61話──油断大敵
「そろそろ気付く頃合いでしょうか。あの希人は上層部のカス共と違って、なんだかんだそこまで馬鹿では無さそうですしね」
ワーサーは走っていた。
セイジのような全速力ではなく、長距離走をする時のような余裕を持った走りだ。
目指している先は、ただ一つ。アリス・グリントを捕らえている部屋だ。
「最終奥義なんてあるわけないでしょうに」
ワーサーにとって、わざわざセイジと正面切って戦う必要はない。一度でも毒を撒けば、後は時間経過を待つだけだ。
ならば、謎のスキルのセイジを抑え込むための手段を取りに行く。
ワーサーが使ったあの煙玉は、無味無臭無毒。ただセイジの視界から身を隠すだけのものだった。
あの距離のセイジを長時間煙の中に捕らえるほどに拡散するものを使えば、もちろんワーサー自身も飲まれてしまう。即効性でも遅効性でも、毒性の煙玉を使う訳にはいかないのだ。
しかし、そんな影響力の薄い煙玉でも、今のセイジの思考を蝕む毒となり得る。散々毒に苦しめられたセイジが警戒しないはずが無いのだ。
戦いを制するには、まずは心を制するところから始まる。
毒という、知識の無い者にとっては得体の知れない恐怖が付き纏うもの。言葉巧みに騙しあげることも、形の無い武器となる。
「せいぜい踊っていただけていれば嬉しいんですけどね。まぁ、そう簡単にここまでは来られないでしょうし、余裕はできるでしょう」
既にワーサーは、神領星の上層部の人間を逃がしていた。ワーサーが走っている方向が北だとしたら、上層部の人間は東側の階段へ逃がしていた。
それはアリスを捕らえている部屋から離れるルート。
アリスを人質にしてセイジと戦うことの邪魔にならないように、適当に難癖のような理由を並べて追いやったのだ。
「さ、追いつかれないうちに毒らせましょうか。できるだけ迷ってもらえてたら嬉しいですね」
それにしても……と、ワーサーは考える。
「罠とか仕掛けていた方がよかったでしょうかねー。しかし、仕掛けるにも時間が掛かりますし、絶対引っ掛かってくれるわけでもない。なにより罠があるから正解の道だってバレる可能性があることが問題なんですよね。そう考えるとやはり真っ直ぐ逃げてきて正解でしょうか」
「ワーサー様!」
そんなワーサーの元に、一人のローブの男が真正面から走ってきた。それから並走してくる。
「君は誰ですか?」
いちいち関わりの薄い人間の顔は覚えない。ワーサーはそんな人間だった。
「ナインです!ワーサー様はこの騒ぎについてなにかご存知でしょうか!?」
「あー、一応知ってますね。念のため聞いておきたいのですが、何故君は知らないんですか?」
「ヤターリを拠点にする希人の情報収集の任を受けていました。それで、先日帰還したばかりなので洗脳等の効果を受けていないかの検査をして頂いていました!」
「そういうことですか。それなら知らないのも納得ですね。我々の数が少ないのは大半がグリントで暴れているからです」
「もしかして、例の希人ですか?」
「ええ、そうです」
「ではワーサー様もこれからグリントに向かわれるのでしょうか?もしそうでしたら音もさせて頂きます!」
「それはありがたい申し出なのですが……ナインには別の指示を与えてもいいでしょうか」
「はい。なんなりと!」
「では、これからぼくが来た方向に行って、黒髪の青年を探してください」
「それは、何者かが侵入しているということでしょうか」
「えぇ。出来れば、相手が敵意を持っていても君は無防備に近付いてあげてください。怖がっているだけなので話せばわかってくれるはずですよ。わかってくれたらぼくの部屋まで連れて行ってあげてください。あと、そのローブは脱がないようにお願いしますね」
「わかりました!」
「頼みますよ、ナイン君」
そして、ワーサーはナインと別れた。
元気よく走っていくナイン。きっと幼いことから、組織のためならなんでもするという、典型的な洗脳じみた教育を受けてきたのだろう。
「……すみませんね。それが、君の価値なんです」
少しすると、あの警告音がワーサーの元まで聞こえてきた。音量はそこそこ。
「運良く、巡り合ってくれましたね。しかし、そこまで来ているとは……」
ワーサーは足を速める。
もうすぐあの部屋に到着するのだ。こんなところで油断していて見つかるなんてヘマだけはしない。
「ズルいですねぇ……」
何故希人は努力せずにもスキルという力を授かれるのだろうか。
単なる才能ではない特殊な、超能力ともいえる力を得られるのだろうか。
「本当に……いッ──!!」
その時、ワーサーの右足に衝撃が走った。
頭から地面にダイブするように、前のめりに姿勢を崩していく。それにより、足が空を蹴ってしまう。
「──」
逆転した視界。
ワーサーはその中に小さな人影が見た。
忘れるはずがないその姿。一つ記憶と違っている点は、右半身が赤く染まっているところだ。
遅れて衝撃を受けた部位に痛みが生じてくる。
転倒だけは免れようと、右手で上手いこと受け身を取ったワーサーは回る視界の中、すぐに身を隠すことのできる障害物や部屋が無いことを確認。
転がり切ったワーサーは、姿勢を低くし相手に向けた表面積を少なくしつつ、相手を見据える。
「ズルいんだよッ!本当にさッ!!」
圧倒的速度で迫り来るセイジを前に、不満を漏らさずにはいられなかった。
見れば、セイジは走りながら壁に手を突き刺して破壊している。ガリガリと削れていく壁から抜かれた手には石粒が握られていた。
「やっばいですねぇ!」
ワーサーは咄嗟にローブの中に手を入れると、一つの注射器を取り出して躊躇い無く自身の首に突き刺した。
「来てます。来ますよ。気張りなさい」
体が熱くなり、視界が鮮明になる。
脳の動きが活発になり、人間の情報処理速度を超える。世界がスローになり、集中すれば空気中に舞う埃の一つ一つさえも視認できるように強化される。
そして、セイジからの投石が来た。
「さあッ!」
通路の上下左右に広がって飛んでくる石。極限まで緊張状態となったワーサーは、全ての位置、向かう方向までも視認し理解できた。。
「どこかに抜け道は……下方向は潰れている。上……左上だッ!」
軌道を読み切ったワーサーは、完璧なタイミングで跳躍し、投石の大半を回避。少し遅れて左上を貫く石も、即座に壁を蹴って回避。
危機を免れたワーサーは更にローブの中から二つ注射器を取り出して先ほどと同じように躊躇なく刺した。一つは脳を活性化させる薬の副作用を抑える薬。もう一つは筋肉を増強させる薬だ。
次の投石を回避するために、全力でセイジから逃げる。
とにかく身を隠せる場所を探すために。贅沢を言うならアリス・グリントの場所まで逃げるために。
そして、背後に小さな玉を投げた。
「正直これは使いたくありませんでしたよ!」
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