66話──躊躇のない残虐性2
日常であれば頭にクエスチョンマークが浮かんでいただろうその単語。
だが、この状況においては格別の意味となる。
「えぇ、そうしましょう」
名案を思い付いたかのように声色を明るくするワーサー。
「セイジ君、大切な感覚器官を失いたくはないですよね」
「どうせ儀式で死ぬんだ。関係無い」
「はて?」
ワーサーは無抵抗なセイジの髪を掴んで上半身を引き上げると、
「なんのことでしょう、ね!」
「かッ──」
足で腹部を蹴り上げて無理矢理その体を仰向けに落とす。
みぞおちにクリーンヒットし、呼吸困難を伴う激しい痛み。背中を強打し、肺から強制的に吐き出される空気。
コヒュ、コヒュと途切れ途切れの呼吸で意識を繋ぐ。
「暴れないような痛覚を消す薬を……と言ってもいいんですが、それだと面白くないので追加で筋肉の働きを抑制させる毒をあげますね」
「ぉ……ま……ッ──!」
ワーサーはセイジの掠れた言葉を遮って、喉を踏み潰す。それから、ローブの中から新たに注射器を取り出した。
「では刺します」
ワーサーはそう言うと、紐が付いた注射器の針の先端を下に向けて、セイジの腕へ落とし、その紐を引っ張った。
注射器の内部は、内側と外側に分けられている。内側の針近くは塞がれているが、持ち手側は隔てられてないため、そこだけが外側と繋がっていた。
キャップを閉めたペットボトルの中に、キャップを開けたペットボトルが入っているような形状だ。
そして、内側にフィットする円柱型の部品に紐が付けられており、その紐を引っ張ることによって円柱が針から遠ざけられ、それにより中の液体が持ち手の端へ押される。結果、内側に滞留していた液体が外側を伝い、針を通って血流に乗り、全身へ回っていく。
ちなみに円柱型の部品は蓋のようなもの。液体に触れている反対の面は、三方向からの穴のおかげで外気に触れるようになっている。それが無ければ紐を引っ張ろうとしても真空を作ることになってしまうため、液体を注入するよりも先に注射器自体が破損してしまう。
ただ、そんな考えられた仕組みや形状も、今のセイジにはただの見た目でしかない。そんなことを気にするほど余裕が無い。セイジは自分が今されていることよりも、アリスの状態ばかりを気にしているのだ。
優先度の格差。
我が身可愛さという点においては、今のセイジとワーサーは真逆の位置にある。
日常会話であるような例え話では、笑いを取ろうとする人間以外は、家族を優先する!だとか、恋人を優先する!なんて良い子ぶる者がほとんどだろう。だが、実際に命の危機に瀕した人間は、法律やルール、マナー、世間体など、社会で学び得た常識を平気で全て切り捨て、己の生命を優先する。
未知ほどの恐怖は無い。
初めての経験は緊張するだろう。それも、一つの恐怖の形だ。
妖怪や幽霊を怖がるのも、語られているだけで実際に目にしたことがなく、存在の立証がされていない。すなわち未知だからだ。
未知とは、ことごとく恐怖の対象と成る。
そして、死後の世界を知る者はいない。死を経験したことのある者もいない。
生き返った。などの表現が使われることがあるが、それは生き返ったのではなく、死にかけていたけど元気になっただけ。
死を体験した人間は生者に干渉できない。そもそも死後の世界という概念すら怪しいのだから、永遠に語り継がれることはない。
死とは、この世で最も理解できないものだ。
人間は知能を得たからこそ多くの未知を既知に変え、得てしまったからこそ、残る未知が恐怖の対象になってしまった。
だから人間は死を恐れる。
頭のネジが狂っていない限りは……
「──ッ、ぉ……」
「なんです?」
首を傾げたワーサーは、顔が青白くなり始めていたセイジから足を離した。
「はッ──あ、はあ、はぁあ、は」
解放されたセイジは荒い呼吸を繰り返して息を整えていく。
「なんです?」
「ぁ、ぇぉ」
しかし呂律は回らない。
「それじゃわかりませんね」
セイジの言葉に興味を失ったワーサーは、右手の指をセイジの目と瞼の隙間に強引に差し込み、
「ゆっくり観察させてください」
容赦無く、人差し指と親指を眼窩内へ侵入させていく。目は常に粘膜で保護されているため、クチュと、湿った音が鳴った。
「──ッ!!!」
声にならない叫び。あっという間に冷や汗が湧き出る。
眼球に触れられたことでセイジは反射的に瞼を閉じるが、瞼の筋肉が指を弾けるわけない。痛みによる筋収縮も、今は毒により弱々しい。
強引に眼窩の隙間に差し込まれ、眼球は圧力によって形状を返されられ、セイジには痛みが伴う。
涙が溢れ、涙ではない体液も流れ出し、更に指が入れられ──ミシ、ギシ、と眼窩内で響いた。
血涙が流れ始める。血管が破れたり、ワーサーの爪で傷付けられたからだ。
少しづつ、指が抜かれていく。眼球が浮き出し、更なるに破断音がセイジの頭に響く。
赤黒い血が多量に流れ、視神経や外眼筋が遂に限界を迎える。
千切れる瞬間。
ブチブチブチと、ワーサーにまで届く組織の断裂音が鳴る。セイジの意識関係無く、目の周りがビクビクと痙攣する。
そして、眼球が引き抜かれた。
濁った液体が飛び散る。液は眼球に残る視神経からも滴り、ワーサーの手だけでなく、セイジの顔をも汚していく。
頬が震え、眉も上がり下がりし、瞼は半開き状態。
眼窩は赤黒い空洞と化していた。
「これは面白いですね」
眼球を手の上で転がし、観察するワーサー。
虹彩は収縮することなく不自然に広がり、段々と輝きを失っていく。
白目である強膜は刺激を受けたことで全体的に赤みを帯びていたが、瞳孔の濁りに合わせて赤い斑点が生じつつ、くすんでいく。指の力が強過ぎたのか、部分的にへこみ、更に表面に細かな裂け目ができて血が滲んでいた。
「ぅ……ゥ…………」
非情さが伝われば……
評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!
ちょっとでも続きが気になれば!是非!!




