37話──始まり
もうだめなのかな。
「っ……」
アリスの胸を締め付ける悲しみ。
それは絶対に逃れられない宿命。
貴族に生まれた時点で、強制的に課せられるもの。天から与えられし咎。
そのように幼い頃から理解してしまっていた。
「アリス!」
「っ……セージさん……」
名前を呼ばれて、足を止めて恐る恐る後ろを見れば、その胸を締め付ける原因の人がいた。
「待ってアリス。話を聞いてくれ!」
セージの様子はいつも通り。
さっきの人に聞かされてしまったとばかり思っていたアリスは、少しばかり呆気にとられた。
「な、んでしょうか……?」
「ねぇアリス。だったらそうだって言ってほしいんだ。アリスは──」
「待って!」
セージが次になにを言うのかは予想できた。
勘違いだったら……この言葉は、つまりなにかを確認したいということ。
先ほどセージの隣にいた男の人は、アリスのことを知ってるようだった。セージが特別なだけで、ほとんどの人は知っていることなのだから。
だからセージの言葉を止めた。
セージの口から聞くより自分から喋った方が、この先どう転ぼうと軽傷で済むと思ったから。
「セージさん、聞いてくれますか……?」
「うん」
セージはアリスの目を見てくれていた。
その目を信じたいと思えた。
信じないで信じてもらおうとするのはあまりにも傲慢な考えなのだから。
「私は、アリス・グリントという名前なんですっ……!」
勇気を振り絞った吐露。
「ご存知だと思いますが、グリント家の娘で……貴族なんです。それで……ごめんなさい」
正直に言う。
もしこれで関係が終わることになっても、絶対にセージを責めないと心に誓う。
これが貴族に生まれた自分自身の運命なのだから。
「本当は、セージさんが私のこと知らないって知ってました。でも、本当のこと言っちゃったら対等に見てもらえなくなっちゃうって思って……」
「俺がアリスから距離を取るかもってこと?」
「はい」
アリスは目を伏せる。
隠していた事実を告げることは、申し訳ないという気持ちを、罪悪感をこみ上げさせてくる。
「セージさんが知らないってことを利用して、私の理想を押し付けてました」
「アリス……」
セージの感情はあまり読み取れない。
ただ、怒りに満ちていないことだけはわかる。ちゃんとアリスの言葉を、受け止めてくれいるということは。
「……」
「本当にごめんなさい。でも、私は、本当にセージさんが好きで、私は……っ」
「……アリス、俺は──」
─────
「先ほどの方はお知り合いですか?」
「……」
帰ろうとしたゼットの前に、一人の老人が姿を見せた。
その老人は綺麗で高そうなタキシードを身にまとっていて、歳の割にはかなりの威圧感を感じた。
「あぁ、失礼致しました。まずはこちらから名乗るべきでした」
老人は丁寧に腰を曲げて謝罪の意を示した。
「わたくし、グリント様の命によりアリス様の専属執事をさせていただいております、ビリーブと申します」
それでゼットは僅かに警戒を解く。
「俺は、ゼットです。それで、さっきのは俺の親友です」
どこまで言っていいのかわからない。
とりあえず名前とかは言わないように濁して説明する。
「ご友人の方でしたか」
ビリーブはゼットに対し、朗らかな笑みを浮かべている。
「……?」
ゼットはその笑みを見て、なぜかセイジを連想した。
顔が似ているわけでもなく、歳も離れているのにだ。
「なにかございましたか?」
「あーいえ、なんでもないです。それでなんのようでしょうか」
この老人の言っていることが本当なのか怪しいところはあるし、なによりセイジの足を引っ張る結果になってしまうことだけは避けたい。
だからゼットはペースに乗せられないように、先に言葉を投げた。
「大したことではないのですよ。ただ、お嬢様に寄り付く者の周辺情報を探るのは当然のことかと」
「……ッ」
「それほど警戒していただかなくてもいいのですが……こうして正直に目的を告げたのですから、あなた方を害するつもりは無いとわかっていただきたい」
「……それで、なにが知りたいんですか?いや、その前に知ってどうするんですか?」
「わたくしはただお嬢様が想いを寄せる者の人となりを知りたいのです。お嬢様を利用しようと企む悪人なのであれば、容赦無くこの手を汚しましょう」
「害する気あるじゃないですか」
「ゼット様のご友人の方が善人であれば、わたくしはただ見守るのみ。気にするということは、あの者は悪人だと?」
「そんなわけない!セイジは人を利用して蹴落としてまで生きる……ような……ぁ」
勢いに任せた言葉だったが、紡いでいく途中で名前を言ってしまったことに気付いた。しかし、老人は失敗を塗り替える言葉を掛けてきた。
「既に名前や職、住居などは調査済みですので、失言を後悔する必要はございませんよ」
「……貴族ですもんね。この町の情報なら知り尽くしてますよね」
「訂正いたしますと、このことはわたくしのみで調べさせていただいたものです。現時点でグリント家の方々、勤める者含め、あの者の正体を知る者はわたくしのみです。他に個人で探っている者がいなければの話となりますが」
「そうですか……」
未だ敵か味方か決めかねる。
「正体というのは、その……セイジの……」
「生まれ育った地のことでございます」
「……ビリーブさんはどう思ってるんですか?」
「ゼット様と同じ考えでございます」
「それは、普通の人と同じに思ってくれてるってことですか?」
「ええ。もちろんでございます。執事失格とも言える言葉になりますが、貴族の元で働くとあの者の境遇も全く気にならないほどに腐った世界に踏み入れることになりますので」
「そんなヤバいんですか?てっきり貴族ってお金沢山で楽な人生を送れるものだと思ってました」
「貴族が私腹を肥やす時代は先々代の王の改革により終わりを迎えております。現在王国に在留している貴族は正しい政策を行なってきた者のみでございます」
「じゃあビリーブさんのところも良い貴族だと言うわけですか?」
「なかなか失礼なことをおっしゃいますね。わたくしは気にしませんが、他の貴族が見たらどう思うことか。民の生活をより良いものにする政策を行なっている貴族でも、プライドは私腹を肥やす悪徳貴族と変わりないのですから」
「ビリーブさんの方が失礼ですよ……」
こうして会話を重ね、悪い人ではないのかもと思うゼット。
「ビリーブさんは……」
「なんでしょうか?」
「もしセイジとアリス・グリント様が結婚するってなったら、応援しますか?それとも、反対しますか?」
「もちろんわたくしは……」
肝心のところで声が小さくなりゼットは聞き取れなかった。
もう一度言って欲しいという旨を伝えようと口を開き……
「あの」
「失礼、少々お静かにお願いします」
「……?」
突然ビリーブの纏う雰囲気が変わり、ゼットは空気がぴりついているような感覚に陥る。
「これは……魔力が……!?」
目を見開いて、セイジが走り去った方を向くビリーブ。
「ビリーブさん?」
「失礼しますゼット様。急用が入りましたので、続きのお話はまた今度の機会にお願いします。それでは──」
言い終わるや否や、疾風の如くゼットの視界から消え去り、声を掛ける暇も無い短時間で遠くの道を曲がっていった。
─────
「なんなんだ……?」
急用だからってあんなにも急ぐほどなのか?
ビリーブさんの姿はすぐに見えなくなった。あの体運びを見ただけで、なんとなく戦っても勝てないような気がした。
だから、もしなにか危機的状況になっていたとてもビリーブさんがなんとかしてくれるよなと、不思議と信頼感が湧いた。
でも、だからこそ、ビリーブさんの焦りが怖い。
あんなにも焦るほどのなにかがあるもかもと思う。
ただの用事……急用じゃない。なにかマズいことが起きている。
そんな気がした。
「……ビリーブさん、アリス・グリント様の専属……。セイジはアリスを追いかけた……いや、まさかな」
そして、
その日……
セイジは帰ってこなかった。
思い付いたばかりでまだ構成練ってる最中なので更新は遅いですが、評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!
ちょっとでも続きが気になれば!是非!!
やっと物語が進んだ。




