68話──そして脅迫2
土汚れ、血にまみれ、右眼の空洞は人間味が無く、全身傷だらけ。
揺らりと立つその姿は、この世にしがみつく幽鬼のような風貌。
ワーサーはセイジの残る瞳に、光を視た。
空虚からは遠くかけ離れた光。
希望や期待、未来への明るい展望は無い、暗んだ光。
「俺は、命懸けでお前を殺すぞ」
「ッ……」
咄嗟に立ち上がって対等に向かい合おうとしたが、気圧され、ワーサーは無意識に足を後ろへ引きずらせてしまう。
「比喩表現じゃない。言葉通り、文字通りの意味だ」
声に抑揚が無く、ワーサーは薄気味悪さを感じた。
「アリスがいるから下手に出てたんだ。元々、アリスの為なら死んでいいって思ってた」
ワーサーの首筋に、冷や汗が出ていた。
にじり寄ってくるセイジに僅かな恐怖を覚えている。
それは、猫に追い詰められた鼠が感じる恐怖では無い。
「だから、なんだと……?」
理解が及ばない化け物を見る目。未知に対する恐怖。
「死んでいいとは思ってたけど、今は違う。なにも信用できない。期待できない。アリスを無事に帰すには俺自身が生きないといけない。でも、アリスを殺すなら、決死の行動ができる。最低でも相討ちに持ち込んでやる」
ワーサーから目を逸らさず、淡々と述べられる言葉。それがまた、信憑性を増していた。
「対等に殺し合いたいなら、これ以上アリスに手を出すな」
「そんな程度の低い脅しが、ぼくに通用するとでも……?」
「通用するかどうか?そんなのどうでもいい」
「ならば、何故わざわざそれを口にしたのですか?」
「……何故…………か」
粗暴に自身の体から注射器の破片を取り除いていくセイジ。針先に返しが付いているのも気にせず、ブチッと引き抜き血を飛び散らす。
「本音を言うなら、心の内に秘めたまま死ぬのが嫌だったから……かもな」
「……意味がわかりません」
「わからなくていい。お前に理解されても、なにも変わらない。これは一つの決心だ」
「馬鹿馬鹿しい、ですよ」
「馬鹿馬鹿しいと言うわりには詰まったよな」
「…………煩わしい」
ワーサーは芽生えた恐怖心を怒りでかき消す。
「立場を考えてくださいよ!小娘を殺しても構わないのですよ!」
「やれるもんならやってみろよ」
「殺さずとも、永遠に苦しませることだってぼくには容易いことで!!」
「やってみろよ」
「クッ……ググゥ…………ッ」
不快感に喉を唸らせ、睨み返すワーサー。
「狂人が……ッ!!」
眼球を失った空虚な眼窩。それを隠そうとしたり、痛がる素振りも既に無く、瞼を閉じることも無い。
それがワーサーにとっては理解し難い。
ワーサーは己がこれまでしてきた行為に、負い目も後悔も感じない。それが自分の人生の形であり、自由の表現であり、日常の一つだからだ。
その日常のルーティンが、今日初めて崩された。
ワーサーは、希人と関わったのは今回が初めてではない。過去にも希人で暇つぶしをしたことがあった。その時は普段通りに毒を打ち込み、想定通りの効き目を発揮し、もがき苦しむ姿を鑑賞できていた。
それなのに、この有様だ。
セイジは異端な存在だった。メンタル、肉体共に、ワーサーの想像を遥かに超える強靭さ。
初めから軽視していたわけではない。
セイジの冒険者としての技能は調べ尽くされている。ワーサーが直接調べたのではない。ワーサーは他の神領星が調べた情報を見ただけだ。
その情報に誤りがあったとは、ワーサー自身思っていない。昏倒させられたセイジを毒で昏睡させた際、スキルが肉体に現れている可能性も視野に入れて診ていた。だから身体の傷や皮膚の硬さ、筋肉量などから、純粋な力量は確実に格下であると理解していたからだ。
だから、軽視していたのではなくワーサー自身で調べた確かな情報の元に、セイジと関わっていた。
セイジが隠していたわけじゃない。ワーサーがセイジの強さを見誤っていたわけでもない。
いわゆる覚醒。
夢のような現実で、己の理想を叶えるために。既存の限界を押し上げ、新しい限界を生み出していく。
なにをトリガーに変化が訪れたのか。セイジはこの状況で、遥かなる力を得ていた。
そんなセイジに対して生まれる感情は、ただ一つ。
興味や感心、羨望や嫉妬ではない。
恐怖だ。
「ッ……」
ワーサーが初めからセイジに劣っている点を上げるとすれば、それは追い詰められる経験だ。
調子の良い人生を送ってきたワーサー。
苦労はあれど、苦難の壁に立ち止まることは無かった。
だがそれが今、未だ掴めないスキルを持つ希人を前にし、好調を崩されている。既にワーサーの目には、越えられないほどの大きな壁に見えてしまっていた。
スキルを持つ者持たざる者の差は歴然だ。
だからワーサーは情報戦を繰り広げていた。
左腕が使えないふりをしたり、戦うふりして逃げたりと、言葉巧みにセイジをだまくらかしていた。
ワーサーはセイジ以上に情報を重んじていた。だからこそ、セイジ以上に恐怖を感じる。
ワーサーの立場からすれば、セイジのその力はセイジが隠していたのだと、そう考えれるのだ。それがまた、ワーサーのメンタルを追い詰める。心が敗北感へと誘われていく。
「……ッ…………!!」
敗北感を感じてしまった事実に気付き、それがワーサーのプライドを深く傷付けた。
「クッソォォォ!!」
アリスを人質にするのは諦めた。
心がセイジの脅しに屈してしまった。そしてなにより、ここで他人を利用して戦うことで、更にプライドが失われることを嫌ったからだ。
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