かの在り方を知る冬焔6
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「現時刻をもって討伐目標周辺の安全確保を完了したと判断します。よって目標の討伐を開始してください。」
ギルドの女性職員がフユに宣告する。それを聞いたフユは大きく頷き、ゆっくりとヒットゥリコーンの方へ向かって歩き出した。
それを女性職員は見送ると、大きな音を立てながら後ろから何かが近づいてきていることに気づく。何事かと素早く振り向くと、アレンドゥヴェスティアの方から馬車がかなりの勢いで走ってきていたのだった。
慌てて男性職員が両手を挙げて停止のサインを送り、それを見た御者が手綱を思い切り引いた。
馬がけたたましく鳴きながら蹄を地面に突き立てる。そして馬車は急激に速度を落とし、車輪は地面に深い轍を残した。
やっと止まった馬車の御者がギルド職員二人に向かって叫ぶように話す。
「通してくれ!早いところ行かなきゃいけねぇんだ!!」
「すみません、この先に危険な魔物がいまして…」
「通れないっていうのか!」
「はい、申し訳ありませんが…。」
「どうしても通らないといけないのです。何とかなりませんか?」
突然鈴の鳴るような、美しい声が響いた。女性職員が見ると、馬車から銀色の長髪の少女が顔を出している。少女はどこか幼げながら、可憐という言葉が良く似合う美貌を持っていた。一瞬女性職員は彼女に見惚れるが、すぐに言葉を返す。
「あっ、すみません。只今駆除の途中でして…。それが終わるまでは安全のために通行できないんです。」
「でしたら…、通れるようになるまでここで待たせていただいてもよろしいですか?通行できるようになったらすぐに行きたいのです。」
「それでしたら、構いませんが…。」
そこまで言って女性職員は馬車に紋章が彫られていることに気づいた。それは西の大街道の先にある貴族、ゲラルド家のものだった。
フユはゆっくりと大街道を進んでいく。やがて大きな黒い魔物が見えてきた。
大街道の石畳の上で寝転んでいたヒットゥリコーンはフユに気づいてゆっくりと立ち上がった。ようやく獲物が来たか、と口から息を荒々しく吐き出し、黒魔馬はフユを値踏みするように見た。
フユはヒットゥリコーンの少し前で立ち止まる。そして彼も目の前のヒットゥリコーンを瞬きせずに注視した。
お互いの視線が合わさって数瞬の後、ヒットゥリコーンがフユに向かって駆け出した。
瞬く間に音速の速さに到達したヒットゥリコーンは、石畳を衝撃で捲りあげながら突っ込んでくる。瞬間フユも横に向かって飛び跳ね、激突する間際で暴力的な突進を避けきった。
ヒットゥリコーンはそのまま進み続け、平原を旋回するようにしてまたフユの方へ向かってくる。しかし、次は先ほどより少しだけ猶予がある。フユは素早く意識を集中させた。
再びヒットゥリコーンが突進してきた。それをまたフユは寸前で避ける。すぐそばを通っていっただけでもとんでもない衝撃とエネルギーが感じられた。掠るだけでひとたまりもないだろう。
そしてヒットゥリコーンはまた止まることなく駆けていき、地面に広がる水たまりを大きく踏み抜いて走って行った。
ヒットゥリコーンはまたフユに向かって突進しようと平原を大きく転回する。しかし黒魔馬は内心驚いていた。
矮小な獲物がひき潰されぬ。殺せぬ。なぜ?
いや問題ない。獲物如きに我を殺せぬ。止まらせることは出来ぬ。いずれ殺せる。
ヒットゥリコーンは三度フユに向かって頭を向ける。その速さは落ちるばかりか、さらに増していた。
今度こそ殺す。そう決めて突っ込もうとした矢先、黒魔馬は自身の体に水がついていることに気づいた。
ヒットゥリコーンは走っているときに体が濡れているなどと感じたことはない。あまりの速さに体に着いた水滴など全て弾いてしまうからだ。それは雨の中であろうと例外ではないのだ。
ではこれはなんだ?そう感じた次の瞬間、体についた水が膨張し始めた。ヒットゥリコーンは驚いて体をよじる。
しかし水はさらに体積を増していき、やがて黒魔馬の胴体をまとわりつくように絡みついた。
そこまでしてようやくヒットゥリコーンはこれがただの水でないことに気づいた。水は一切光を通さないように黒く、また確かな粘性を持っている。
水は遂に足にも絡みつき、ヒットゥリコーンは突進の勢いそのままに地面へ転倒した。
フユはゆっくりと逃れようともがくヒットゥリコーンへ近づく。彼の右手のひらは空へと向けられ、その上では黒い水がふわふわと浮いていた。確かに黒いが、陽に照らされたその表面は鈍色に輝いている。
「『魔力タール』。楽しんでくれたか?」
フユが魔力タールと呼んだ水はどんどんとその大きさを増し、ヒットゥリコーンの首から下を包み込んでいた。まるで大きな黒い球体から馬の頭が生えているように見える。
ヒットゥリコーンはけたたましい叫び声を上げ続けていた。死を直感した彼は必死に抵抗しているようだった。
フユは右手のひらの上で浮いていた魔力タールをさらに高く浮かびあげ、肥大化させた。大きく体積を増した黒い水はグニャグニャと粘土のように歪んだ後、巨大な斧の形へと変化した。
ヒットゥリコーンはさらに大きな叫び声をあげる。
「感想は聞いてないけど。」
そして圧倒的な質量の一撃が黒魔馬の首へと炸裂した。
ヒットゥリコーンの体がようやく解放される。しかしとうに胴から頭は離れ、少し離れたところに魔物の頭は転がっていた。
フユは深く息を吐いた。するとポーチの中で何かが震えている。フユは小さな爪先ほどの紙きれを取り出した。
紙きれを掌の上に乗せると、震えていた紙切れはさらに細かく震え始める。それはやがて音を発し始めた。
『フユさーん、聞こえますかー?』
すると音は人の声のように変化した。なんと紙からあの女性職員の声が聞こえてくるようだった。
「聞こえてますよ。あとこちら見えてますか?」
『はい、ばっちり。私たちの方からも討伐の完遂を確認しました。事後処理をするのでもうしばらくお待ちください。』
「はい、了解です」
そうして紙切れは震えるのをやめた。待機を指示されたフユはうーん、と伸びをする。そうしていると転がっているヒットゥリコーンの頭が目についた。
その目は飛び出さんばかりに見開かれ、鋭い牙の間からは長い舌が覗いている。それらをまじまじと観察していると、あの短い角が気になった。
手で探るようにして観察すると、違和感を感じた。本当に折れたのか?
目で見てみても、まるで短い三角錐のようである。撫でてみると確かに芯のような硬さを感じるものの、表面は弾力のある柔らかさを持っていた。
まさか。
慌ててフユは紙切れを取り出して、それに魔力を込める。そして紙切れに向かって叫んだ。
「緊急報告!緊急報告!」
『どうしました!?』
すぐに女性職員からの反応が返ってきた。
「こいつ…まだ子供かもしんないです」
『はぁ!?そんなサイズの子供いないでしょ!?通常のやつより大きいんですよ!?』
「角が未成熟なんです…。普通ヒットゥリコーンの角は年を重ねるごとに長くなっていくから…」
『幼体だから角が短く見えたってことですか…?』
「ともかく!子供ってことは近くに親がいるかもしれないですし!あと子供がこの大きさってことは親は…」
『フユさん…』
「…何ですか?」
『…すみません、一台馬車通しちゃいました…。』
「…え?」
『急ぎの用事があるって言って…。討伐確認ができてすぐに…』
フユは慌ててアレンドゥヴェスティアの方を見る。すると向こうから馬車が一台向かってきているのが確認できた。
しかし、もう一つ。少し遠くでとんでもない砂煙が上がっているのも見えた。とてつもなく大きい黒い何かが疾駆している。そしてそれは馬車の方へ向かっていた。
フユが声を張り上げようとしたその瞬間、馬車は横から黒い巨体に突撃され、粉々に大破した。
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