8話──成長3
「……」
なにも教えられないまま、男の後を着いて森を歩く。
合格すればこの関係性が終わる。そう考えると、少ししんみりする。
別に男との関係が完全に断たれるわけってじゃないが、弟子と師匠である今の関係が終わることに寂しさを感じるのだ。
正直、スパルタだなって思う時もあった。
指定された生物を狩るまで帰ってくるなと命令されたこともあるし、手ぶらで三日間生き残れと森に放置されたこともある。
まぁ、いずれも『俺は離れたところで見守っててやるから、本当にピンチになった時だけ助けに入ってやる』と言ってくれたからこそ心に余裕を作ることができ、クリアすることができた。
どこまでも優しさが垣間見えている男だ。
「お前がEランクに上がった時の事。覚えてるか?」
「もちろんだ。めちゃくちゃ嬉しかったんだ。忘れるわけがない」
「俺も、嬉しかった。自分の事のようにな。だが、それ以上に驚きがあったんだ」
「なんでだ?」
「今だから言える事だが、実は一年は掛かる想定だったんだぜ?」
「一年……」
「だが、お前は俺の想定を超えてきた。二週間くらいである程度の基礎知識を取り込んでくれた。それに、実戦初日で命を奪えた。そこに躊躇があるか無いかが最重要だったんだが、お前は手を振り下ろした」
「躊躇はあったけどね」
「そこも俺からしたら想定以上の成果だったんだぜ?お前の反応から殺したことねぇってのはわかってたからよ、あの日は逃がして終わりにするか悩んでたんだよ」
「そうだったんだ」
「経験ゼロで、いきなり殺せって言われて三十分も悩まずにモグラウオを殺したんだ。お前の覚悟は誇れるぜ。俺が保証してやる」
「うん……」
「それからの成長も凄まじかった。ワイズラットの解体で吐いたのは面白かったがな!」
「面白がってたのかよ!」
心配してる裏で内心笑ってたとは……こいつッ!
「落ち着け落ち着け。話はまだ終わってない」
「じゃあ煽るようなこと言うなよ」
「すまんって。んで、それ以降も見学から始まって、五回目でやってみると来たもんだ。あの時はホント、度胸あるなって思ったわ」
「吐き気は我慢してたけどな」
「それに、買取部位を切っちまってたな」
「手の震えがどうもな」
「今ではなんなくこなせてんだから、良く成長したぜ。Eランクに昇格する為の試験も特に苦労せずクリアしちまうからよ……タイミングミスったなぁ~つって、ちょいとした後悔もあるな。やっぱこういう節目ってのは苦労してこそ人生の糧になるもんだ」
「確かに拍子抜けしたのは否めないな」
「だろ?」
本当に嬉しかったけど、Eランクに上がった実感あまり無かった。
ゼットに報告する時も、
『そういやEにあがったわ……』
と、緩い報告になった。まぁ、ゼットの時も同じような感じで、
『強いていうならEランクに上がったことくらいだな』
って言ってたのだからお互い様だ。
ちなみにゼットは、驚き、疑い、更に疑い、最終的には祝福してくれた。
「それで調子に乗りでもしてたらちょいと痛い目見てもらおうかと考えてたんだが、杞憂だったな。お前はEに上がった後も真面目に研鑽を積んでくれた」
「そりゃEが最終目的じゃないからな」
「……そうだな。ま、そんなお前だからこそ、俺も飽きずに教えられたとこはある。仮にお前が中途半端な奴だったら、きっとあれやれこれやれって指示だけ出して後は放置してたわ」
「冗談だろ」
「んいや、めんどくせぇとか思って、はよ野垂れ死ねって思ってたかもな」
「……マジで?」
「大マジかもな。さて、そろそろ着くぞ。これに関しては前々から考えてたことでよ、他と干渉しにくい場所探しといたんだ。感謝しろよ?」
本当に冗談なのかどうか確信できない言い方で濁されたことにモヤモヤする。
まぁ、結果的にはこうして良好な関係を築けているし、気にする必要は特に無いか。とりあえずそろそろ目的地に到着するみたいだし、気を引き締めていかない……と?
……見間違いじゃないよな。
確かにあれは……あの傷は……ッ!
「まさか……」
「お、気づいたか!」
男は嬉しそうに笑った。
「昔と比べると観察力も相当上がったな」
「あんたに鍛えられたんだ。あれくらいどうってことない。それに、わかってるだろ?あれに対する俺のこの湧き上がる感情を」
木々の隙間から、とある生物の痕跡が目に飛び込んできた。
縦方向に、真っ直ぐ伸びた線。それが不均一に幾つも並び、一メートルほどの流さで途切れている。
幾度となく見てきた。
あれだけは一度も見逃すことは無かった。
「バブベアーの……縄張り……」
「俺がお前になにをして欲しいのか、もう何も言わずとも理解できるだろ?」
「あ、あぁ…………ふぅー……」
バブベアーの討伐。
いずれ越えなくては行けないと思っていた壁だ。
ランク的にはEランク。Dに近いEだ。
その点だけで考えれば、俺でも太刀打ちできる強さ。だが──
「は、は……ふ、ふぅー、はぁ……」
恐怖とは、そう簡単に拭えるものではない。
全く戦う力が無い頃に、一方的に襲われて殺されかけた。その記憶が金縛りのように体を締め付けてくる。
「……厳しいことを言わせてもらう」
「ふぅ……なんだ」
「出来ないってんなら、強制はしねぇ。だが、出来ないってんなら、もう冒険者は辞めるべきだ」
「……」
「勇気を出せるよう太鼓判を押してやる。お前にはバブベアーを殺せる力がある」
お世辞ではない。
こいつは、こういう時に嘘をつくような男では無いことは重々理解している。
「だから、それでもできねぇんならお前はいずれ力不足とは別の理由で死ぬ。精神的な傷は、重傷と同等レベルにお前の足を引っ張るもんだ。だから、死ぬ前に……殺される前に大人しく別の仕事を探すんだな。お前はまだ若いし、別の道を探すのも悪くないと思うぞ」
「……俺、は」
「もう一度言うが、強制はしねぇ。無理なら無理って言ってくれ」
「……」
「その引っかき傷のある木より先に足を進めたら試練開始だ。一歩でも戻ってきたらその時点で失格とする。いいな?」
バブベアーの縄張りに一歩でも踏み入れれば、もう下がれない。だが、踏み入れた瞬間に奴はこちらの侵入を感知され、こちらに速攻してくるだろう。
「ふぅ……」
困ったらとりあえず、目を瞑って息を吐く。吸って、吐いて、吸って、吐いて……
どこまで効果があるのか分からないが、これが俺の心を落ち着けるルーティンになっていた。
そして、自分の目的を再確認。なんの為に頑張ってきたのかを振り返る。
「……行ってくる」
会話を続けたら、この決意が揺るぎそうだった。だから、男の言葉を待たずに、俺は奴のテリトリーへ身を投じた。
あいつの姿が見えなくなる。
ただ、時々枝を踏み折る音が聞こえてくる。その点ではまだまだ。
「……さて、俺はあいつを信じてここで待ってるとするかな」
バブベアーの縄張りの中に入ったら俺でもバレてしまう。だから、いつもみたいに近くで見守るわけにはいかない。
正々堂々命懸けで戦ってくれ。冒険者ってのは、そういうもんだ。
「頑張れよ、セ……ィ…………はぁ」
踏ん切りがつかない自分に嫌気が差す。
「……とにかく頑張っとけ」
それしか言えなかった。
思い付いたばかりでまだ構成練ってる最中なので更新は遅いですが、評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!
ちょっとでも続きが気になれば!是非!!