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5話──踏み込む勇気

「……」


 正直、実戦と言われていたこともあり、こういうことをするのではないか?と思わなかったと言ったら嘘になる。ただ気付かないフリをしていただけ。


 いずれやらないといけないとはわかっていた。


 ゼットだってできることだ。


 あの子だって、熊を殺していた。


 なのに俺は、俺の中には未だ躊躇する心があった。


 見た目はキモい。元の世界でペットになっていた動物と比べるとやりやすさはあると思う。モグラは害獣で駆除もされていたし。


 でも、こうして実際に触ってみると、やっぱり諦める理由を探してしまう。


 温かいんだ。触れば動くし、少し力を入れると抵抗しているのか動く力が強くなる。


 生きている。


 こいつだって、精一杯生きているんだ。


「ッ……」


 右手に持ってる毒針が異様に重く感じる。


 せめて動かないでくれと、左手に力を込めてしまう。


 ……抵抗しないでくれ。生を見せつけないでくれ。人形みたいに大人しくしていてくれ。


 だが、モグラはもぞもぞ動き続ける。


「……」


 どうすればいいんだ。いや、殺すしかない。


 どこを切ればいいんだ?刺した方がいいのか?


 苦しませずに殺す方法は?心臓を一突き?首を切り落とす?頭に突き刺す?全身切り付けまくる?首を絞めて窒息させる?殴って気を失わせてから?首の骨を折る?骨ってどれくらい硬いんだ?これで刺したとして、骨の隙間を狙えるのか?骨を砕くつもりでやるべきなのか?腕の力だけでできる?足を使う?頭を踏み砕いて──


「……はーー……ふぅー…………落ち着け俺……」


 深呼吸。どうしようもなくなったら、どうにかしようとせずにまずは深呼吸して冷静になれ。そう教えられただろ。


「はぁ……」


 大丈夫。殺したところで、罪に問われるわけじゃない。誰かに責められるわけじゃない。


 問題はたった一つなんだ。足りてないのは俺の覚悟だけ。


 これまで食べた肉も、元は生きていた。殺す作業を他人に任せていただけの話。


 ジャスさんに頼めばきっと、稀人の俺でも冒険者以外の仕事を見つけてくれるだろう。


 それでも、この冒険者という仕事を選んだのは俺自身なんだ。


 ここは日本じゃない。異世界だ。常識を持っていこうとするな。甘い考えは捨てろ。


 こんなんじゃ、ゼットに馬鹿にされるぞ。上から目線で貶されていいのか?あいつに憧れる気持ちがあったんじゃないのか?追いつきたいって思ってたんじゃないのか?


 ……こんなんで、あの子に胸張って会えるのか?


「……」


「……」


 本当に、この男は優しい。


 口を挟まず、俺の行動を見守ってくれている。じれったいだろうに、それでも俺の心の整理を待ってくれている。


 こいつの優しさを無視するつもりか?


 裏切るつもりか?


 こうして自問自答を繰り返して……時間稼ぎのつもりかよ俺。


「…………ふぅ」


 もう一度、目を瞑って深呼吸した。


「ここで……逃げたら俺は多分一生逃げ続けると思う」


「……」


 男は無言。


 それで良かった。ただ、聞いてもらいたかった。


「俺が元居た世界は、めちゃくちゃ平和だったんだ。もちろん人間同士で争う地域はあったけど、俺の住んでた国は世界一安全な国だった」


「……」


「それに俺、辛いことから逃げてばかりだったんだ。嫌なことは全部無視して、目に入らないフリしてた。そんな生き方のツケが回ってきたんだと思う」


「……俺は、お前が元の世界でどう生きてきたのか知らん。だが、ここでのお前の生き方は、お前の次に知っているつもりだ。お前は十分に頑張っている」


「うん。ありがとう。でも……」


「会いたい子がいるんだろ?」


「うん……」


「強くなって、カッコいいところ見せたいんだろ?」


「うん……」


「なら、やれるな?」


「……やれるよ。やる」


「俺は、ここでお前が逃げても責めはしない。だが安心しろ。逃げても見捨てねぇよ。できるようになるまで面倒見てやる。だから未来の心配はするな。今だけを見てろ。今ここで殺しても、後で殺しても、お前が逃げたとしても、結局そのモグラウオは死ぬ。お前もモグラウオの生死に関わらずにいつか死ぬ。だから……楽勝だろ?」


「かなり無理のある理由付けだな」


「お前の考えにこじ付けた方が響くんじゃねぇかと思ってな」


「こじ付けなくても良いよ。もう覚悟は決まってるから」


「そうか」


 男の声色はとても嬉しそうだった。なんでここまで良くしてくれるんだ。


 優しくされればされるほど、自分が情けなく感じる。それと同時に、救われる。


「……」


 心臓を一突きに。


「モグラウオの心臓ってどの位置にあるんだ?」


「ほぼ真ん中だ。刺すんなら腹からやるといい」


「わかった」


 ずっと押さえつけていたのに、モグラウオはまだ逃げようともがいている。


 六本腕なのに、俺みたいな奴にすら押さえつけられるほど力が弱い。本当にか弱い存在だ。


 それでも生きようと必死なのだから、俺はこの命を踏み台にする。価値のある命だからこそ無下にせず、想いを込めて殺してやる。


 それが俺にできる最大の譲歩だ。


「……」


 一度毒針を置いてひっくり返し、逃げれないように左手で頭を掴み、右膝で下半身を抑える。


 それから右手で毒針を拾い直す。親指を上にして握り、毒針の先端は下を向く持ち方だ。


 逆手持ちって言うのかな?こういうのに詳しくないから合ってるのかわかんないや。


「……」


 今日から実戦が始まった。


 いつの間にか地面の小さな穴を踏んだだけでも気付けるようになっていた。


 モグラウオの知識を教えてもらった。生きている温かさを知った。


「……ありがとう」


 心臓を狙って、毒針を振り下ろした。


 ギュイーッ!と、鳴いていた。


 血が出てきていた。


 段々と動かなくなってきた。


 ……やがて、動かなくなった。




 平和な日常だった。


 でも、特別な日になった。




─────




 モグラウオを殺した次の日。俺は森に来ていた。


 もちろん男と一緒にだ。


「本当に大丈夫か?今日くらい休んでもいいんだぞ」


 男からはゆっくりしてろと言われたが、昨日の感覚を忘れないうちに次へ進みたかったのだ。


「精神的なダメージは自分が思ってる以上に溜まってるもんだ。壊れる前に手を打たないとどうにもならなくなるからマジでそこだけは頼むぞ?」


「……あぁ。わかってるよ」


「ホントかねー。今のその躊躇い、疑わしいぞ?」


「大丈夫だって!」


 本当に大丈夫だ。


突き刺した生々しさ、あの柔らかさはまだ鮮明に思い出せる。というか、嫌でも思い出してしまう。


 だが、もう殺したという事実は乗り越えた。過度に思考を巡らせ過ぎていただけだった。


 次も殺せる。多少の躊躇はあるかもしれないけど、命の奪い方は理解した。


「今日はなにするんだ?」


「昨日の今日だしな……結局殺すことに慣れないと、戦い方を教えたところで活かせないからな。お前ならやらんだろうが、先に戦い方を教えると強くなったと錯覚して一人で突っ込みに行って痛い目見るからな」


 まぁそうだよな。昨日は一方的に奪う側だったけど、戦いとなると命の奪い合い。


 躊躇った方が負ける。


 だから、俺は戦ったら絶対に勝てない。きっと殺されるだろうな。


「決めた。とりあえず俺についてこい。んで、見つけた獲物をお前が殺せ。で、売れるところを切り取って処理しろ」


「わかった。できるだけ頑張るよ」


「その意気だ」


「でもさ、これまで森の中歩いてても、全く生き物と出くわしてないよな。痕跡を探したところで見つけれるもんなのか?」


 臆病な小動物はともかく、バブベアーみたいな好戦的な生物とは出会っててもおかしくないと思う。


 バレるバレない気にせず会話していたし、体の匂いも消すことなく歩き回ってたし。


 そんな俺の疑問に、男は当然だと言わんばかりに、


「そりゃ俺が全部避けて歩いてたからな」


 と、答えた。


「え?全部?」


「そうだぞ?とりあえずバブベアーは自分で縄張りを主張する痕を残すからお前に教えつつ避けてたし、転がってる糞の状態を見りゃ、いつ頃なにが通ったのかがわかる。草木の状態を見りゃ、使われてる獣道かどうかわかる。風で揺れる葉の音に紛れて、明らかに生きているなにかが動いてる音も聞こえるしな」


「それを俺に色々教えながらこなしてたってことか?」


「お前を守りながら戦うのは大変だからな。必要のない戦闘は避ける。冒険者の基本だ」


 本当にBランクかのか疑わしくなってきた。


 これでBなのだから、Aランク、Sランクの冒険者は更なる化け物揃いなのか?


 もしくは、この男にはBランク以上の実力があるけどBに留まっているだけという説もあるな。


「数日はこれでいく。俺がもう大丈夫だと判断すれば、戦い方を教えてやる。いいな?」


 男の言葉に、俺は頷いた。


「じゃ、早速だがやってもらおうッ!」


 男は前方に向かって飛び上がると、勢い良く草の中に足を突っ込んだ。


 急な出来事に唖然としていると男が手招きしてきた。不思議に思いつつ近寄ってみると、今の行動の理由がわかった。


「ワイズラットだ」


 下半身を踏みつけられて、脱げだそうと必死にもがいている。モグラウオとは段違いの暴れっぷりだ。


「こいつは前に解説したよな。覚えてるか?」


 ワイズラットは確か……


「体の四割が脳で……めちゃくちゃ賢い。でも草食で襲われる心配はほとんどないから危険性は低い。脳は薬に使われるから、鮮度が良い状態で売ればかなり高くなる」


「及第点だな。こいつの脳は三割だ。子供の個体なら四割」


「くそ。悔しい……」


「ま、脳のサイズはぶっちゃけ覚えてもあんま意味が無ぇから気にすんな」


 そうは言われても、記憶しようと努力しているのだからどうしても悔しさは感じてしまうものだ。


「さて……やれるか?」


「うん」


「こいつは噛んでくるから気を付けろよ。変な病気貰ったら困るし、踏んだままにしとくからこのまま殺せ」


 言われた通り、噛まれないよう距離感に注意しながらスパイスピアの毒針を持ち直す。


「……」


 これが二回目の殺しか。


「脅すようだが、ワイズラットは人の子供くらいの知能はある。だからこうして踏みつけても、更なる敵を呼び込まないように鳴かない。仲間意識はあるが、一人を救うために複数人を危険に晒すことはしない。だから助けも呼ぼうとしない。こいつは一人で俺たちに抗おうとしてるわけだ。そんな奴をお前は殺せるか?」


「さっき心配してくれてたのに脅すのかよ」


「殺せるか?」


「……殺せるよ」


 賢い?人の子供くらいの知能?一人で抗ってる?


 ……そうか。凄いな。


「……ふぅー」


 息は震えてるし、腕も振るえてて狙いが定まらない。


 でも、殺す勇気は作れた。


「脳は避けた方がいいんだよね」


「おう。その方が高く売れっからな」


「了解」


 俺は横腹に向かって突き刺した。


 ワイズラットはその瞬間、チー―ッ!と、鳴いた。


 やがて、死んだ。


「上出来だ。捌けるか?」


「……やってみる。教えてくれ」


 挑戦だ。


「その意気だ。まずは体と頭を切り離せ。こいつの頭蓋骨は案外脆いから気を付けろよ」


「あぁ」


 ワイズラットの首……よりも下に刃を合わせる。念のためだ。


 まだ温かい。


「……ふっ!」


 一気に力を込めて切った。


 しかし、切り落とすことはできなかった。


 骨を断つような感覚はあったが、最後まで行かずに止まってしまう。


 プシュっと血が噴き出し、腕が血まみれになった。横腹からある程度流れ出ていたおかげか、顔まで飛んでくることは無かったが、男の足にも血がかかってしまった。


 だが、それよりも……


「う……」


 スパイスピアの毒針から、手に伝わるグニっとした感覚。生暖かい血。


 体が踏まれていたせいで、行き場を狭められていた内臓が姿を現す。


 その光景はなによりの耐え難く体内からせり上がる感覚。吐き気に襲われる。


「……そっち行って吐いてこい。我慢するより吐いてしまった方がスッキリする」


「ぁ、お……ぅっ……」


 朝食が全て森の養分になった。


 ジャスさんごめん。

思い付いたばかりでまだ構成練ってる最中なので更新は遅いですが、評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!




ちょっとでも続きが気になれば!是非!!

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