81話──戦士
ゼットのように、両手両足が弛緩して倒れ伏す巨漢。
「……何故だ」
しかし、正確に言葉を紡ぐほどの元気を残していた。
それもそのはず、ジェルデミアが打ち抜いたのは両足の大腿神経。両肩の腱板。そして最後の一つは巨漢の鎖骨上部から体内へ侵入し、正確に胸椎を打ち抜いていたからだ。
もはや、産まれたての赤子以上に、巨漢はなにもできなくなっていた。
「死闘……だ。なのにお前は殺さない。殺せたのに殺さない。オレ様にはわからない」
「話は後です」
ジェルデミアは縋るような巨漢を通り過ぎ、指を振って倒れたままのゼットの体に防御魔術を張りつつ、そこまで走った。
その背中に左手を当てて……
「よかった……」
まだ心臓の鼓動が止まっていないことを確認し、安堵の息を吐く。
「……【イージス】。これでなんとか、ネイビーさんのところまで」
防御魔術で保護されているものの、念には念をと眠るゼットの体をゆっくり持ち上げて、ジェルデミアはその体を背負った。
「ふぅ。それで、貴方を殺さなかった理由ですけど」
「……なんだ」
体を動かせないためジェルデミアの方を巨漢は見れない。相手の感情は声だけで察するしかない。
「私にもわかりません」
「は?」
呆れるほどふざけた回答に、巨漢は怒り混じりの声を漏らした。
「私は初めから貴方を殺すつもりでいましたよ?なんですけどねー……。この子がどうも、貴方を殺すことに悩んでいるみたいだったんで、貴方に情けを掛けたというよりはこの子に情負けしたってことで。お願いしますね」
「お願いとか言われても意味わからないぞ。お前らはなんなんだ。なんでオレ様を生かす?」
「……俺は」
なんとゼットが目を覚ましていたようで、巨漢の問いに答えようとしていた。
「もう起きたんですか。大丈夫でしょか?」
ジェルデミアはゼットの身を案ずる。
「……はい、ありがとうございます……」
元気さに欠ける返事だったが、言葉を離せるのであればまだ死にはしないだろう。
「お前。オレ様を殺せとそいつに命じろ」
「嫌です……」
「オレ様はもう戦えない。トドメを刺してくれ」
「殺す必要性を感じないです……」
「オレ様はお前たちを殺そうとしていた。それだけで理由になる。わかるだろ?」
「わかりません……」
どうしても巨漢を殺したくない。そんなゼットを配慮し、ジェルデミアも巨漢の説得に加わる。
「貴方は戦士なのでしょう?」
「そうだ」
「そして私たちも戦士」
「そうだ」
「では、私たちは動けなくなった者に攻撃することは、戦士として卑劣な行為だと考えます。どうかお許しを」
巨漢の戦士という崇高な肩書きを盾に、ジェルデミアは言いくるめようとした。
「……確かにそうだ。わかる。お前の言いたいことはわかる」
「情けをかけられることは嫌だと感じるかも知れません。しかし、勝者である私たちの意志を尊重していただきたい」
「なんだぁ……?」
「貴方を保護させてください」
「……」
「いいですか?」
「…………駄目だ」
「……そうですか。……わかりました」
それ以上は本当に巨漢の誇りを傷付けてしまうだろう。ゼットもそれは望まないはずだ。
諦める素振りを見せつつも、ジェルデミアはゼットを背負うために背に回した右手の指を振った。ゼットだけがそのことに気付く。
「貴方をここに置き、私たちは先に進ませていただきます」
「聞きたい。お前たちは何のためにここに来た?」
「人探しですよ」
「……女か?それとも男か?」
それは、アリスとセイジのことを指しているのだろう。
「どちらもですよ」
「そうか。女も男もここより下の階層にいる。オレ様の右の道に行くと階段がある。急ぐといい」
「それは……」
「嘘は付かない。勝者を尊重する。お前の言ったこと。わかるだろ?」
「わかりました。ありがとうございます」
「それとだ。一人だけ気をつけた方がいい人間がいる。それ以外はお前なら倒せる。そいつは大変だ。苦戦する。負けるかもしれない」
「ご忠告感謝します」
「以上だ。去るといい」
それ以降、話は終わりだと口を閉ざした巨漢。
ジェルデミアはゼットを背負ったまま、巨漢を信じて言われた通りの通路へ歩いた。そして部屋を出る直前で立ち止まる。振り返るとこちらを見ている巨漢の姿があった。
「……行かないのか?」
「貴方は、本当に戦士なのですね」
「なにが言いたい」
突然言われて、馬鹿にされているのかと眉をひそめる巨漢。
「今なら体を動かせるはずですよ?」
「……あぁ。本当だ」
ジェルデミアに言われて初めて、巨漢は腕を動かし、足も動かして立ち上がった。
「どういうことだ」
「魔術で身体のサポートしているんですよ。貴方の脳の指令に忠実にね」
「……不思議だ」
「ただまぁ、どうにか不意を付いてでも殺そうとしていないとわかりましたし、私も殺す必要はないんじゃないかなと、そう改めて思いましたね」
「ですよね……」
嬉しいのか、ジェルデミアに回された腕に微かに力が入った。
「…………」
巨漢は数秒黙ったのちに、歩き出す。
ジェルデミアたちの方にではなく、近くの壁までへと。それから壁に背を向け、もたれながらゆっくりと腰を下ろした。
「これはいつまで続く」
「三十分くらいですかね」
「……わかった。お前たちはオレ様を戦士と認めた。信じた。だからオレ様はなにがあろうとお前たちを害さない。誰か来ても何も言わない。それだけだ。どっかいけ」
腕を組んで、目を閉じる巨漢。
ジェルデミアもこれ以上会話を続けるのは野暮だと歩き出そうとしたが、
「名前は、なんて言うんですか」
ゼットの言葉に立ち止まる。きっと巨漢なら無視しないだろう。
正真正銘、最後の問答だ。
「……エイデン。消えた母がくれた名だ。でもオレ様は……この名が好きだ」
「はい……。何様のつもりだと思うかもですけど……、俺も良い名前だと思います……」
「そうか」
ゼットの言葉を否定しない。受け入れてくれたということだろう。
「お前たちは?」
「ゼットです……」
「私は……」
即座に答えたゼットに対し、立場という障壁を前に口ごもってしまうジェルデミア。
「無理なら言わなくていい。オレ様は敗者。強制しない。できない」
「……ジェルデミア・イア、と申します。ミアと、気軽に呼んでください」
「ゼット。ミア。そうか。覚えた。永遠に忘れない」
こうして、エイデンとジェルデミアとゼットによる、世界で最も気高き闘争が終わった。
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