02:女性を愛することが出来ない殿方では子を成せないのです
――おい、聞いたか、殿下は子どもが作れないらしいぞ。
――え、不能?役立たず?17歳で?それって絶望的過ぎて世を儚むしかないっていうか……。
――いや、まだ不能とは決まってない。種が無いとかさ。
――勃起不全と種無しとどっちがましなのか。俺はどっちもご免だけど。
――でも、なんで今そんなことが分かったんだ?どこが診断を下した?
――それよりおい、ヴィットーリアさまの婚約者の席が空いたぞ!
――だからって自分が座れると思うなよ、不釣り合いだろ、いくら何でも。
ヴィットーリアがフリーになったと気付いた男子生徒がざわついた。
自由恋愛からの結婚が増えたとはいえ、貴族であるからには相応の義務がある。彼女が一生独り身で過ごすことは許されないので、次の婚約者は必要だ。
容姿端麗、成績優秀な彼女はその存在だけで求婚者が列をなしてもおかしくないというのに、彼女の夫には高位貴族の婿という地位がおまけでついてくる。いや、そのおまけ目当てのものも多いだろう。しかも、彼女の家は事業の成功と宝石の採れる鉱山の所有、交通の要所にあるゆえに富む領地がある。
婿自身が当主になることはなくとも、次期当主の夫、次代の当主の父という地位が喉から手が出るほど欲しい次男以下の令息は色めき立った。
婚約解消の原因がアルベルトにありヴィットーリアに瑕疵がないとなれば尚更だ。
婚約解消の理由が理由なのでさすがに女子生徒は口をつぐんでいるが、男子生徒たちは声を潜めることも忘れてヴィットーリアの爆弾発言について一斉に話し始めた。
「な……な……な……何を言っている!このような場で……!淑女として恥を知れ!」
周囲の声でフリーズが溶たアルベルトが顔を真っ赤にしてヴィットーリアを責める。彼女が席を移そうと言ったのに自分がここで話せと強要したことも忘れているらしい。
ヴィットーリアは「だから言ったのに」と思っても言わない。そんな正論が通じるならば最初から揉めていない。
「大体、私が不能だなどと根拠のない誹謗だし不敬だ!王家に対する反逆の意図をもって事実無根の虚言を弄するなどと、許されざる行いだ。い……いまなら訂正して謝罪し賠償をすることで許してやってもいい。言え!ほら、言え!私が不能だなんて根も葉もない作り話だと言え!……言ってくれ」
王子、必死である。
事実かどうかはさておき、不能だの種無しなどと噂が流れるだけで王子としてというより男として面目丸つぶれだ。青春と今後の生活や社交において致命的であろう。ここで訂正が出来るかどうかは死活問題である。
「私はそのようなことを申し上げておりませんけれど」
ヴィットーリアが意味が分からないというように首を傾げる。
「私が申しあげたのは、女性を愛することが出来ない殿方では子を成せないということでございます」
ここまで大ごとになるとは思っていなかったヴィットーリアだが、強制したのはアルベルトである。であるからには自分には責任はない。ない筈だからもうどうにでもなーれという心持ちである。
――不能でも種無しでもなかった!
――殿下が同性愛者だったとは……。
――え、殿下って男が好きだったんだ?じゃ、もしかして俺……。
――おい、しっかりしろ!こんなところでカミングアウトするんじゃない!
一部、アルベルトの同性愛疑惑を歓迎する者もいるようである。
「な……な……な……」
もう、言葉も出てこないアルベルトである。興奮しすぎで脳の血管が切れてしまったらさすがに私の責任問題になるのだろうかとヴィットーリアは考えたが、今更どうにかできるとも思えない。
話がここまで広がったこの時点で場所を移しても意味がないどころか、さらに周囲の憶測に際限がなくなるだろう。
「あらまあ、そんなご事情がおありになったのね。それは婚約解消もやむなしだわ」
「ここではお話し難かったわよねぇ。王子殿下の性癖なんて、ねぇ?」
「ヴィットーリアさまの言う通り別室にでもお行きになればよろしかったのに」
「いえいえ、そもそも王妃殿下のお話をちゃんとお聞きになればよかったのよ。殿下は思い立ったことを脳を通さず実行されるお方ですもの」
「あ、もしかして、殿下は秘密にしておくのが心苦しくて、ここで赤裸々にしたかったのかもしれないわ」
同席しているヴィットーリアの友人たちが声を潜めるふりをして言う。至近距離に王子がいるのだから丸聞こえである。
普段なら不敬だと騒ぐであろうアルベルトは、まだ頭が回らず口も動かなかった。
「大丈夫です、殿下。妃殿下はご理解を示してくださいました。“七人も息子がいるのだから一人くらいそういう傾向のある子がいてもおかしくないわ”と仰って。妃殿下のお心の広さはあの空のようにございます。素晴らしい母君をお持ちですわ、殿下」
ヴィットーリアが右手を窓の外に向けてしみじみというと、それに賛同する声があちこちから上がった。
「なんでも妃殿下は腐海の住人なので、むしろ歓迎だと仰ってましたの」
「フカイ?不快?深い?」
「私にもよくわからないのですけれど」
ヴィットーリアは袖を引っ張って意味の分からない言葉を訊ねてきた友人に言う。
「なんでも、腐った海という意味らしくて。腐った海と同性愛嗜好との共通点は分かりかねるわ。でも、ほら、妃殿下の仰ることですから。ああ、あとベーコンとレタスがお好きだといきなり仰いましたけど」
「ベーコンとレタスは美味しいわよね。確かに、うん。でもそうよねぇ。妃殿下の造語は意味深長なものもあれば適切だと頷けるものもあるけれど、え、それはいったいどう解釈すれば?みたいなものも多いものね」
「そうそう、この間もね……」
ヴィットーリアとその友人たちが妃殿下の造語録に話題を移しかけたとき、アルベルトはこのままでは自分の同性愛疑惑が確定になって周知されると慌てた。
「わっ私は同性愛者などではないっ!事実無根だ!」
「あら、そうですの?」
そんなことはどうでもいいとばかりにおざなりな返事をしたヴィットーリアは、アルベルトを更なる地獄へと突き落とす。
「では、幼い女の子が対象でしょうか?それともお年を重ねた方のほうがお好みですか?」
ロリコン疑惑とババ専疑惑である。いったいどこからそんな話が出てきたかというと。
「お年を召された方が好みなのは構いませんが、幼い子どもをというのは何としてでも止めると妃殿下が仰っていました」
この疑惑の発信源もアルベルトの母である王妃であった。
「母上は私を何だと思っているんだ――――っ!」
アルベルトは叫んだ。
しかし、王妃は逸脱した存在だとこの国に住むものならだれでも知っているので、ああ、王妃殿下だからで皆は納得する。
王妃の逸話は枚挙に暇がない。
曰く、まだ少女と言えるころに領地で農業改革をしたと。
曰く、衛生理念を説き医療の発展に貢献したと。
曰く、食への関心が大変高く、既存の料理とは一線を画した独自の調理方法を提案したり、今まで雑草扱いだった植物の食用化に成功し、さらには調味料まで作り出したと。
曰く、小説という新しい娯楽分野を広めたと。
曰く、女性の社会進出の後押しをしたと。
数え切れぬほどの功績をおさめている王妃だが、謎の言葉を生み出したり奇行……もとい独特な感性で余人には窺い知れない行動なども見られるために、近しく知る機会があるものほど「ああ、でも、王妃殿下だから」で済ますようになったという。