76話──正々堂々
「すみません。貴方を不快にさせるつもりはありませんでした。どうかご容赦いただきたい」
「……許す。お前はいい奴だからな。後ろのお前もだ!」
「俺ですか……!?」
「そうだ。お前もいい奴だ。目がいい奴だ。前の奴を心配する優しい目だ」
「あ、ありがとう、ございます?」
益々巨漢との距離感や言葉の真偽性がわからなくなるゼット。
三人は再び歩き出した。
「お前も戦士になるならかかってこい。オレ様は歓迎する」
「わかりました……」
「そろそろ着く。もう見えるだろ」
巨漢はそう言うが、ゼットとジェルデミアにはその巨体が邪魔で先の光景が見えない。
しかしそこから少し歩くと、巨漢の言う通り開けた場所にでた。しかもこれまで歩いてきたただの洞窟と違い、整備されていた。
先に続く通路以外、どこを見ても真っ平らな場所だった。
継ぎ目ような段差は無く、陰影や他人の姿が無ければどこまでも広がっているように錯覚していたであろうほど、綺麗に灰色一色で塗られている。
「オレ様に与えられた戦場だ。邪魔なものがあると嫌なんだ。わかるだろ?オレ様の魔術で綺麗にしてる。罠とかは仕掛けてない。絶対にだ」
「疑いませんよ。貴方の真面目な人柄は良く伝わってきましたから」
「ならいい。後ろのお前はそこで大人しくしてろ。戦士のお前は真ん中まで行くぞ」
巨漢はジェルデミアを背後に、中心へ歩く。
「どれくらい離れたい?」
「貴方のお好きなようにしていただいて構いませんよ」
「お前はいい奴だ。望め」
「では……貴方の棍棒が届く距離から一メートル後ろから。ではどうでしょか」
「そう望むならそうしよう。…………このくらいか?」
丁寧に、棍棒を持った腕を伸ばして示してくれる巨漢。
「はい。この距離から始めましょか」
「この戦場でのルールを説明する。いいか?」
「お願いします」
棍棒を身に寄せると、巨漢は説明を始めた。
「一。一度戦いを始めたら出るな。戦士は逃げない。わかるだろ?」
「はい」
棍棒を持たない腕を突き出して、指を折り曲げて一を表現する巨漢に、頷きと声で理解を示すジェルデミア。
「二。死ぬまで終わらない。死闘が最も美しいからだ。わかるだろ?」
「はい」
ピースで二を表す。
「三。戦い方は縛らない。縛られない。オレ様はこれを使う。魔術も使う。お前もなにしてもいい。さっきのをしていい。別のことをしてもいい。自由だ。わかるだろ?戦士は自由なんだ。心残りは無い。後悔は無い。夢と希望を胸に戦うんだ。わかるだろ?」
「同感です。自由は誰もが追い求めてやまないものですからね」
「そうだろう」
ジェルデミアの言葉に嬉しそうに頷く巨漢。
「次が最後のルール。とても大事なルール。一番守ってほしい尊いルールだ」
巨漢は親指を曲げて四と示したのち、棍棒を持ち上げて戦闘の構えを取った。
それが表すのは、言い終わり次第戦闘開始だということだ。
「四。……楽しむことだッ!!」
跳躍と共に棍棒を振り上げた巨漢。胴をがら空きにしているが、頭突きされた時のことを踏まえると、容易くその皮膚を打ち破り、血を流させることができるとは思えない。
「全身全霊で参りましょう」
「んがァ!!」
叩き潰そうと振り下ろされた棍棒に、ジェルデミアは二本指で氷を生み出しぶつける。
巨漢の腕力は凄まじく、僅かに減速させることしかできなかったが、ジェルデミアはそれが狙いだった。
生まれた一瞬に隙により、ジェルデミアは側方に回避行動を取るのではなく巨漢の足元に潜り込むことができた。
そして、その至近距離で放つ攻撃は、五本指で発動させる風の魔術。指先まで伸ばし切って指の間を閉じた右手で、巨漢の右肩から反対の腰までをなぞるように空を切った。
「ぬオォ!?」
目に見えない透明の刃が、巨漢の皮膚を切り裂いた。薄皮を切るに留まる一撃だったが、希望は見えた。
「なんのッ!」
巨漢が腰を低くしたかと思った次の瞬間、棍棒を引き戻すと同時に、ジェルデミアへ蹴りが飛んできた。
棍棒は脅威ではない。次の攻撃に繋げるためと、蹴りやすい姿勢へと移行するためだからだ。
つまり、疾風迅雷の蹴りをどうにかすれば、一度離れるか攻撃するかの二択の行動を取れる。だが、ジェルデミアでも回避できないタイミングと速度の蹴り。
掠るだけでも刃物のように肉を断たれて骨が折れるであろう蹴りに対し、ジェルデミアは冷静に握った左手を前に出していた。
すると、光で形成された円盤が瞬時に浮かび上がり、蹴りを真正面から受け止めた。
ジェルデミアは生み出した好機を逃さず、人差し指で床を指した。灰色の床が、平らに伸ばした布の中心を下から突き上げたような挙動で変形し、巨漢の股間を穿つ。
反応を待たずして、今度は左手で巨漢の腹に触れ、その体を宙に浮かび上がらせた。
巨漢は棍棒を巧みに振ることで空中での姿勢を制御。
「お前凄いぞォ!」
巨漢は浮かび上がりながらもジェルデミアの鮮やかな手腕を称賛。急所を攻撃されたというのに、先ほど薄皮を切った風の刃よりも効き目がないどころか、全く効果が無い様子。
急所だからこそ強固にしていて、防御力が高いのだろう。
再び放たれた五指の刃は棍棒を合わせることでガード。二指の氷柱も、棍棒をバットに、氷柱をボールに見立てて砕き飛ばした。ジェルデミアへ飛ばされた破片は消滅。それ以外は床にぶつかりもっと細かく砕け、水に変わって染み込んでいく。
三指で濃縮して放たれた炎も棍棒で掻き消されるかに見えたが、棍棒に触れた瞬間燃え盛り纏わりつく。棍棒から巨漢の手を伝って全身に回り、極熱で包み込む。
皮膚へダメージが与えられなくとも、内部へ浸透する熱であれば、巨漢を唸らせられる。炎は呼吸を妨げることもできるから、追い詰められるだろう。
巨漢が空中に浮かぶ僅かな時間で行われたジェルデミアによる魔術の連撃。
しかし巨漢は、全身を炙られ続けながらも、手に持った棍棒を足まで降ろし、空中での足場にすることで五指の刃を放とうとしていたジェルデミアの射線から逃れる。
棍棒はジェルデミア目掛けて蹴られたが、ジェルデミアは左手で容易く受け止めた。
巨漢は燃やされながらも距離を離し、着地と同時にしゃがんで両手のひらを灰の地面に付けた。
巨漢が触れたところから花吹雪のように塵が舞い上がり、炎の体を覆い隠した。
晴れた後には男の体から炎が消え、頭髪の先が散り散りになっている。
下履きも多少焦げたのか白い煙が上がっているが、巨漢の地肌はなんともない。
「貴方も凄いですね。そんな消し方をするとは」
「オレ様は凄い。だから今も生きてるッ!」
これほど頑丈であるならば、巨漢の体に刻まれた傷跡は過酷な戦場を乗り越えて生まれたもの、というわけではないのだろう。
きっと、想像の一歩や二歩、それ以上先の苦境で生きていた。
ここまで力が付いていない幼い頃に傷付けられたもの。人間は酷いという言葉の背景に潜む闇は一体どれほど暗く悲しい過去なのか……
巨漢が語らない以上、全て想像で補うしかない。ただ、ジェルデミアにもゼットにもわかることは、その過去が勝手に無遠慮にずけずけと踏み込んではいけない心の檻の中にあるということだ。
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