最後まで笑わないで
君に告ぐよ。ありがとう、とね。
君がいたから僕は勇者として、英雄として、魔王を倒せたんだ。いつでも明るく笑っていて、暖かい手で背中をそっと押してくれる。そんな君に、どんだけ僕が救われたことか。
最後まで一緒に戦ってくれた事は、とても嬉しかった。嗚呼、一人じゃないんだなって思えたから。
君という存在は、何よりも心強かった。君が唱えた魔法は、とても素晴らしかったし、この世のものとは思えないほど綺麗に思えた。
こんな絶望が作った世界で君はまだ、真っ直ぐと生きていた。卑屈にならずに真っ直ぐと希望を見据えていた。君は凄い人だよ。
だけど、口々を揃えて周りのヤツらは言った。
「あんなヤツより、俺の方が何倍も優れている」と。
確かに君には、圧倒的な強さはなかったさ。君の代わりならいくらでも居るくらいの、平均的で平凡的な強さ。特に突出しているわけでもないし、何かに優れているわけでもない。
だけど、周りから尊敬されて、頼ったり頼られたりする姿は、僕よりも勇者的だった。
君は誰よりも、“御伽話”の勇者に近い存在だ。
僕はそう思っている。
周りを明るく照らして、希望を分けてあげられる、それが君の強さだ。人が最も弱い部分に寄り添うことができる人だ、君は。
そして、僕に足りない部分を綺麗にカバーしてくれていたんだ。
だけど今になって思うよ。
君が僕の弱さまで背負うことはなかった。
君が僕の為に戦うことはなかったんだ。
世界のために、命を散らす必要はなかった。
だからさ、どうかどうかそんな顔で死なないでくれ。最後までそんな笑顔で、笑わないでくれよ。死に際くらい僕より弱くあってくれよ。
最後ぐらい、泣いてくれてもいいんじゃないか?
ー
深い深い森の奥にある、魔王城。半壊して、もう禍々しいあの雰囲気は消えている。その真ん中、血の海の中で二人の人が話していた。一人は横たわり、もう一人は絶望的に、膝をついている。
「ねぇ、魔王は死んだ?」
「ああ! 君のお陰だ、君のお陰で世界に平和が戻った!」
「……そんなこと言わないでよ、アナタが頑張ったんだ。私はただの勇者一行の一人に、すぎない……さ」
勇者に血塗れた震える手をさしのべて、彼女は震える声を出した。今にも消えてしまいそうな切ない声。
やがてその手は勇者の頬に届き、ベチャリと嫌な音と共にそこを撫でた。
「アナタが勇者として、世界を救った。それが事実だよ。私なんて、なにもしてな」
「でも君は!」
大きな声で言葉を遮り目に水の膜を張って、勇者は言った。微かにかすれた声で、彼は言った。
「僕を救ったんだ、勇者を君は救った!」
「フフッ、嬉しいことを言ってくれるねェ」
彼女は目を閉じて、困ったように眉を下げた。呆れたような、でも何処か嬉しそうに。
「ねぇ、覚えていてほしいことがある。死ぬのは思っているより……怖くない」
「……」
「だけどね、人を置いていくのはとても、怖いことだよ
私も願って良いのなら、アナタの隣を歩きたかった」
「そうか……」
「じゃぁね、楽しかった」
「おい!」
「私は幸せ者だ」
「おい? 嘘だよな?」
それに返事はなかった。ただ虚無の時間だった。
完璧な笑顔で彼女は、死の迎え人に攫われたのだ。そう死に顔まで笑顔だった、残酷なまでに絵になる死に顔だった。
気付けば、喉から絶え間なく嗚咽が流れ出てくる。目からは涙が溢れてくる。
悲しくて、寂しくて、現実を受け止めたくないだけだった。彼女の死を直視できなかった。
何時間もきっと泣き崩れた。叫んで、喉が鉄の味にそまる。手が震えるのが止まらない。
その力ない彼女の手を、握ることは叶わなかった。
だけど気付けば、涙は止まった。
悲しみが消えたのか、諦めがついたのか、はたまた涙がただ枯れたのか。
それは誰も知らなかった。知ることはなかった。いいや、知ろうともしなかったのだ。
心の底にある、恋心は固く閉じた。
もう忘れてしまいたい、と思うほどに。その恋心を恥ずかしいと、面倒くさいと思ってしまいそうだった。
それほどまでに、本気で、大好きな相手だったから。
だが、そう思うことはなかった。その笑顔を思い出す度に、あれは必然な恋だったと思えるから。
だから、君に告げるよ。ありがとう、と。
そして好きだったよ、と。
愛していた……と。
ー
彼は何処までいっても勇者だった。かつての思い人の前でも、泣くことは許されない。それが勇者としての最後の役割りだったから。
だからいつも笑っていた。明るく、楽しそうに。最近あった話を、ただ碑石の前で話していた。返事も相槌もない石の前で。
自分たちが絶望から救った世界を、見せてやるために。
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