かの在り方を知る冬焔7
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アレンドゥヴェスティアの方からやってきていた馬車。それは横から黒い巨体の何かに突進され、粉々に吹き飛ばされてしまった。
周りに衝撃波が広がる。嵐のような爆風を引き起こし、一帯に土と砂が舞いあがった。
馬車の残骸の下から誰かが這い出てくる。それはあの銀髪の少女で、美しかった顔と髪は今や土と血で汚れていた。彼女は何とか馬車の下から出てくると、また両手を残骸の下に突っ込んだ。痛みに耐えながら、何かをその下から引き出そうとしているようだった。
「爺や…!」
力いっぱい両腕を引くと、残骸の下から礼服を着た高齢の男性が出てきた。力を振り絞って男性を引っ張り出すと、勢いよくその体は躍り出てくる。
勢い余って少女はしりもちをついたが、彼女は内心安堵した。彼を助けられた。
そう思った少女は男性に声を掛けようとする。そして気づいてしまった。
男性の下半身がどこにもないのだ。腰あたりで胴は引きちぎられ、血が湧き出るように流れ出ていた。
少女は声も出せず、全身から力が抜けてしまう。次の瞬間、急激な吐き気が彼女を襲った。目から涙をこぼしながら、何度も何度も嘔吐する。
吐瀉を繰り返していると、大きな地響きが起こった。気持ち悪さを抑えながら振動の方向を見ると、砂煙の中に何か大きいものがあることに気づいたのだった。
それは少女の方へゆっくりと近づき、やがて姿を現した。凶悪な牙、鋭く長い角、そして黒いとんでもなく大きな巨体。
通常の3倍はある、あまりにも大きいヒットゥリコーンだった。先ほどまで乗っていた馬車と比べてもかなり大きい。
見れば口に馬車を操っていた御者を咥えている。ヒットゥリコーンはそのまま御者を飲み込み、大きく咀嚼した。不快な、硬い何かをひき潰す音が聞こえる。
銀髪の少女は恐怖した。口から胃液を垂れ流したまま後ずさりしようとする。しかし足が震えてうまく下がれない。
ヒットゥリコーンは次の獲物を食べようと少女へ近づく。一歩。また一歩。
ゆっくりと死が彼女へ近づいていた。
いよいよ彼女を喰らおうとした時、何かがヒットゥリコーンに投げつけられた。煩わしさを感じた黒魔馬は、何であるか確認しようとそれを見る。
それはヒットゥリコーンの頭であった。苦悶の表情に歪み切った顔は壮絶な死を予感させる。
瞬間、黒魔馬はこれが誰のものかを理解した。これは愛しいわが子だ。
そして人も一人、そこにいた。その黒髪の少年を見て親黒魔馬は察する。
こいつがやった。
ヒットゥリコーンは大地を震わすほど叫び、激怒した。
フユは叫びの勢いに吹き飛ばされないよう踏ん張りながら、内心焦っていた。間違いなく彼が戦ってきた中で五指に入る強さを持っている。
うまく少女から気をそらしたものの、酷く興奮状態にあるヒットゥリコーンを相手しなくてはいけなくなってしまった。
次の瞬間ヒットゥリコーンが大きく飛び跳ねた。フユは慌てて後ろへ跳んで、大きく下がる。
先ほどまでフユがいた場所に黒い巨体が落ちてくる。地面は大きくえぐられ、まるで隕石が落ちた後のようだ。そして着地してすぐヒットゥリコーンがフユに向かって突進を仕掛ける。
黒魔馬が駆け出した時、フユはやっと地面に足をつけたばかりだった。
バックステップを狩りに来た!?
避けることは間に合わないと判断したフユは瞬時に魔力タールを生成する。そして圧倒的質量が突っ込んできた。
激突の瞬間、自身の体と黒魔馬の間に魔力タールを挟み込み、受け流そうとする。しかしあまりの一撃に魔力タールが吹き飛ばされた。
フユは魔力タールをヒットゥリコーンとの間に生成し続け、何とか攻撃をしのぎ切った。だが衝撃の余波に撥ね飛ばされる。
フユが地面を転がされている間も、ヒットゥリコーンは平原を旋回して再び突っ込もうとしてくる。このままではまずい。
当たれば動きを止められるはずだ。そう考えたフユはこぶし大の魔力タールを三つ生み出し、ヒットゥリコーンに向けて放った。
するとヒットゥリコーンは駆けながら、大きく叫び声をあげる。そしてヒットゥリコーンの体から多量の魔力が放出され、真っ直ぐ飛んできていた3発の水弾を弾き飛ばしたのだった。
魔力をそのまま放出して衝撃波にするなど、あまりにも常識の埒外すぎる。フユは渇いた笑いを上げながら、また魔力タールを生み出した。
ヒットゥリコーンが突進してくる。衝突の間際、フユは板状にしたタールを空中に浮かせ、それを足場にして空へ逃げた。そのすぐ下をヒットゥリコーンが疾駆していく。
避けられた。そう感じ取ったヒットゥリコーンは速度を落とした。大きく砂煙を上げて止まった黒魔馬は、ゆっくりとフユを見据えたまま歩き出す。
何をしている?フユは警戒しながらヒットゥリコーンを見ていると、やがて黒魔馬は止まった。そのままこちらに頭を向けて姿勢を低くし、突進の構えをとった。
フユはそれを避ける準備をして気づいた。フユの背後のさらに先には馬車の残骸、そして腰を抜かしたままの少女がいるのだ。避けてしまえば、彼女が死ぬ。
軸線を合わせられたのだった。
ヒットゥリコーンは再び体から魔力を放つ。何の指向性も呪文も持っていないはずのそれは、空中でスパークし火花を散らした。
次は必殺の一撃だ。そう感じたフユは覚悟を決めた。そして魔力タールを大量に生み出し、空中に漂わせる。
ヒットゥリコーンが駆け出す。火花と衝撃を伴ってフユへ突っ込んでくる。それに対して、フユは真っ向から飛び込んだ。
瞬間、魔力タールがフユの右足へと集まり出す。足を覆うようにして収束したそれらは、急激に密度を上げていく。先ほどまでとは違い、とんでもない魔力と重さが感じられた。
フユはそのまま足を突き出し、飛び蹴りの一撃を黒魔馬の正面から叩き込んだ。
衝撃波が広がる。力と力がぶつかり、空にある雲ですら吹き飛ばされた。数秒、拮抗するように両者はぶつかり合っていたが、ヒットゥリコーンの魔力を突き破ってフユが押し切った。
収束されていた魔力タールが解放され、螺旋状に黒魔馬の肉体を突き破っていく。強靭で、強大な肉体が穿たれ、巨大な質量がバラバラにされていった。
打ち勝ったフユは勢いそのまま滑るように地面に着地した。後ろを振り向いて化け物が絶命したと確信すると、ゆっくりと地面にへたり込む。
「もう勘弁だぁ…」
遠くからギルド職員たちが駆けてくるのが見える。報酬上乗せされるかなぁ、などと考えながら、フユは生きていることに安堵した。
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