12話──宿敵4
痛い。痛い。痛い。
失敗した。失敗した。失敗した!
「ああああああ!!」
逃げるべきだった。距離を取るべきだった。
なんで立ち向かった!?
なんで突っ込んだ!?
あの男に鍛えられて、自分が強くなったと勘違いしていた。
調子に乗っていた。
痛い。苦しい。
耐えられない。耐えられないくらい、辛い。
耐えていることが嫌だ。楽になりたい。
「うあああああッ!」
血は見慣れた。痛みにも慣れた。
でも、こんなにも痛いのは無理だ。
死ぬ。
今度こそ死ぬのか?
こんなところでバブベアーに殺されて?
こんな情けない死に様で終わるのか?
これまでの苦労はどこに行った?全て水の泡になったのか!?
……そもそも、苦労したと胸を張って言える人生だったか?
「ぁ……ぁ」
俺は死に物狂いでここまでやってきたか?
俺にとっての限界って、なんだ?
頑張ったって、なんだ?
俺にできる頑張り。他の人にとっての頑張り。その差はどれほど広がっている?
この世界の人にとっての基準。俺にとっての基準。どこまでかけ離れているのだろうか。
根本的に俺の能力が不足していない。届いてない。
ただ、それだけのことだったのではないか?
あの男が言っていたことは、全て嘘偽りのものだったのではないか?強くなっていると勘違いしていた、させられていたのではないか?俺は力を付けているつもりになっていただけだったのではないか?
……いや、あの男を責めてはいけない。それは勝手過ぎるだろ。
そこまで落ちぶれるな。
あの男なりに俺を鍛えてくれていた。期待に応えられなかったのは俺だ。
信頼を裏切ったのは俺だ。
「あぁ……」
いつしか、痛みを感じなくなっていた。
感じるのは自分に対する失望だけ。
あの時と一緒。
いつだって俺は誰にも応えられない。
「……」
だから、結局はなにも背負わないのが一番なんだ。この世界に来て、変わったって勘違いしてた。
なにも……俺は……
─────
「……足りてなかったのは覚悟だ」
バブベアーがなにを言っているんだ?という反応をした。
いきなり喋りだしたことに対する反応だろう。言葉がわかってるわけじゃない。
「俺の覚悟は、覚悟なんて大層な言葉にしちゃいけないくらい、しょうもないものだった。命を賭けれてなかった。お前みたいな、この世界の奴らみたいな、毎日命がけで生きてる奴らには到底届かない。こうなることは、初めから決まり切っていたんだろうな」
わからないだろう。
お前みたいな獣には、この感情も理解できない。
それでいい。これから始まるのは、本当の闘いだ。
「命を賭けた、殺し合いだ」
ジュグ、という音が耳に入ってくる。
それは、俺が無理矢理足から槍を引き抜く音。
壁に指を突き立てて強引に体を持ち上げる。
異物が体内を抜けていく奇妙な感覚にぞわぞわするが、痛みは感じない。
これは、死が間近に迫っている結果なのか?……まぁ、どんな理由であろうと好都合だ。
穴の底から奴の顔を指差す。
「殺り合おうぜ熊。俺の人生賭けてぶっ殺してやるよ」
「──!」
どうやら挑発として受け取ってくれたようだ。
「姑息な生き方って良いよな。真面目に生きる奴を簡単に引きずり落とせるんだからさ!」
立ち上がる動作の中で掴んだ土を顔に投げつけた。
「──!」
それは目に直撃し、バブベアーは顔を覆って仰け反る。
それから、スパイスピアの毒針を壁に突き刺し、それより少し上から伸び出てきている木の根を掴んで、後は勢いで一気に手を掛け足を掛けて登り上がった。
その頃にはバブベアーの視界は取り戻されており、すぐさまこちらに飛び掛かってきた。
「ッ!」
穴を間に挟むようにして避ける。
「散々見下してたやつに一発カマされる気分はどうだ!?」
「──!」
気分が良い。
この世界に来てから、一番と言って良いほどに体が軽い。
足の状態も全く気にならない。
「あーだのこーだの、考えてる時間が無駄だったんだよ!」
手当たり次第に石を拾い、バブベアー目掛けて投げつけてやる。
その度にバブベアーはイラつくように体を震わせて奇妙な咆哮をする。
「ダメージは無さそうだな!でもウザいだろ!?鬱陶しいだろ!?だったらかかって来いよ!──それは無理だ!」
遂に我慢の限界を迎えたのか、落とし穴を軽々と飛び越えて襲い掛かってきた。
そこまでの身体能力があるとは思ってなかったので、一手対応が遅れてしまう。
「ああ!くそッ!」
自分から後ろに飛んで、左腕で攻撃を受ける。
しかし、遅れたせいでもろに食らってしまう左腕が半ばで折れた。切れ飛ばなかっただけマシだと考えよう。
後ろに飛んだことで勢いはなんとか殺しきれた。真後ろに木が生えてなかったのは幸いだ。
「くそ熊がよ!……ぁ?」
更なる追撃を恐れ、今度はなにがあっても対応できるように奴の動向を確認した。
しかし、バブベアーはまさかの行動に出た。
「ここまでやって逃げんのかよ!」
バブベアーは、まさかの背中を見せての逃走。
奴からすれば確実に追い詰めていると思うはずだ。
ここまで負傷している獲物を見逃す奴がいるのか?
舐めているとしか思えなかった。
近くの木から枝をへし折り、それを片手に追いかけた。
「おいおい、なんでそんなに遅ぇんだ!?」
人間とバブベアーの肉体性能の差。そして、俺の足の怪我と出血量。
それらを加味すれば、どう考えても追い付けないはずだ。
でも、互いの距離はどんどん縮まっていく。
「なんだ……誘われてる?」
また罠にかけるつもりなのか?
「くそ!そんなんどうだっていい!」
獣道を走るバブベアーに対し、一直線に追いかける。
僅かな茂みはそのまま突破し、邪魔になりそうなところは跳んで避ける。
左腕が使い物にならないせいで重心が取りずらいな……
「──ッ!危なッ!」
追いかけ、追いかけ、追いかけた先に、一本の糸があった。
間一髪で、持っていた枝を側方の木に突き刺す。枝は俺の勢いに耐えられず折れてしまったが、速度を落とし避けることに成功した。
糸の先を辿ると、木の上に頑丈そうなロープで括り付けられている頭ほどの大きさの意思が目に入った。
「やっぱり罠かよ……ッおま!」
こちらが避けたと見るや、バブベアーは即座に方向転換をして飛び掛かってきた。
避けていては奴のペースに呑まれる。
だから、避けずに蹴り上げた。
「──!」
バブベアーに蹴りを入れるための行動でなく、目を潰すための行動。
しかし、そう何度も同じ手を食らってくれるはずもなく、当たる直前で首を横に振られて避けられてしまう。
「……だからお前は獣なんだよ」
手に残っている折れた枝。
それで空を切った。
「人の罠を利用する頭はあっても、更に利用される可能性は頭に無かったんだな」
「──!」
バブベアーの側頭部に、落下した勢いに振られた石が直撃した。
姿勢を崩してこちらに倒れ掛かってくるバブベアーを避け、距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ。余計な体力、使わせやがってよ」
力無く倒れ込んでいるバブベアー。その背中はまだ上下している。
どうやら、意識を失っているだけのようだ。
「これで無傷だったらお手上げだったよ……いや、こいつなら死んだふりしててもおかしくないか」
バブベアーの血が付いた石を拾い上げる。
「卑怯だなんて言うなよ。殺し合いってのは、こういうもんだろ?」
頭上まで振り上げ、安全圏から全力で投げた。
「…………はぁ」
潰れた頭部は、もう奇妙な鳴き声を発することは無かった。
「バブベアーって、なんだったんだろうな。なんであんなに怖がってたんだろ……」
殺したら呆気ない。あんなにも激しい闘いだったのに、こんなにも静かに変わり果てる。
「……あぁ、俺も死ぬのかな」
声の震えが止まらない。寒気も凄いし……頭が、揺れて……暗くて──
……
……
……
……
……
……
……
……
……
思い付いたばかりでまだ構成練ってる最中なので更新は遅いですが、評価ブクマ感想で速度バフが付くので良ければお願いします!
ちょっとでも続きが気になれば!是非!!