かの在り方を知る冬焔11
https://twitter.com/Wakatsukimonaka
黒い巨人が歩いていく。どこかを目指しているようで、ただひたすらにある方向を目指して進んでいた。目の前にあった建物は踏みつぶし、植えられていた街路樹をなぎ倒していく。
そんな中、片腕を失ったアロンは痛みに呻き続けていた。腕の断面からは未だ血が流れ出て止まらない。
カロンは急いで兄のもとに駆け寄り、両手を前に出して呪文を唱え始めた。手からは光の粒子が溢れ、それらはアロンの腕にまとまっていく。やがて血が止まり、青白かったアロンの顔も大分よくなった。
痛みが少し治まってきたからか、アロンはバランスを崩しながらどこかへ這って行こうとする。
「工房は…、工房はどうなった…?」
「兄さん!まだ動かないで!!」
「見に行かないと、父さんの、俺の誇りを…」
そこで巨人が工房の方へ向かったことにフユは気づいた。すると遠くから叫び声がいくつも聞こえてくる。どうやら黒演奏家の出現で、大きな混乱が起こっているようだった。
「ここは頼む!」
「ちょ、フユさん!?」
フユはたまらず駆け出した。それにペントは驚いた声を上げるが、止まらず走り続ける。
急いで工房の前までやってくると、巨人は既に工房の跡地までたどり着いていた。何をするのか、身構えているとそばで誰かの微かな声が聞こえた。
見ると女性が瓦礫に足を挟まれているではないか。フユは慌てて女性を助けようと魔力タールを出した。
タールが瓦礫の隙間に入り、一気に持ち上げる。女性を怪我させないよう慎重に引き出していると、黒演奏家が工房跡の瓦礫を巨大な腕でかき集めているのが見えた。
そして巨人は、まるで砂遊びしているかのように瓦礫の山を作っていく。そうして高い山が出来上がると、最後に黒演奏家はちょこんと山の上に何かをのせた。
それはあの折れた看板で、「インターレンスヴァイオリン工房」と刻まれている。
これを見て巨人は酷く人間めいた動きで頷くと、山に背を向けて周りを見渡し始めた。フユは何か黒いものにアロンが願いを伝えていたこと、そして工房を気にしていたことを思い出す。
まさかあれで工房を直したつもりになっているのか?
「お前…」
「どうなってるんだよ!!!」
大きな怒声が響いた。
そこにはペントと父に肩を借りたアロンがいた。カロンやレテシアもそばにいる。
アロンは黒演奏家に向かって叫び続ける。
「誇りを、大事なものを守ってくれるんじゃなかったのかよ!!それはそんなもんじゃないんだよ!!!」
「アロン…」
アロンの父は泣きそうな顔で声を出すアロンを見つめる。
悲痛な叫びにも関わらず、巨人は何も言葉を返さない。しばらくして黒演奏家はゆっくりと首を傾げた。
アロンはそこで気づいた。こいつは何一つ理解していないのだ。アロンにとってその誇りがどれだけ大事だったのか。どれほど守りたかったのか。
やがて巨人はそっぽを向いてどこかへ向かおうとする。
アロンはショックのあまり膝を折って両手をつきかけた。しかし先がない右腕が空を切り、そのままアロンは地面に倒れた。
「うっ、…あぁああ、ああああぁあぁぁぁ…」
遂にアロンの両目から涙があふれる。地面にうずくまった彼から小さな声が響いたのだった。
工房から視線を外した黒演奏家は、周りに人がまだ多くいるのを見つけた。周辺には逃げ遅れた人や怪我人、それらを助けている人達がいたのだ。
巨人はゆっくりとヴァイオリンを構える。そして滑らかな動きで演奏を始めた。
優雅な音が響くのとは裏腹に、ヴァイオリンからは黒い波動が放たれる。黒い波動は波のように広がり、やがてそれは人々に直撃した。
すると人々は悶え苦しみはじめ、体から何やらきらきらした、粒子のようなものがこぼれ始める。
その光の粒子は演奏を続ける黒演奏家に集まりはじめ、溶けるように巨人の体に取り込まれていった。
その様子を見ていたレテシアが言葉をこぼす。
「あれ、人から魔力を奪ってる…」
黒い演奏家がヴァイオリンを弾くたびに、人々はさらに苦しむ。そこはまさに地獄の演奏会と化していた。
よろしければ評価、感想などよろしくお願いします。




