104話──男に別れを
あれから数日後。
俺は北へ向かう馬車の前にいた。
「お前、本当に行くのか?」
「もちろん。もう決めたことだ」
ゼットもアリスもいない。告げてないからいるわけない。
宿を離れるから、ジャスさんには報告した。寂しくなるなと言ってくれたが、快く送り出してくれた。何度もこのような別れを経験しているからだろう。
他には、目の前にいる男だけ。
最も世話になったのだ。生き方を教えてくれた男に、無言で去るわけにはどうしてもいかなかった。
「そうか……寂しくなるな」
「別に俺が居なくなったってほとんど影響ないだろ。あんたには仲間がいるんだしな」
「それとこれとは別だ。俺は……あー……」
「なんだよ」
歯切れの悪い男を急かすように言うと、頭を掻いてそっぽを向きながら答えた。
「あの時はごめんな」
「あの時って?」
「あー、あれだ。バットウ食った時のことだ」
「バットウ?……バットウってなんだっけか」
「忘れたのか?まぁ、あんなことがあったから忘れても仕方ねぇとは思うけどよ……」
男はどことなく悲しげで、これ以上とぼけれる雰囲気ではなかった。だから正直に話す。
「冗談だ。あんまりあれには触れない方が良いかと思ってたんだが……そうでもないのか」
「はぁ……人が真面目に話そうとしてるってのによ」
「すまん。それで、ごめんってのはどういうことなんだ?」
「急に大声出しちまって話切り上げたじゃねぇか」
「別に気にしてないよ。俺だって言いたくないことはあるし、あんたのなにかを無理矢理掘り下げるようなことをするつもりはない。わざわざ言葉にする必要がないこともあるだろうしな。……どうした?」
神妙な面持ちの男を不審に思い、聞いてみれば……
「……ぶっちゃけ、お前のことを息子のように想っている」
「ッ……」
「だからよ……いつでも帰ってきてくれや。歓迎する。無一文にはなるなよ。ここに帰ってくるための路銀は常に残しとけ。衣食住くらいの面倒は見てやるからよ」
「……くそ」
本当にクソな答えが返ってきた。
「あ!?んだよその反応は、ぁ…………泣くなよ。お前男だろ」
「生憎……男だとか、女だとか…………そういう決め付けの言葉は……いや、ごめん。なんでもない。そう……だな。その通りだ」
心構えを変えなくては。何度もそう考えたというのに、また逃げようとしてしまっていた。
「……ありがとう」
「良いってことよ。……セイジ、次会うときは父さんって呼んでくれてもいいんだぜ」
「……その頃には彼女の一人や二人や三人くらいは作っとけ」
「二人以上は作らねぇよ!」
「案外律儀だよな」
「あったりめぇよ」
「……」
「……」
それ以上、ふざけたことを話す気になれず、互いに口を閉ざしてしまった。
無言の間が厳しくなってきた頃合いに、機を見たかのように御者の人からそろそろ出発するという声が掛かった。
「時間みたいだ」
男に一言告げて、馬車の方へ振り返ろうとして、やっぱり名残惜しさを感じ、
「じゃあな──いや……行ってくる!」
「おう。行ってこい!」
既に馬車のキャビンには人が乗っていた。家族連れや、一人だけで乗っている人など、目的地は同じでも、その場所に向かう理由は異なるだろう。
空席に腰を下ろし、足元に荷物を置いて楽になる。
少しして、御者の合図と共に馬車が進み始めた。
お尻に伝わってくる震動が気になるが、どうにかできる問題ではないので我慢するしかない。歩いて向かうには面倒過ぎる距離なのだ。やむを得ない。
「……」
目的はただ一つ。
強くなることだ。
あの日、アリスと決別し、その場から離れようとした時。
─────
「セイジ様。お待ちください」
「……なん、でしょう」
振り返らずに言葉を交わす。
声の震えが伝わってないか、そんな心配が頭を過ぎる。
そして、すぐに悲しみで流されていく。
「先ほどは大変失礼いたしました。アリス様の手前、立場上あのような失礼な物言いとなってしまう、大変申し訳ございません。ですが、あの言葉を取り消すつもりはございません」
「なら、なんのために、来たんですか……?」
「……これはお嬢様には伝えていないこと。そして、これからも伝えることは決してないことです」
「……」
「冒険者という職は、命のやり取りが盛ん。そのようなものをお嬢様の婿にするわけにはいかない。身分の差も、仮に当主様が許せど、王国の体裁を守るために、他の貴族からの批判は避けられない」
「……」
「ですが、Aランク以上の冒険者となれば話は変わってきます」
「ッ……!?それは、どういうことですか!?」
無様で滑稽な顔をしているだろうに、ビリーブさんは笑うことはなく、それどころか微笑みを浮かべた。
「Aランク以上となると、冒険者全体の5%にも満たない。時折、王国から直属の仕事が降りるような世界です。つまりは、公言はされていませんが、事実上認められている立場にあります」
「……」
「実際、貴族との婚姻が認められたケースも存在します。ここから王都を跨いで北へ行くと、ヤターリという城塞都市がございます。その周辺一帯を治めているヤターリ卿は、元平民の方です。ですが、己の力でAランクまで登り詰め、その地位を獲得致しました」
「Aランク……」
「もちろん、ただAランクになるだけでは足りません。稀人であり、ただの平民でないセイジ様の道は限られています。もしその道を進むのであれば、極めるのです。王国へ貢献し、忠義を示し、名を広め、そして、尊敬の念を抱かれる者へ」
Aランクになれば、アリスの隣をまた──
「……無理ですよ」
「無理、と。何故でしょう」
「俺には、そこまで歩ける力がありません。剣はまともに振れない。魔術も使えない」
それに、あの限定的なスキルで、どうやって戦えばいいのか。
「……」
「無理なんです。届かないんですよ。俺は──」
「貴様のお嬢様への想いはその程度か!!」
「ッ!!」
「お嬢様を愚弄しているのか!?お嬢様の想いを無下にして、貴様は無理だできないと弱音を吐いて逃げるのか!?」
心臓を握られたかのように、体が縮こまってしまう。圧倒的な威圧感。
蛇に睨まれた蛙とはこのことかと、それほどまでに歴然とした差が、ビリーブさんと俺の前には存在していた。
「男なら!愛した者への想いを貫き通せ!」
逃げようとしていた心に突き刺さる。
「男なら!いつでも傍で笑っていてやれ!」
悲しませてしまった現実を突きつけられる。
「男なら!なにがあろうと守りきって見せろ!!」
関係を終わりにしようとしていた考えが咎められる。
「……失礼しました。つい、熱がこもってしまい……」
「……いえ、ありがとうございます。おかげで、自分の道がわかりました」
「信じて良いのですね?」
「お叱りを受けて早々ではありますが、正直頷きたくないです。不安ばかりが頭を過ぎります。ですけど、覚悟は決めました」
叱咤のおかげで、欠点を知り、課題を見つけられた。
「足を止めず、歩き続ける覚悟を」
矜持を。
「……その覚悟を、見届けましょう。先程申し上げさせていただいた通り、お嬢様にこのことは伝えません。待たせてしまえば、いずれお嬢様の心は離れていきます。正直に申し上げますと、今のセイジ様の力では到底成し得ないこと。覚悟を持って、挑みなさい」
「はい!……ありがとうございました!」
─────
思い返せば、勢い任せな返答だった気がしなくもない。
でも、一切の後悔は感じていない。
「……さて、目指すは王都。それからヤターリだ」
待っててくれアリス。必ず迎えに行く。
どこまでも夢気分だった生二は、もう終わりだ。
一章完
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ちょっとでも続きが気になれば!是非!!




