胸を全力で叩いた時、遂にワーサーの拘束力が僅かに緩んだ。命絶えるからなのか、毒の効力が消えたのかはわからない。
歯が混じった血を大量に出し、全身は痣だらけ。指先もあらぬ方向へと折れ曲がっている。
「……!」
なのに、最期にグルんと目を合わせてきたワーサー。
その目が笑っているようで、それがまるで、ぼくの勝ちだという宣言のようにセイジには感じられた。
瞳から色が消え、瞳孔はセイジを捉え続けていた。
「ッ──アリスッ!」
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