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かの在り方を知る冬焔5

https://twitter.com/Wakatsukimonaka

 ユスリド王国の首都、アレンドゥヴェスティアでは建国記念日に際して大規模な祭りが催される。建国記念祭という名のそれはユスリド王家によって主催され、千年の歴史を持つ王国の記念日を皆で祝う祭りだ。

 建国記念祭では様々な催事が行われ、王国管弦楽団の演奏行進もそのうちの一つである。約200名からなる楽団が美しい音色を響かせながら、首都アレンドゥヴェスティア中を歩き巡る。建国記念日の2週間前から行進をはじめ、都市の中層、下層、そして上層の順に1か月かけて都市中に音楽を届けるのだ。

 彼らは一日中、朝より歩きながら演奏し続け、夜になれば楽器を抱いて眠る。そしてまた朝日が昇ればまた歩き始める。あまりに危険で過酷な行事であるが、それ故に彼らの旋律は他とは違う、命の色が感じられるのである。

 そうして彼らは魂を奏していた。





 中層の大通りを王国管弦楽団の演奏行進が通っていく。あらゆる者を魅了し、圧倒する彼らを、涙を流して見つめる人がいた。

 フユは涙をこぼすアロンに声を掛けた。


 「大丈夫ですか?」

 「…ああ、君か。こんなところで会うなんて」

 「…カロン、今日も家に帰ってましたよ。放っておけないって」

 「そうか、じゃああんまり意味なかったかもな。俺がいなきゃ話はまとまらないだろ」

 「…アロンさん、本当に大丈夫ですか?」


 楽団がゆっくりと、確かな歩みで進んでいく。もうすぐ最後尾が二人の前を通り過ぎようとしていた。

 フユの言葉にアロンは楽団を見つめたまま答える。


 「…いい音色だよな」

 「はい、本当にそう思います」

 「今回の演奏行進で用いられるヴァイオリンの本数は113挺。内105挺がインターレンスヴァイオリン工房製、…父さんが作ったものだ。」

 「はい」

 「この国の音楽って言ったらまずこの行事が頭に浮かぶ。そんな国を表するようなもんに楽器を提供できるなんて、本当に、本当にすごいことなんだ」

 「…はい」

 「本当に、本当に父さんはすごいんだ。本当に、本当に…。」

 「…」

 「だから父さんは、俺にとっての…」

 「…」

 「…」

 「…誇り、ですか?」

 「…、ああ、そうだ。誇りなんだ。だから俺なんかの為に捨てないでほしい。どうしてそんなことを言うんだよ…」


 既に行進は過ぎ去っていた。アロンは膝から崩れ落ち、その涙は止まらない。フユは彼に何か言葉を掛けようとしたが、口が思うように動かなかった。

 

 冷え込む夜。酷い雨。馬に乗りながら見たアレンドゥヴェスティアの光。

 彼にも誇りを失った暗い、昏い経験はあった。同情することは簡単だった。共感することも容易だった。しかしそれをして何になるのか。心の穴は同じ穴では埋まらない。

 もしここでアロンの傍に座り、言葉を掛けたところで何が起こる?彼は同じ境遇の仲間を見つけたことに喜び、フユを心の拠り所とするだろうか。それをきっかけとして新たな誇り、生きる意味を見つけようとするだろうか。

 フユにはそう思えなかった。だから何もできなかった。





 アロンの慟哭は続いていたが、しばらくして彼はゆっくりと立ち上がった。そのままふらふらと工房の方へ歩き始める。


 「…アロンさん」

 「…ごめんな、付き合わせて。忘れてくれ。今日は帰って休むことにするよ。」

 「あの。」

 「もうすぐ寮の門限だろ?早く、帰れよ。気をつけてな。」


 フユは最後まで声を掛けることは出来なかった。そのままアロンは少しずつ歩いて行った。





 結局どうすればよかったのだろうか?あのままでよかったのだろうか?

 いやそれだけはなかった。カロンの、カロンの父の、アロンのことを思えばあのままでいいはずはない。ではやはり同情すればよかったのか。

 フユはずっと考え続けていた。それでも答えは出なかった。


 もしあの時の絶望していた自分に共感の言葉をくれる人がいて、立ち直ることはできたのか?

 どんな言葉でも、フユの心を癒すことはなかっただろう。


 「フユさーん、聞いてますか?」





 「ああ、はい。聞いてますよ。」


 今日は学院の休日。アレンドゥヴェスティアの西の大街道にフユはいた。アレンドゥヴェスティアの西には平原が広がり、その平原を切り裂くように大街道が伸びる。馬車が4つ横並びで通れそうな石畳の道は、かの大都市の歴史を表すようにどこまでも続いていた。

 そんな大街道の脇でフユとあのギルド女性職員が待機している。すぐそばにはもう一人ギルドの男性職員がおり、アレンドゥヴェスティアから出てきた荷馬車に通行止めであることを伝えていた。通れないことを知った御者は憤りながら元の道へと引き返すのだった。

 女性職員は双眼鏡を覗きながらフユに話しかける。


 「ヒットゥリコーン、見つけました。道のど真ん中で座っています。」

 「人の味を覚えたんじゃないですか?待ってれば獲物がやってくると思ってるんでしょ。」

 「だとしたらますます厄介ですね。」


 話しながら女性職員はフユに双眼鏡を手渡す。フユがそれを使うと大きな魔物が見えた。

 ヒットゥリコーンは黒い馬の魔物だ。その頭には長く鋭い角が生え、馬とは違い肉食動物のような凶悪な牙を持っている。また体も大きく、普通の馬の何倍もある。

 道の先に見えたヒットゥリコーンは横たわっており、そのすぐそばには血の跡が広範囲に広がっていた。

 苦労しそうだな、と思いながら、フユは何かに気づく。


 「あのヒットゥリコーン、角折れてますね。」

 「え?本当ですか?」

 「はい、体の大きさに比べてかなり短いです。」


 通常、ヒットゥリコーンには人の大人の腕ほどの長さの角が生えるが、目標のヒットゥリコーンの角はどう見ても小さいナイフ程度しかない。


 「チャンスじゃないですか?ヒットゥリコーンの突進は角が脅威ですし。」

 「ですね。ちょっとは楽できそうです。」


 そんな話をしていると、交通整理をしていた男性職員が二人に話しかけてきた。


 「道の向こう、目標のさらに先へ大回りして向かった職員から連絡が来ました。反対側の交通規制も完了したようです。」

 「わかりました。フユさん。」

 「了解です。よっこいしょ」

 「現時刻をもって討伐目標周辺の安全確保を完了したと判断します。よって目標の討伐を開始してください。」

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