7話──成長2
そのフラワーワームは、口を閉じていた。
俺に噛みつく為に姿を見せたわけではなかった。
何の為に……?
そして、そのフラワーワームが次取った行動は、地面から尻尾を出すわけでもなく、潜って次の攻撃へ移行するわけでもなかった。
俺の方を見たかと思えば、次の瞬間には口から弾丸のように土砂を吐き出した。
「ッ!」
咄嗟の出来事に頭が真っ白になってしまい、もろに食らってしまった。全身に打ち付けられて衝撃と痛みが体を襲ってくる。
運が良いことに、石や砂利が目に直撃することは無かったが、砂粒はいくつか入ってしまったっぽく、思わず目を瞑ってしまった。
やばい。敵の眼下でこんな無防備になってしまうなんて、一番やってはいけないことだ。
でもどこに逃げればいい?今いる位置はどこだ?木が無い方向は?
思考を巡らせ、次の一手を練り上げようとするが、目を瞬かせて視界を取り戻した時には、フラワーワームの鋭い歯が視界を埋め尽くしていた。
段々と近づく大口。
歯にはなにかの布が引っ掛かっているのが見えた。もしかしたら、別のところで他の人間を食い殺してきた後なのかもしれない。
……時の流れが遅く感じる。
きっと、極限の状態になって、脳が限界を超えて働いているのだろう。でも、俺にはどうすることもできない。
「っと、ここまでだ」
間一髪のところで、フラワーワームの頭部に男の蹴りがめり込んだ。
フラワーワームは蹴りの勢いに負け、全身が地上に追い出される。
男はあれほどの巨体を蹴り飛ばすほどの蹴りを、踏ん張りの効かない空中で放ったにも関わらず、反動を受けることなくスッと着地。
フラワーワームはピクリともしなくなった。
「いけっかなーって思って口出ししなかったんだが、まだキツイか」
「あれは無理だよ。もっと早く助けてくれてもよかったんじゃない?」
「すまんすまん。でもまぁ、一匹目との戦闘は良かったぞ。二匹目はしゃーない。本来フラワーワームはD序盤くらいだからお前でも勝てんだが、あいつは……Cに近い強さはあったな」
「マジか」
「まだEになってそんな経ってねぇんだ。それでフラワーワーム倒せてんだから十分だ」
「でも……」
もうEランクに上がってから二ヶ月経ってるんだ。そろそろ焦る気持ちも出てくる。
男のおかげで、着実に力を付けることはできている。今ではこうして普通のフラワーワームなら倒せるし、解体することの躊躇もほぼ無い。強いていうならまだ綺麗に部位を切り離すことができないってことくらい。
まだバブベアーとは戦えていない。あの時の記憶がちょっとしたトラウマになってて、もう少し心の準備が欲しいのだ。
そして……
「……まーだお前女に会えてねぇんか?」
「……あぁ」
そう。まだあの子に会えていないのだ。
全くと言っていいほどに手掛かりが無い。記憶にあるあの姿も、今では靄がかかりつつある。顔はまだはっきりと思い出せるが、服装とかはもうわからない。
説明するとしたら、髪は金色で長くて、目は水色で、自分より少し二、三歳若い可愛い女の子。となる。
金髪はこの世界だと珍しくないし、それだけでどう探せばいいんだって話だ。
一応、策が無いわけじゃない。
情報屋に金を払って聞いたり、ギルドに人探しの依頼を入れるという手段だが、これは最終手段にしたいしできれば取りたくない。
どちらも決して安くない金がかかるが、俺が気にしているのはそこじゃなかった。
こういうやり方であの子を探すことを、人として超えてはいけない壁なのではないかと感じているのだ。
この世界じゃ許される行ないかもしれない。実際、このやり方は俺が考えたんじゃなく、男が提案してくれたことだしな。
でも、モラルとかマナーとか気にしてしまうし、そもそも普通にそこまでして特定しようとするの……キモくね?
「ま、お前の恋路に今更変に口を出すつもりねぇから安心しろ。だが、もし再開できた時は教えてくれよ?」
「その時はな」
もう俺のことを忘れられてそうな気もするけどね。
「とりあえず解体するか。お前はその小さい方やれ。俺はあっちのデカい奴だ」
「わかった」
「どこの部位かわかるか?」
「皮膚だったよね」
「そうだ、頭の近くは使えねぇからそこから切り落として、後はちょっと切ってキッカケ与えてやりゃあ手で剥ける。それと」
「血に毒があるんだよね」
「おう。触るくらいなら問題ないが、口に入らないよう注意しろよ。傷口にも当たらないようにな」
言われた通りに頭を切り落とす。ただ刃を振り下ろすんじゃなくて、前後に動かして引き切った。
血が急激に吹き出たりしないよう慎重に。
それから、バナナの皮を剥くみたいにフラワーワームの皮を剥いだ。
残った肉はそのまま放置する。他の生き物の糧になるし、森にとっても良い肥料になるからだ。腐敗臭とかの心配も必要ない。それだけこの森は生態系が混在しているのだ。
「そういやお前、パーティメンバー探したりしないのか?」
「メンバーね~」
「あんま乗り気じゃなさそうだな」
「結局さ、価値観の差があるからムズいんだよ。あんたは稀人だって理解してくれてるけど、他の奴らはそう簡単に受け入れてくれるもんじゃないんだよね」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなのだ」
初めの頃はこの世界の常識とか知らないことばかりだったから、その言い訳というか、理由を説明するのに稀人だという事を明かしていた。
でも、それを聞いて良い顔する奴はいなかった。奇異なものを見る目になったり、迷惑そうに関わりを避けようとしてくる人も中にはいた。
だから最近はその事は伝えずに黙っている。この男のおかげでこの世界に順応し始めていることもあり、馴染むことができているのだ。
「でもまぁ、そろそろ一人で冒険しようとは思ってるよ」
「ふっ、大丈夫なのか?」
「マジに心配してこない時点でさ、あんたも俺の実力は最低限認めてくれてるって事でしょ?少なくとも生きていけるって」
「ま、一通りの事は教えてきたしな。後はどこまでの相手に勝てるか。逃げる逃げないの線引きさえわかってりゃ、なにも言う事はねぇよ」
「そうか……!」
これまでの努力が報われた気がして、胸の奥から嬉しさがこみ上げてくる。
「ただ」
男が一言付け足した。
「ん?」
「面倒を見るって言ったのは俺だ。独り立ちしてぇってんなら、最後に一つ。お前に試練を課させてくれや」
「試練?」
「カッコつけていったが、ま、ラストテストだ。合格すりゃ、一人前だって認めてやるわ」
「……わかった。受けて立つ!」
「その意気だ」
いつまでも甘えてはいられない。
これは自分のプライドだ。
それに、この男にだって生活があるんだ。時間を割いて俺を強くしてくれた。
この試練を軽々と超え、一つの恩返しにしたい。そして、一人で余裕のある生活を成り立たせ、借りを返せるようになる。
金は受け取ってもらえないだろうから飯を奢ったり、スパイスピアの毒針のお礼だと言って物をあげるのも良いかもしれない。
そしてあの子と出会い、そのことを報告してやりたい。
それらが、あの子と再会することに並ぶくらい大事な、俺の目標……だ。
思い付いたばかりでまだ構成練ってる最中なので更新は遅いですが、評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!
ちょっとでも続きが気になれば!是非!!