84話──後悔のないように
「……あぁ。やっと、腑に落ちましたよ……!」
確信を持った力強さと、僅かに震える声。
「その自傷行為がスキルに関わっているんですね!そうかそうか、そうか。誰も、君すらも気付いていなかったことにこの土壇場で……!」
例えるなら、それは新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。
「馬鹿力も、毒の効き目が薄いのも、全て納得がいきましたよ!君の異常な思考もそれが原因ってことですね。自傷行為を見せてぼくの気を引きつつ、自己強化してぼくに攻撃すると。そこまで考えられるなら小娘の命を優先しようとも考えられないんですか?」
「ここでお前を逃がしたらどこで奇襲されるかわからない。俺はここがどこなのかすらわからないけど、お前は熟知しているだろうからな。だから俺にとってはアリスの命を優先することとお前を殺すことは繋がってんだ」
「……」
「それともあれか、今の俺の動きを見て勝てないとでも思ったか?」
こんな状況なのに、セイジは友人に対してノリで嘲笑するような態度でワーサーを挑発していた。
ここまで命懸けの戦いを続けていれば、嫌でも相手のことがわかってくるのだ。なにをすればイラつくのか。頭の中をセイジへの怒りで支配させて、アリスを蚊帳の外に出せるかを。
「仕方ないよな。どれほど君が頑張っても俺一人すら殺せないんだからさ。プライドがズタズタに引き裂かれたわけだ」
「なに、言ってんですか、って。まさか、そんなわけないじゃないですか。……君は、死にかけの他人の子供から助けてって縋られて、誠心誠意自立できるまで支えてあげますか?」
「話の繋がりが読めないんだが」
「答えて下さいよ!」
「……無視するだろうな」
「ですよね?それと一緒ですよ。君のような雑魚になにを言われたところでぼくには関係の無いこと。どうってことない言葉なんですよ。プライドがなんなんですか。スキルがあるからって調子に乗らないでくださいよ!」
「調子になんて、一回も乗ったことないんだが……」
「言い訳すんな!」
「……」
会話の内容はセイジにとって大した意味はない。
現状時間を味方にできるのはセイジだからわざわざ話している。少しづつ体がスキルによって毒を中和しているのか、適応しているのか、とにかく症状は緩和されていることを感じていた。
同時にセイジの中を埋めていたナニかが消えていき、堪え切れない睡魔と感じる痛みの量が増していく。ワーサーに抗えるほどの強大な力が、穴の開いた風船のように萎んでいってしまう。
だがそのような弊害があろうとも、セイジはワーサーを殺すことを焦っていなかった。
一番の大きな要因は、物理的に狭められた視界だ。
生まれてから、情報処理が行なわれなくなる睡眠中以外の人生を共に過ごしてきた身体の部位。生二にとっては五感の中で最も重要視している視覚。
視覚か聴覚か。その二つが主に五感の中で議論にあがるだろう。趣味によっても是非が分かれる。読書が好きなら視覚を優先するだろうし、音楽が好きなら聴覚を優先する。
どちらが良いかと質問された場合、生二は趣味とか関係なく視覚を選んでいた。
理由は単純で、聴覚が無いと視界外からの呼びかけや危険に気付けない不便さはあるが、物の位置がわかり走ることができることが大きい。空間把握力に関しては耳を凌駕しているのだ。
会話が出来ないという弱点は生まれるが、手話や筆談で補える。
他にも、百聞は一見に如かずという言葉があるように、個人の目で見ることが大事だ。
セイジはそんな重要視している視覚の半分を失ってしまっていた。それでも、だからこそ情報が限られることによって普段よりも冷静さを取り戻しやすくなっていた。
眼球を失ったタイミングも良かった。毒により朦朧としていたことで、ワーサーにやられている行為と肉体の変化に差異が生まれて精神を喪失しないことに繋がっていた。
臨界点を越えれば、受け入れられる。
なによりアリスへの想いがセイジを保護していた。
セイジだから耐えられた。前へ、未来へと進めるのだ。
「なぁワーサー」
「気安く呼ぶなよ、希人がッ……」
「もう終わりにしよう。なにを言ったって俺たちは分かり合えない。殺すか殺されるかだろ」
「ぼくは逃がしてやるって言ってるんですよ。人の話を忘れないでください」
「俺はそれを断った。……俺がそんなに怖いのか?さっきもアリスを盾にしようとしてただろ?負けを認めてるのとなんにも変わらないよな」
「被害妄想も甚だしい……!!」
まとまりない二人の会話。終着点を作るのはセイジだ。
ワーサーの体で破壊した壁の破片を右手に持って武器にすると、一歩前へ進んだ。
「お前が初めてなんだ」
右瞼は閉じたまま告げる。
「こんなにも明確な殺意を持たせてくれた人間はお前だけなんだ。だからって特別なわけじゃない。お前を殺すことに躊躇いはない。心惜しさも未練も一切感じない。ただ……お前の毒のおかげでスキルに気付けた。それだけは感謝するよ」
「感謝しているぼくを殺すと?」
「殺意と敬意は別だろ。敬意なんて呼べないくらいちっぽけな感情だけどな」
セイジは、破片の鋭利になっている部分を使って左前腕を浅く裂いた。
ワーサーに見せつけるようにゆっくりと。
「だけど、だ。俺の今の人生の中で一番心を許せる存在はお前なんだよ。ワーサー」
「へッ……告白かなんかですかー?」
ワーサーは不快感を隠さない。それどころかわざと曝け出すように言い飛ばす。
「きっとお前が最初で最後だろうし…………そうであってほしい」
心の奥底に溜まった想いが、僅かに零れていた。
セイジはそれを失言だったとさっと後ろを振り返り、アリスがまだ起きていないことを確認。
「これ以上話していると自分が分からなくなりそうだ」
ザッ、ザッ、とワーサーに近付いていく。それに伴いワーサーもローブから注射器を取り出した。
「ああ」
己に注入し、部屋の端に投げ捨てた。
それから開いた手でもう一度ローブの中を漁り……ナイフを取り出した。手のひらサイズのナイフに表面は、金属特有の光沢とは別のテカりがある。液体感のない張り付いたテカりだ。
「あぁ……!!」
次にワーサーは、背後の壁に両足のかかとをぶつけて暗器を露出させた。
それから仮面の下部に手を触れさせ、顔との位置を調整してフィット感を強める。
「こんなことになるならもっと殺傷性の毒を用意しておくべきだった……!!」
それでもワーサーの言葉は仮面の隙間から漏れ出た。
セイジからしたら、お前が、お前たちが始めた戦いだろ。でしかないのだが、ワーサーの思考には、なんでこんなことに……という被害妄想高めな後悔が過った。
「小僧が、上位者ぶってんじゃねぇよッ!」
セイジとワーサーの尖った感情が交錯し、幕が切って落とされる。




