かの在り方を知る冬焔10
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月が昇り、鳥たちが眠る時間。
アレンドゥヴェスティアにある国立学校、オルトニア学院。その学生寮の談話室にフユたちは集まっていた。
今日、家を無残に破壊されてしまったカロンを案じて、ペントが口を開く。
「大丈夫ですか?カロン?」
「うん…、ショックだったけど…。でも大丈夫。お父さんも心配いらないって言ってたし。そんな嘘つく人じゃないから」
「そっか。じゃあ心配なのは…」
「うん、兄さんかな。あんなになってる兄さん初めて見たから…」
「どうする?時間が解決するようには見えないけど…」
「明日も会いに行くよ。今度こそ、…今度こそ二人で分かり合ってほしいから」
「そうですね。それがいいと思います」
明日もまた学院の休養日。カロンは次こそ納得のいく結果を見つけたいと意気込んでいた。そんな中レテシアが不思議そうに話しだす。
「でも、どこに行くの?おじさま達どこに泊まったかわからないよ?」
「あっ」
「ああ…、まずは探すことからか」
「まあでも、工房から遠くまで行ってないですよ。宿だって少ないわけじゃないですし」
「力を貸すよ。とりあえず探せばいいんだよな?」
「ありがとう!本当にうれしいよ!」
フユが協力を申し出る。その言葉にペントも大きく首を振っていた。
それを見てカロンは嬉しそうに笑った。
真っ暗な地下水路が灯に照らされる。水路横の通路をカンテラを持った二人組が歩いていた。
フードを目深に被った二人が道を照らしながら歩いていると、先の見通せない暗闇が現れた。一人がカンテラを持ち上げて先まで照らそうとするが、一向に闇は晴れない。
そこまでしてそれが大きな空間の裂け目であることに気づいた。今日の昼は人半分程度の大きさだったのが、いつの間にか水路を覆い隠すほどの裂け目になっていたのだった。
フード姿の二人はそれを見て頷くと、ゆっくりと跪いた。そして裂け目に向かって話始める。
「精霊様が殺されました」
「精霊様が殺されました」
「これは我ら人の罪」
「あれは我ら人の業」
「「大変申し訳ありません」」
二人は深々と頭を下げる。裂け目の向こう側からは何の言葉も返ってこない。本当に聞いている者がいるのだろうか?
「騎士と精霊様は星に還りました」
「そしてまた新たな精霊様が呼びかけられたようで」
「あの青年を精霊様のもとへ」
「誇りを失い、苦しむ人を精霊様のもとへ」
そういって二人は立ち上がり、その場を離れる。
じわじわと裂け目は大きく、広がっていっていた。
次の日の朝。学院を出て、工房の跡地に向かっていたフユたちに何やら叫び声が聞こえてきた。なんだろう、と4人が顔を見合わせていると、叫び声がだんだん大きくなってくる。
「アロン!!アロン、どこ行った!!!」
「お父さん!!?」
叫んでいたのは、カロンの父だったのだ。大きな声を上げる父にカロンは驚く。
「カロンか!アロンを見ていないか?」
「見ていないけど…、どうしたの?」
「アロンが朝からいないんだ!あんな様子だったのに、どこ行きやがった!」
父は焦ってアロンを探しているようだった。4人は昨日のアロンの様子を思い出す。
酷く落ち込み、生きる意味を失ったような暗い顔。そんな人間が一人でどこかに行ってしまったとなれば、良い想像は出来なかった。
「俺たちも探します!」
「頼む!そんな遠くには行ってないはずだ!」
カロンたちもアロンを探し始める。工房のそばや宿屋の近くを探していると、暗い道の先にようやくそれらしい姿を見つけた。
フユが走って追いかけると、アロンは怪しげなフードの二人と共に歩いていた。フードを目深に被った二人の顔は見えない。フユは何か嫌な予感を感じ、アロンに呼びかける。
「アロンさん!そこで何してるんですか、アロンさん!!」
フユの呼びかけにも応じず、アロンはフードの二人と一緒に道の先にあった小さな小屋の中に入っていってしまった。
追いついたフユが小屋の中に入ろうとするが、扉が開かない。どうやら鍵を掛けられたようだ。
フユは舌打ちをついて、皆を呼びに戻りに元の道を引き返した。
少し前、アロンはまだ寝ている父を宿に置いて、工房の跡地に来ていた。
「インターレンスヴァイオリン工房」と書かれていた看板は、二つに折れて地面に転がっている。数日前に完成したばかりのヴァイオリンは、ただの木片と化していた。
そこにあったはずの輝かしい日々と誇り。アロンはヴァイオリンを作る真剣な顔の父の姿を幻視したが、それは溶けるように消えていった。
「かっこよかったのになぁ…」
もう戻らないとわかった時間を夢見て、アロンは静かに涙をこぼした。
そんなアロンの肩に急に手が置かれた。アロンは驚いて横を見る。そこには二人のフードを被った人が二人いた。
二人はゆっくりと語り掛ける。
「分かります。分かりますとも。誇りを奪われることはあまりにも苦しい。それが何事にも代えられるものでないなら、なおさら。」
「貴方は苦しんでいる。かけがえのない誇りを失い、それがどうやっても取り戻せないことに。」
「…誰だ?あんたらは?」
アロンは肩に置かれた手を振り払おうとする。しかしその手は力強く、無理にしても引きはがせない。
「そんな貴方の誇りを取り戻す力があるのです」
「深く傷ついた者にだけ、差し伸べられる救いの手。それが貴方を待っている」
「え?」
突然言われた言葉にアロンは困惑する。確かに救われるのであれば、助けてほしい。しかしそんな都合のいい話があるとは思えなかった。
「そんなことできるわけないだろ…。第一もうこんなに壊れて…」
「聞いたのでしょう?あの声を」
「信じられぬなら、もう一度聞きなさい。あの声を」
するとアロンの耳に声が聞こえてくる。
『お前の二番目に大事なものを寄越せ。そうすれば一番目に大事なものを好きにさせてやる』
昨日も聞こえたあの声、それがもう一度聞こえてきた。
只の人が言えば、冗談にしか思えないその言葉。しかしその声には不思議と、本当に叶えてくれると思わせる魅力が感じられた。
アロンは少し震えながら口を開く。
「…本当に取り戻せるのか?父さんがまたヴァイオリンを作ってくれるのか?」
「もちろん」
「無論」
「「精霊様の言葉の通り」」
「ついてきなさい」
「行きなさい」
フードの二人が歩き始める。アロンはそれによろよろとついていくのだった。
しばらく歩き続けていると、暗い道に差し掛かる。そこは昨日、あの声が聞こえてきた道だった。
そこを歩いていると、小さな小屋が見えてくる。
もう少しだ。あそこに行けばまた父のあの姿が見れる。
遠くから何か叫び声が聞こえてくるが、アロンは意にも留めなかった。
小屋の中に入ってみると、そこには何か黒い切れ目のようなものがあった。
ちょうどアロンと同じくらいの大きさで、最初は壁が裂けているのかと思った。しかし、それは違う。空間が裂けているのだ。裂け目は宙に浮いたように存在しており、その向こうにはただ暗闇だけがあった。
裂け目の向こうから声が聞こえてくる。
『お前の二番目に大事なものを寄越せ。そうすれば一番目に大事なものを好きにさせてやる』
「…本当にか?」
『ああ、だから教えろ。お前の一番大事なものは何だ?』
「…俺の一番大事なものは俺の誇り、ヴァイオリンを作る父さんだ。またあの凄い姿を見せてほしい。いつまでも輝いていてほしい。」
『ほう、それで、二番目は?』
「アロン!!そこで何してる!!!」
どんどん、と扉を強く叩く音が響く。どうやらアロンの父が扉を開けようとしているようだった。
何回も強く扉を叩いたからか、鍵が壊れて扉が開いた。父やフユたちが小屋の中に飛び込んでくる中、アロンは大きな声で叫んだ。
「…俺の職人としての人生。あの姿を見れるなら、俺の誇りがあるなら、職人になれなくたっていい!!」
『そうか、わかった』
裂け目から二本の腕が差し出される。その手はアロンの右腕をつかみ、思い切り引き裂いた。
「ぎゃああああアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
アロンの右腕が中ほどからなくなり、裂かれた部分からは血が噴き出した。アロンはたまらず床を転がって痛みに悶える。
次の瞬間裂け目から闇が溢れ出した。黒いもやのようなものが裂け目から噴出し、辺り一面に広がる。
引き裂かれた腕を取り巻くようにもやが集まり、それは一つの形に収束していった。
集まった闇は人の形を作る。しかしそれは普通の人より遥かに大きく、人三人分の背を持っていた。
黒い巨人はタキシードのような礼服を着ており、その手にはヴァイオリンのようなものが握られている。
やがて黒い巨人は立ち上がり、それに合わせて小屋の天井が持ち上げられる。その勢いのまま小屋が崩れていくが、フユは慌ててうずくまるアロンを抱えて小屋の外へ飛び出す。
他の皆も小屋から脱出し、遂に小屋は崩れ落ちた。屹立した黒演奏家はしばらく辺りを見渡していたが、急にどこかへ歩いていき出した。
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