70話──数には圧倒的な力で
どこまで進んできたのだろうか。
男は戦いの中、避けられない刃を目前にしてぼんやりと思った。
「ぐッ……クソ!!」
致命傷は避けられたが、浅くはない切り傷を受けた。その頬が切れた痛みで意識が覚める。
広がった視界には七人のローブの人間が敵意を露わにしている。
「死ねやッ!」
拳を振り下ろし、喉を狙ったナイフを持つ前腕を叩き折る。更に頭突きで意識を刈り取り、続けざまに奪ったナイフで背後から襲い掛かろうとしていた敵を討つ。力任せに頭蓋を切り砕いた。
既に限界は超えていた。
なんのためにここまで頑張っているのだと、何度も自問自答した。
しかし自分自身を納得させられる答えは生まれず、家に侵入してきた仕返しだという当て付けのような怒りで戦っていた。
既に侵入してきた者は殺したというのに、無茶して戦う必要はないだろうと薄々考えながら……
「ッらぁ!!」
充血した瞳を爛々と光らせ、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がった筋肉を動かす。鼻血もぽたぽたと垂れ、拳は擦り切れている。
真っ赤に染められた鉄の棒も、半ばで曲がっている。いつ折れてしまってもおかしくない。
そんな凶器で鼻頭を叩き潰す。怯んだところに、股間を蹴り上げ追撃。
その体は蹴りの勢いで浮かび上がる。その結果、飛来してきていた火炎球から男を庇う形となり絶える。
ナイフを離れたところに立つ魔術師へ投擲し、腹部に命中させた。しかし致命傷には至らない。すぐに体勢を整え、戦闘に復帰するだろう。
「まだ、まだぁぁッ!!」
咆える。
己の闘志を燃やし、敵意を剥き出しにして意志をぶつける。
しかし、永久機関が存在しないように、人間の活動にも限界がある。
「──」
震動は感じられ、全身の痛みもまだ残っているというのに、目の前が真っ暗になり、耳が聞こえなくなった。
前後左右上下、自分がどこにいるのかわからない。立てているとは思うが、酒に酔っている時のように頭がふわふわとして……
「うああああッ!!」
地面を強く踏みしめて耐える。
ここで倒れてしまっては、総動員で畳み掛けられて抗えない。
そんな状態でも数人は持っていけるだろうという自信が男にはあったが、掃討できる可能性は万が一にも無いだろうという確信もあった。
片膝をつき、気配のみで腕を振る。
手から腕に伝わる衝撃で、うまいこと命中させられたのだと察する。
これで膝をついたから戦えないというわけではないとわからせられただろう。
そう男は肯定的な考えで、口角を上げた。これも見栄を張った強気だ。
「……」
しかし、段々と男の表情が変化する。攻撃を受けて引き攣ったり、笑いに変わったわけではない。
困惑だ。
たった一秒でも命に関わる、極めて過酷な戦いの中。既に五秒経過しているというのに、誰も襲い掛かってくる気配がない。魔術も飛んでこない。
「は……」
ゆっくりと世界の形を捉えられるようになった視界。目をあちらこちらへ動かし、どうにか現状を理解しようとする。
「……なにが」
完全な静寂とまではいかずとも、明らかに戦いの気配が無くなった。
やがて、男の体が落ち着きを取り戻す。未だ体の中が燃え盛っているが、五感は取り戻された。
そんな男の前に、一人の人間が背を向けて立っていた。
わざと目を逸らさない限り、ふと意識を向けてしまうくらい輝いている金髪。
煌びやかではない、ビシッとした権威の感じられる黒を主とした軍服のような衣服。この騒ぎの中、汚れ、解れなど、それらが一切付いていない。振り返った前側も綺麗だ。
「良くぞ、戦いに身を投じてくれた」
「あんたは……」
見覚えのある顔。
関わりがあるわけじゃ無い。面と向かって会ったこともない。男が一方的に知っている人物。
リドリー・ウェル・グリント。あまり関わりたくない人間だ。
「後は私が全て片付けよう」
軽く握られた手を、腰の高さから頭上までゆっくり掲げていく。
それに伴い、光で首を括られ、手首足首を宙に固定され、まるで罪人のように磔にされている神領星たちの体が伸びていく。
関節が外れ、筋肉が軋み、神経が千切れ、悲鳴を上げる暇もなく引き絞られて命を落とす。
そもそも目と口にも光が纏わりついていて叫ぶことはできないのだが、その差など些細なことだ。
「助かった……」
今は貴族だろうが関係ない。
男は、一人の人間として、感謝の言葉を投げかけた。
「確か……レラティブ、だったか。Bランクの冒険者。パーティー名は無いが、レンナという女冒険者と共に行動している」
一方的に知られているものだと思っていた男は、リドリーのその言葉を聞いて唖然とした。
「レンナは回復系魔術の使い手なのだと聞いた。そろそろ合流するはずだ。レラティブ殿は休むと良い」
「…………そうか」
色々確かめたいことがあったが、男は静かに頷いた。
「……はぁ」
土とか血の汚れを気にせず寝転がる。
小さな雲が穏やかに流れていく空を眺めて、鉄の棒から手を離した。
ひとまず、男の戦いは終わった。後は他人に任せてしまおうと、目を瞑る。
「……」
「情けないわね」
「……」
「無視しないでちょうだい」
「……なんだよ」
男が仕方なく再び目を開ければ、顔を覗き込んでくる女性の姿があった。
「レンナ、さっさと治してくれ」
「それが治してもらう立場の言葉かしら?」
「……治してくれ」
「まったく、しょうがないわね」
レンナが男の体に手をかざして魔術を唱えると、少しづつ痛みが和らいでいく。
「どこでサボってたんだ?」
「普通に戦ってたわよ!」
男の疑いに、眉を吊り上げて文句を口にするレンナ。
「あんたこそ、あんな奴らにそこまでボコボコにされて恥ずかしくないの!?」
「別に……だ」
「ふーん……」
「それより、もっと強く掛けてくれ。死ぬ」
「はいはい」
レンナは子供のわがままを聞く母親のような態度で、注ぐ魔力量を強めた。
「あいつが……あ?」
リドリーが言っていたことについて聞こうとして周囲を見た男の視界には、死体とレンナのみが見えた。
「リドリーはどこ行った」
「あたしに聞かれてもわからないわよ。またさっきのあんたみたいな人を助けに行ったんじゃないの?」
「そうか。……リドリーはお前が来るってわかってたらしいが」
「偶然出会ったから一緒に来たのよ。リドリー様の足が速すぎてあたしが遅れただけ」
「なるほどな。ま、なんにせよ助かった。俺の体をどうにかできるのはお前だけだからな」
「……」
「どうしたんだ?いま止められるとマジでヤバいんだが」
「……ほんと、デリカシーの無い最低な男ね」
「あ?」
「あたしの言いたいことわかってる癖に、そうやって気付いてないフリするところも最低よ」
「知るか。あと暴言吐くんじゃねぇよ。俺怪我人だぞ」
「はぁ……」
話は終わりだと、目を瞑って呼吸を整え始める男。
対してレンナは、そんな男の杜撰な対応を重く受け止めることなく、ため息一つで受け流した。
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