かの在り方を知る冬焔8
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アレンドゥヴェスティアは上層、中層、下層の三つからなる多層構造の都市だ。よって上にケーキを積み重ねたような外見をしている。この都市は全体に水道インフラを整えるため、河川より上層へ水をくみ上げ、それを水道を使って上から下へ流していた。このため都市の至るところに水道があり、さらには地下にまで水を通す道がある。
アレンドゥヴェスティア中層の地下にある水路。その横に作られた点検用の道に3人の人がいた。3人のうちの2人は黒いローブを着て、フードを目深に被っている。残る1人は誉ある騎士団の制式鎧を着ている男だった。鎧の男はへたり込むように座り、視線を深く下に落としていた。
「…認められるものか。どれだけの時間が、歴史がこの街を作り上げたと思っている。アレンドゥヴェスティアは楽園なのだ。なのに何故王はこうも簡単に切り捨てられる?」
「分かります。分かりますとも。誇りを奪われることはあまりにも苦しい。それが何事にも代えられるものでないなら、なおさら。」
「貴方は望まれた。誇りを守ることを、魂を選ぶことを。であれば、あちらへ。」
ローブ姿の二人は道の隅を指さした。鎧の男はよろよろと、這うように示された方へ近づいていく。そこには裂け目があった。
壁が切れているのではない。確かに空間が裂けていた。何もない空中が人半分ほどの長さだけ切れて、開かれている。
裂け目の先には何も見えない。ただ真っ黒の闇が広がっているだけだった。しかし男が近づくと、そこから声が聞こえてくる。
『貴方の二番目に大事なものを頂戴。そうしたら一番目に大事なものを好きにさせてあげる。』
「…護ってくれるか?アレンドゥヴェスティアを。私の誇りを。」
『ええ、いいわ。それで?貴方の二番目は?』
「私は全てをこの街に捧げた。だからアレンドゥヴェスティア以外の私の持つ全て。それが二番目だ。」
『ああ、そう。分かったわ』
次の瞬間、裂け目の奥から二本の腕が差し出され、ゆっくりと男の体を抱いた。そして闇が溢れ出した。
バラバラに散らばったヒットゥリコーンの死体のそばで、フユは座って休んでいた。そこへギルドの女性職員が慌ててやってくる。
「フユさん!大丈夫ですか!!?」
「何とか生きてますよ。…ああ、疲れたぁ」
「よかった…。まさかこんな化け物がいるなんて」
「しかもアレンドゥヴェスティアのすぐそばに、ですよ。…あの馬車に乗ってた人は?」
「女性の方の無事は確認しています。それ以外の方たちは…」
「…ひとまず様子を見に行きますか」
フユは一息ついて立ち上がり、女性職員と馬車の残骸の方へ歩いていく。
馬車は無残に破壊されており、近くには上半身だけになった男性の死体があった。馬車を引いていたであろう二匹の馬は、元の形もない肉塊になっている。御者の姿は見えない。
あまりにも凄惨な現場にフユは黙って目を閉じ、しばらくの間黙とうを捧げた。
少し離れたところの木の陰で、銀髪の少女が介抱されていた。目立った外傷はないが、顔色は悪く生気がない。
フユが近づくと、少女は気づいて顔を向ける。
「あっ、あなたは…」
「えーと、大丈夫ですか?」
「…えぇ、大丈夫です。爺やが、…使用人が魔法で守ってくれて…、自分より先に…」
「…」
「…ごめんなさい、お礼がまだでした。助けてくださり、ありがとうございます」
「ああ、いや。まあ、成り行きなんで」
フユの返しに女性職員が半目で彼を睨んだ。居心地が悪くなったフユはその場を離れようとする。
「あー、じゃあこれで!」
「あっ、あの。お名前は?」
「そういうの大丈夫なんで、じゃあ!」
フユは少女との会話を半ば切り上げるようにして、立ち去る。女性職員は少女に一礼をしてからその後を追った。
「もう少しきざな言い回しを勉強した方がいいんじゃないですか?」
「そんな感じのは苦手で…」
「はぁ、…あの人貴族のご令嬢ですよ?」
「えっ、マジで?」
「名前教えといたらたんまり礼金もらえたんじゃないですか?学費にだってできたでしょうに」
「…あとでこっそり教えといてくれませんか?」
「いやです」
下世話な話をしながら二人が遠ざかっていく。その姿から少女は目線を外して、馬車の方を見た。
再び涙がこぼれてくる。何度も目をこするが、止まらない。日は動き、アレンドゥヴェスティアの陰が少女を包んだ。
増援の冒険者とギルド職員たちにあとは任せ、フユはアレンドゥヴェスティアの門をくぐった。するとそこには見知った顔がいる。
「おかえり!」
「レテシア?」
門を超えてすぐそばで青い短髪の美少女、レテシアが日傘を差して立っていた。どうやらフユを待っていたようで、彼の姿を見ると駆け寄ってくる。
「お疲れ様!今日仕事だったんだよね?」
「ああ、そうだけど…。待ってたのか?」
「うん!そろそろ終わるかなって。何かあった?門の外、騒ぎになってたけど。」
「まあ、ちょっとトラブルがあって」
それを聞いてフユは苦い顔をした。
「ふーん、そっか。あっ、ご飯行かない?お腹空いてるでしょ?」
「それもいいけど…。カロンはどうしてる?」
「…ああ、今日もお家に帰るって。昨日お兄さんに会えなかったからー、って言ってたよ。ペントもまた一緒について行ってた。」
「そうか、…俺もそっちに行こうかな」
「えっ、本気!?」
「放っておけないしな」
そう言ってフユは歩き出した。その言葉に驚いたレテシアだったが、しょうがない、と息をついてフユについていく。
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