83話──不意打ち
「ぅ……ふ……」
毒はセイジの全身を駆け巡る。
その毒が致死性のものだったのか、そうでないのかはわからない。
まだまだスキルを理解できていない。どれほどまでの死に耐えられるのかがわからない。
「ッ……はぁ、はぁ!」
脳が張り裂けそうなほどに痛い。有刺鉄線を巻きつけられたのかと錯覚するほどの頭痛だ。
だがセイジはまだ生きている。そして、最悪な苦しみが、最高の力を引き上げてくれる。
大切なのは、体が適応する前に行動することだ。最も苦しい時を逃してはいけない。
「やっぱり君、馬鹿だよね。なんでそんなキモいことするの?」
「きまっ……てるッ──!!」
セイジは無くなった右目の瞼を閉じて、握り締めた注射器を無理矢理引き抜いた。
その痛みでも力が湧き上がる。
まだ足りない。もう少しだと、目的を脳裏に過らせてセイジは自身を突き動かす。
実験台にされた時に使用された注射器たち。半分以上は壊れてしまっているが、破損せずに残っているものもある。
セイジはその中でも液体が中に残っているものに目を付けて拾う。そしてワーサーが投擲されるかと警戒するよりも先に破壊してしまい、中の液体を自分の体の傷口へとかけていく。
「……狂いました?自殺ですか?」
「はぁ……!はぁ……!」
意図せずとも呼吸が荒くなり、眩暈に襲われ、痛みだとか暑いだとか、色々ごちゃ混ぜになった気持ち悪い感覚が全身を駆け巡る。
そしてセイジは──
「──は」
ワーサーが瞬きという避けられない生理現象を起こした瞬間に、セイジは全身全霊で跳躍。
言葉を喋るよりも先に、肋骨をへし折ってやろうと渾身の膝蹴りをお見舞いした。
「うぶ──!」
セイジの膝と牢屋内の壁に挟まれるワーサー。
あわよくばこの一撃で潰れて欲しいというセイジの願望は叶わず、隣にも部屋があったせいで壁が薄く砕いてしまう。
力の逃げ場が生まれたことで、ワーサーの体がその部屋の奥へ飛ばされる。
「う、ぐあッ!」
セイジは転がるワーサーを追わない。
まずアリスの体調を心配し、牢屋の中へ戻っていた。
意識を失っているものの、呼吸は安定してきている。靴に仕込まれていた刃の毒は、本当に殺すつもりの無いものだったのだろう。
ならば、セイジがすべきことはわかりやすくなった。
ワーサーを部屋の外へ逃がさず、この穴にも近付かせずに、今度こそ息の根を止めてやればいい。
「……けほッ、ごほッ!」
膝蹴りによる息苦しさと、仮面の隙間から入り込んでくる砂埃が呼吸を阻害し、ワーサーは咳を抑えられない。
「あぁ……不意打ちとは酷いじゃないか。ごほッ、おぇ……」
自らのこれまでの行ないを棚に上げて、セイジの膝蹴りを非難するワーサー。
そんなワーサーに、セイジは不快感を隠せず顔を歪めた。
「人の事言えないだろ。クソ野郎が……!」
「口が悪いなぁ。あー痛い……」
ワーサーは文句を垂れつつ、自身に注射器を刺して握り、中の緑っぽい液体を体内に入れていく。慣れた行為なのだろう。それは自然な動作で、セイジへ向ける非難の目を全く変えることなく注入していた。
「ふぃ……」
首を回して腕も回して、体の調子を確かめると面持ちに余裕を見せた。
「取引をしませんか?」
「……取引、だと?今更なに言ってんだよ!」
「そう怒らないでくださいよ。怒りたいのはぼくだって一緒なんですから。きっとここも痣になってますよー?」
「なら見せてみろよ!」
「嫌ですよ。それよりも取引の内容ですが、君と小娘を見逃してあげましょう。代わりにこれ以上ぼくに付きまとわないでください」
見逃してあげましょうという上から目線な発言。付きまとわないでというあくまで自分は被害者だという姿勢。
相手を腹立たせる事に関しては随一だ。
「お前……マジで言ってんのか……?」
「当たり前じゃないですか。君はそのまま後ろに下がって小娘の介護でもしてなさい。ぼくはそこから出るので邪魔しないでください」
「許容できるわけないだろ」
「だーかーらー、そこの小娘からも君からも手を引くって言ってんですよ。君が夢にも見たことなんじゃないんですか?」
「……お前さ、自分で気付いてるか?」
「なにをですか?」
「取り繕う時、ブラフをかけようとしてる時、決まって言葉遣いが丁寧なんだよ」
「はぁ?」
セイジの指摘に納得がいかないのか、腑に落ちない様子だ。
「適当言わないでくださいよ。家族でもないんですから、勝手にぼくを見極めた気でいないでください。気持ち悪い。そもそもさっきの自傷行為はなんですか?それも気持ち悪いですよ」
「……」
自分の考えるスキルの力を説明するわけにもいかず黙るセイジだったが、都合が良いのかワーサーは勘違いしていた。
「もしかしてあれですか?ぼくの前で自傷することで代わりに小娘は許してくれとでも言いたかったんですか?」
勘違いしてくれていたが、こうして口に出すことでワーサーの頭の中で情報が並べられていく。
「…………いえ……それはありえませんね。会話ではなく暴力をぶつけてきたんですから。じゃあ何のために自傷行為を?ぼくの気を引いて時間稼ぎをすることが目的ならもっとマシな方法があったでしょうに。気が狂ってそれしか思い付かなかった、なんてことはありえないでしょう。今の君は狂っているが、自傷行為に至るほど心神喪失はしていない」
恐怖心で逸る心を隠すように、仮面をかりかりと爪でなぞりながら、セイジの謎を解明していく。
毒薬の研究をしているだけあって、地頭の良さも教養も、遥かにセイジを上回る。残念な性格が邪魔をしているだけで、それさえなければまともな道を進み大成する未来もあったほどにだ。
「咄嗟にそれしか思い付かなかったんだよ」
「そんなわけがない。生命を脅かす行為を、君の言う咄嗟で考えられるはずがない。生物としての本能には抗えないんですよ。……それとも希人だから全くも別物として考えろとでも言いたいんですか?自分はスキルが使える上位種だと?」
「勝手に盛り上がるなよ……」
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