64話──脅迫
「落ち着いてくださいよ。交渉道具を処理するわけないじゃないですか。ちょっと麻痺させるだけですから」
そんな、膝を震わせ倒れかけたアリスの首根っこを掴み、壁際まで引きずっていくワーサー。
抵抗できないアリスは、助けを求めるような視線をセイジに向ける。しかし、セイジにできることもない。今の状況ではどう頑張ろうともアリスの身の安全を保障できない。
足を伸ばした状態のアリスを壁にもたれかけさせて、ワーサーはその左側にしゃがみ込む。
そして、アリスの顎下から両頬に、親指とそれ以外で挟み込んで掴み、ぷにぷに、グニグニと好き勝手こねる。
「この小娘、可愛いですよねぇ」
「ぅ……」
恐怖に体を震わせ、喉から掠れた声を漏らす。
「君が惚れるのもわかりますよ。共感します」
「黙れ!俺とお前の感情を一緒くたにするな!気持ち悪い感情をアリスに向けんじゃねぇよ!」
セイジの心には、嫌悪感ばかりが増していく。
ワーサーは愉悦を感じた声で、アリスの頬を優しく撫でる。
「この可愛らしい顔が歪んでいるところなんて見たくないでしょう?体液でぐちゃぐちゃすることもできますよ?上の穴からも下の穴からも、垂れ流させるんです。もし君がそういう性癖の持ち主なのでしたら喜んで協力します」
吐き気がするほど不快な提案。セイジはもう、反論する気すら起きない。
言葉を交わせば交わすほど、視界が狭まっていく。どうすればこの場を切り開けるのかと、可能性を探る思考に行きつかない。
如何にして殺すか。その方法ばかり考えてしまっていた。
セイジの咥内から、ガリッと音が鳴った。
「さて、ぼくが君に求めるのは、そこに佇むことです」
「……それだけか?」
「いいえ。他にもいくつかありますよ。新たな要望ではなく付随するものなのですが」
唇に触れられたアリスは、遂に耐えられなくなり顔を背ける。
ワーサーはそんなアリスの反応に対し、行動で示す。
「あっ!かは……」
ガッと喉を掴んで、壁に押し付けた。苦しそうにもがくが、その手からは逃げられない。
「死ぬ?」
「っ……!」
縋る表情で必死に首を振ろうとするアリスの反応に満足したのか、ワーサーは手を離す。そして、苦しそうに咳き込むアリスの頭を撫でながら口を開く。
「まずは抵抗しないこと。攻撃だけじゃなく、防御したり避けたりすることも禁止します」
口の端から血を垂らすセイジに、当たり前のことだと言わんばかりの毅然とした態度で言い放つ。
「次に、倒れないでください。もう無理だと弱音を吐かないで、君の意思とは関係無く倒れてしまう、気を失ってしまうまでは耐え続けてください」
「なんでだよ」
セイジは、それを求める意味がわからず、下で奥歯の破片を集めながら聞く。
「やっぱり不思議なんですよ。今も君が立ち続けている意味が本当にわからない。今まで君ほどぼくの作った毒に耐えた人間は記憶の限り存在しないんですよ」
やっとアリスから手を離したワーサーは、立ち上がると、負傷している右足のかかとを壁に打ち付けた。すると、カシャという音が鳴り、かかとから小さいナイフが飛び出した。
「ところで、こういうものは大抵見つかりにくくするために小さい武器が使用されているのですが、それだとかなりの玄人でないと殺傷できないんですよね。なので、毒が塗られていたりするのが一般的なのですよ」
その足を上げたワーサーは、容赦無くアリスの太ももを踏む。ナイフはまだ刺さっていない。
「ッ……」
「この毒は体内の血液を凝固させるので殺傷性があるものです。ぼくの手が君に向けられているからって調子に乗らないように。少しつま先を上げるが、更に体重をかけるだけで小娘の命は簡単に奪えますので、どうかそのまま穏便に」
そして、ローブの中に手を入れると更に二本の注射器を取り出した。一体そのローブ中にどれほどの暗器を仕込んでいるのか。
「さて、せっかくの機会です。君のような人間には、どういった成分や効果の毒の効き目が良いのか。実験させてください」
「死ぬかもしれないぞ」
せめてもの抵抗で、自分の価値を盾にしてみるセイジだが、
「その時はその時ですし、一応解毒薬は持っていますので死なないようにはしてあげますよ。数は少ないのであまり使いたくないですけどね」
既に対処法を考えていたワーサーにあっさりと伏せられてしまう。
「男の見せどころってやつですよ、セイジ君。再び、愛を証明してみせてください」
針の先端を真っ直ぐ向けて告げてくるワーサーのその姿は、セイジにとっては宣戦布告の様で、緊張感からか無意識のうちに唇を噛んでしまう。
「……ィ、ィ…………っ」
アリスは、潤んだ、心配の目をセイジへ向ける。
「ッ……」
アリスの言葉に答えてあげたい。その不安で泣きそうな顔を隠してあげたい。
だからこそ、セイジは押し黙る。
「では、始めましょうか」
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