かの在り方を知る冬焔3
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「…いい機会だ。一つ決めたことがあるから聞いてくれないか?」
カロンの父が神妙な顔で口を開く。カロンは久しく見ていなかった父の表情を見て、背筋が強張った。
「職人を引退しようと思うんだ。」
首都アレンドゥヴェスティアの中層の一角、なんてことの無いバーがそこにあった。まだ陽は沈んでいないが、仕事を終えた人がぽつりぽつりと集まり酒を飲み始める。
顔も名前も知らないが、関係ない。この都市の血液である彼らは同調し、共鳴し、愚痴を吐き合える。
「何が親方だ。歳喰っただけだろうが。」
「そこで俺が言ったんだ。お前の馬鹿よりすげぇことを昔の俺はやってんだってな。」
「あぁ、帰らねぇと。…いやもう少し飲むか。」
「そういや聞いたか?今年も管弦楽団が巡るんだとよ。」
「毎年毎年ご苦労なことだよな。…下層にも行くのか?」
「そりゃ行くだろ。今年は何百個の石が投げられるかな。」
「スラムの連中には音楽よりパンをやった方がいいだろうよ。」
夜の帳がもうすぐ下りる。太陽に変わり、ランプの灯がこの都市を照らす。まだ一日は終わらない。
「なんでだよ!?どっ、どうしてだよ!!??」
父の突然の言葉にアロンが叫ぶ。そんな彼を父はじっと見つめていた。
「理由はなんでなんだよ!?…まさか体がどこか悪いのか?」
「いいや、まだガタは来ちゃいない。ヴァイオリンを作ろうと思えば作れるさ。」
「じゃあなんで!?金か!?」
「それもない。むしろ十二分すぎるほど稼いでる。…ああカロンは心配しなくていい。学院には何の問題もなく通える。どんな問題が起こってもな。」
理由を答えてくれない父にアロンの顔はますます歪んでいく。父は息をすっと吐いてアロンに向き直した。
「…アロン、お前いい職人になりたいか?」
「そりゃなりたいよ!父さんみたいに!!」
「そうだと、思った。だからだよ。」
「…どういう意味?」
「お前に技術を、道を教えたい。俺がボケちまうその前にな。」
父の言葉にアロンは酷く驚いた。父が自分の為に?ヴァイオリンを作ることを辞めてまで?
アロンは一瞬、目の前の人が父だとは信じられなかった。
「…ヴァイオリンを作りながらでいい。俺の為にそこまでする必要はない。」
「それじゃダメだ。そんな甘い道じゃない。お前にとっても、俺にとっても。」
「それこそダメなんだよ!職人を辞めるなんて!!!」
叫び、睨むアレンに父は細く息をついた。若干の疲労を覚えながらアロンから視線を外す。
カロンやフユ達は酷く困惑し、言葉も出せていなかった。
「お互い、落ち着いてからもう一度話そう。…すまんな、皆は門限が近いだろう。帰りなさい。」
日がランプに移りかえる中、4人は学院に向かって歩いていた。先ほどの出来事からか、誰も口を開くことができない。学院の門が見え始めたころ、カロンがようやく口を開いた。
「…明日の放課後、もう一回家に帰ってみる。このままじゃダメだもん。」
「大丈夫か?」
「そうですよ、カロンさんもショックに感じていたのでは?」
「確かに驚いたけど…、でも家族のことだから。自分から動きたいよ。」
「そうですか…。よければ、僕も一緒に行きますよ。」
「本当?ありがとう!」
フユとペントの二人がカロンを心配し、ペントが付き添いの提案をした。それを聞いてカロンは少し安堵の表情を見せる。
「…ごめん、俺は無理だ。明後日の狩りの準備があるから。」
「大丈夫、学費のことがあるもんね。気持ちだけでもすごい嬉しいよ。」
付き添えないことにフユは申し訳なさそうにしていたが、カロンは消沈することなくむしろ笑顔で応える。そしてようやくレテシアが口を開いた。
「私もちょっと行かないかな。」
「全然いいよ。むしろありがとう。…改めてごめんね、こんなことになっちゃって。」
「気にしないでください。一番しんどいのはカロンさん達なんですから。」
「うん、ありがとう。頑張るね、私。」
そういって4人は門をくぐっていった。