67話──そして脅迫
体内に異物を入れられる。
それは喉奥に指を入れられた時の不快感に近い。
眼球が圧迫される。柔らかく、押される。閉所で身動きができないような、異様な気持ち悪さ。
段々と視界の右端が黒くなる。景色が、色が、ズレて重なり、滲んで混濁していく。
粘膜が刺激され、傷口に触れられるような痛みから突き刺す痛みへ変わっていく。更に、指が直接触れていない場所に外気が触れることで、ヒリヒリとした痛みも感じていた。
痒みも感じていた。あの時の毒の効果ではない。体の痒みは収まっている。
目の痒みだ。焼け付くような痛みを感じているのに、その痒みのせいで目を掻きたくなってくる。
刺され、裂かれた全身の痛み。目の痛み、痒み。身動きできない恐怖。歪む視界。
全て鮮明に感じるのに、混ざりあったそれらは寝呆けている時のような奇妙さを覚えさせてくる。吐き気さえも湧いてくる。
頭の中から聞いたことのない音が聞こえてくる。弾力のあるものが千切れていくのに近い。
やがて、視界のズレが治まった。圧迫感も消えた。
ズキズキとした痛みは止まないし、ヒリヒリとした刺激も残っている。
「これ──で──」
ワーサーがなにか言っていたけど、それよりも右目のところが冷えてくる。
喪失感。虚無感。
酷く憂鬱な気持ちに包まれる。
視界が全体的に左寄り。ぽつぽつと広がっていた黒い点が、右側を埋め尽くしていた。
ぼんやりとする視界に映ったのは、白くて赤黒い物体。
「ぅ……ゥ…………」
目玉の裏側って、こうなってたんだ。
グロテスクで見ているだけで痛々しさがある。この痛いのも納得だ。
でも、俺でよかった。アリスじゃなくてよかった。
あれ以上、アリスの苦しむ姿を見たくなかった。傷付いて欲しくない。身代わりになれと言われれば喜んで引き受ける。
注意を引くために抵抗をし続けて正解だった。
……でもな。
……ごめん。失っちゃって。
ごめんなさい。酷使して、傷付けてしまって。
こんなんだとどんな顔して会えばいいのかわからないな。
そもそもこの顔が顔として認識できる状態で帰れるかすら怪しいか…………いや、帰らないといけない。
アリスは貴族だと、ゼットが言ってたし、アリス本人からも聞いた。俺はそれを疑いはしない。だから、必ず捜索されているはずだ。
あれから何日経過しているのか、今が朝なのか夜なのか、あの町からどれだけ離れているのか、全てわからない。
捜索されているだろうけど、期待はできない。
俺は生きて、アリスを生かして……
「ぅ……ッ、グッ」
そうだ。
だから俺は、動かなければいけない。
立ち上がって、ワーサーを殺さなければ、なにもかも終わる。
だから……!!
─────
「おっと、動かないでくださいよ」
「ッ──」
セイジの右腕が踏みつけられる。
指が僅かに動いただけだったが、ワーサーは目敏く反応した。
「なんでもう動かせるんですかね。君ちょっと気持ち悪いですよ」
「ぉ……俺……は……!」
「君は一体なにをしたいんで……、……?」
ワーサーの意思に反して足が上がり、そのことを訝しむ。
しかし、原因は難しいものではない。ワーサーにとっては理解しがたいものだが、単純な理由だった。
「やっぱ、り、死ねない……。お前は、信用……できないッ……!!」
セイジは歯を食いしばり、ワーサーの足を押し上げていく。
テコなどの工夫は無い。純粋な腕力だけで抵抗していた。
「どこにそんな力を……ッ?」
これはセイジの異常な力のせいであり、また、ワーサーにも原因があった。
右足は負傷している。しかし動かせないほどではない。だからワーサーは自身の体に毒を回して痛覚を鈍くさせ、痛みを無視して動かしていた。そして、セイジの手首を踏んだのは左足。位置的関係で踏みやすかったからだ。だがそれが悪かった。
踏み台ともなっていた腕を動かされ、左足でバランスを取れなくなる。つまり、負傷している右足で体を支えることとなった。
結果、意図しない負荷を受けて完璧に力が入らず、更にセイジの力に動揺し、対処に遅れが生じた。
「ぅあああ!!!」
「なッ──!」
セイジが腕を振り上げ、遅れたワーサーの体が浮き上がる。
天井に届くほどではない。
しかし、片足を押されて浮き上がったため姿勢が悪く、立ち位置のせいで飛ばされた方向も悪かった。
煙玉に似せた小型の爆弾。先んじての破壊では間に合わないと考え、右半身、主に右腕を犠牲にし、爆破の圧でアリスを監禁していた部屋へ逃げた時に蓄積した瓦礫。それらの方へ飛ばされてしまった。
万全な状態では容易く着地できるワーサーでも、こうして状況が積み重なれば変わる。
「うぐ」
瓦礫に足を取られて転倒してしまう。
無様にも尻もちをつき顔を上げたワーサーの目に映ったのは、黒い瞳と暗んだ眼窩で見下ろしてくるセイジの姿だった。
「逆に、アリスを殺してみろよ」
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