100話──あのそのご
「……おはよう」
「やっと起きたか!」
「朝から煩い……耳が……頭が痛いって……」
「もう朝って時間じゃないよ。ほら周り見てよ、みんなもう外行ってるよ」
ゼットの言う通り、相部屋内のゼットとセイジ以外の人の姿は無い。
「俺には俺のペースがあるんだ。あの人たちの生き方を基準にしないでくれよ」
「そんなクソみたいなペースなんて捨てろ!だからいつまでも金が溜まらないんだぞ」
「それとこれとは話が別だし、ゼットだってまだ冒険者稼業再開できてないじゃないか」
「……あのねセイジ。それとこれとは話が──」
「別じゃないだろ」
「……今日はいい天気になって良かったね」
「話逸らすな。……まったく」
窓の外を眺め始めたゼットに呆れつつ、まだ眠気で開き切らない左目をこすりながら、セイジも同じように窓の外を見た。
窓の外はいつもの光景。変わらない日常が送られている……ように見える。
だが、実際は違う。
神に祈ろうと変えられない、もう戻らない日常があった。消えてしまった日常が。
「まぁ、いい天気かもな」
─────
あの事件から、一ヶ月ほど経過していた。
アリスとセイジが巡り合い、そのせいで稀人を狙っていた神領星にアリスごと攫われたところから、全てが始まったあの事件。
主犯はもちろん神領星たちだが、幸いなことに、その幹部らは確認できている限り全員捕らえられていた。弱く、臆病で、保身のためなら簡単に仲間を売る下衆の集まり。なぜ幹部という立ち位置でいられたのか議論になるほどには酷い人間だったそうな。
ゼットとジェルデミアの二人が戦ったエイデンという男が、神領星の中で最高戦力だったという可能性があり、そんな男を戦闘不能にした時点で神領星には勝ち目が無かった。
ただ、あの時はそんなことを知る方法が無かったため、逃げて正解だっただろう。
そして、セイジが戦ったワーサー。最期まで執念を燃やしてセイジを苦しませ続けたワーサーは、誰にも知られることなく消えた。
セイジが喋らない限りは知られない。
彼は神領星を信用していなかった。自身の力を見せることはしなかった。唯一知っていたのは、エイデンのみ。
用心棒として雇われていた彼は、毒薬の効能のみを神領星に見せていた。身体能力や、毒薬の種類は隠していた。
そんなワーサーがなぜ用心棒として雇われ続けていたのか……。
もしかしたら、ワーサーは神領星すら脅していたのかもしれない。臆病な幹部は、ワーサーの狂気な一面を見ただけで足を竦ませて肯定するだけの機械に成り下がるだろう。もしくは、毒薬だけを見て用心棒に採用するほどの馬鹿だったか。
とにかく、ワーサーの情報は幹部たちの口から出ることは無かった。拷問されても口に出せないほどの恐怖で縛っていたのかのかもしれない。
そして、セイジは自身のスキルを隠すために、誰にもあの戦闘を口にはしない。
アリスから話が出る可能性はある。ワーサーの注射器でめった刺しにされたセイジの姿を見られていたからだ。
いや、可能性ではなく、確実にアリスから伝えられている情報だろう。
だがその情報を聞いた者達がそのままの意味で受け取るはずもない。
そんなことをされて生きている、なんなら戦闘を続けて、ダンプらに死体の山々を見られているのだ。稀人だと知られていても、真偽を疑うだろう。
アリスのその時状況も後押ししていた。毒を打ち込まれ、窮地に追い込まれていたのだから見たまんまの状況を記憶できているとは誰も考えないだろう。
セイジがDランクだったのも功を奏した。冒険者になって数日ならともかく、数ヶ月経っているのだ。それでもDランクのセイジがアリスの言葉通りの事ができているとは考えられないだろう。
ワーサーは消えた。歴史から消え去った。セイジの元に仮面だけ残り、セイジの記憶に鮮明に残り続ける。セイジの失われた右目の視界に、たまに幻覚として現れるくらいだ。
エイデンとワーサー。彼らが、神領星の要だった。
ただ、セイジ、アリス、ゼット、ジェルデミア、ダンプ、ビリーブ、ネイビー、ジェネド。彼らが地下で戦っている間に、グリントでは別の戦いが始まっていたとは誰も思いもしていなかった。
セイジたちが戻った時は、既に全て片付いていたが、被害者の数は計り知れない。行方不明者も、未だに見つかってない。
グリント及び近郊を治めている領主、リドリー・ウェル・グリントが主に活躍し、好き勝手に暴れまわっていた神領星を殲滅したらしい。
他にも町の冒険者や、リドリーの元で働く兵士たちが、戦う術を持たない一般人のために戦っていたとのこと。
それでも犠牲者が出てしまっているのだから、神領星の恐ろしさは並大抵の物じゃない。人をいくら傷付けようとも、己の心は傷付かない。常日頃から手負いの獣のように後先考えない行動ができる、知能を持った生物は恐ろしいものだ。
ただ、そんな事件があったにも関わらず、セイジもゼットも生活の基盤自体はほとんど変化の無い日常を送れている。幸いなことに、ジャスの宿屋及びその周辺は突如行なわれた襲撃による影響を最小限に抑えられていたのだ。
その理由は、利用者の大半が冒険者だったからという単純なもの。
他の冒険者が利用していた宿屋や、酒屋。冒険者ギルドなど、戦闘能力を持っていた者が近辺に多くいた場所は神領星による打撃を受けていない。
だから、セイジとゼットの生活は変わらない。
今は怪我もほとんど治り、日常生活に支障をきたすほどではない。警告を無視すれば冒険者として稼ぎに出ることだってできるくらいだ。
問題があるとすれば……
「なぁセイジ」
「どうした?」
「まだ右目は治らないのか?」
「あー。そうだな。まだ治り切ってない、らしいな」
黒い布を頭に巻き付けて、光を遮断するように隠してある右目の付近に触れながら、セイジは曖昧に答えた。
「変に刺激するとよくない。だからまだ当分はこのままさ」
「大変じゃないのか?」
「そうでもないよ。慣れればあんまり気にならないしね」
「物掴み損ねたり躓いたりしてたじゃんか」
「それは初めの頃だろ?今は慣れたんだって」
「うーん……それに慣れるのも良くないんじゃない?その目が治ったら、今度は両目に慣れるまでまた同じような不便な生活になるだろ?」
「その時はその時だよ。未来の俺がなんとかしてくれるさ」
「そんな楽観的な……」
「まぁまぁ」
ゼットは知らない。
きっと知ったら驚くだけでは済まないだろう。
診療所では色んな患者がいる。色んな怪我や病気があり、色んな理由や原因がある。だから、患者もプライバシーを考え他者に詳しいことは話さない。
だからセイジの右目が、ただ見えなくなっているのではなく物理的に無くなってしまっていて、どれだけの時が経とうとも、再び光を見れないということを知らない。
ただ、いつかは知ることになるだろう。
そのいつかは、ゼットと交流を続ける限りは必ず訪れることになるいつかだ。
セイジは、そのいつかを後回しにし続ける。そして、いつかの対応は全て未来のセイジに託す。
これは、生二が抱える新たな問題だ。
「……そういえばさ」
セイジは、ボロが出る前に話を変えてしまおうと、薄々感じていたゼットの憂いを攻める。
「なんだ?」
「最近のゼット、あんまり顔色良くないよな」
「そんなこと言われても……自分の顔色なんてわからないぞ?」
「なら思う節は無いのか?悩みとか考え事は一切無いって言い切れるか?」
「お前の目が心配ってくらいで──」
そう言いながら目を逸らしたゼット。嘘を吐くのが下手なのは、出会った当初からなにも変わらない。
「あの男か?」
「ッ……」
返事を聞かなくともわかる。言葉を詰まらせたゼットのその反応が、肯定しているのと同義だった。
「どうしたんだ?俺はあの男としか言ってないんだけどな。いつのことだとも、どこでのことなのかも、その男の名前も言ってない。なのにお前の頭には明確な誰かが浮かんでいるらしい」
「……」
「沈黙は肯定。俺の故郷ではそんな考え方があるんだけど、今のゼットはまさにそれだよな。……まだあの時の男のこと、引きずってるのか?」
「……うん」
ゼットらしくない、弱々しい返事だ。
二人きりで、締め切られた部屋。
窓から差し込む太陽光はあるものの、二人が無言になれば耳鳴りが聞こえてきそうなほどに寂しい空気になってしまう。
言葉が喉につっかえてはなにも進まない。
「……ちょっと出かけるか」
「出かける?」
「せっかく晴れてることだしな」
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ちょっとでも続きが気になれば!是非!!




