母性
数日後、ジャッカル隊のもとに通報が入った。曰く、街中でバーサーカーが大量殺人を犯しているとのことだ。
「バーサーカーの駆除は任せましたよ……皆さん」
優也は言った。春樹たちは無言で頷き、すぐに身支度を始めた。
それから数分後、三人はすぐに現場へと到着した。和希は通行人たちに避難を呼びかけ、霞海と春樹は今日の標的を探す。そして二人は、太刀を振り回す一人の女を目にした。春樹はその女のことをよく知っている。
「母さん……!」
そう――――女は春樹の母親だ。彼女は全身に返り血を浴びており、近くの通行人を無差別に追い掛け回している。春樹は目を疑い、その場に立ちすくんだ。一方で、霞海はすぐに標的を睨みつけ、手元に銃を作り出す。睨み合う両者の間に咄嗟に飛び込んできたのは、春樹だ。
「待って。あの人は、僕の母さんなんだ」
「私情は捨てろと言ったはずだよ」
霞海は春樹を突き飛ばし、発砲し始めた。何発もの光弾が、東婦人の体を貫いていく。東婦人は太刀の刀身を伸ばし、霞海にきりかかる。
「……!」
霞海の腹部に、大きな切り傷が刻まれた。彼女はすぐに包帯を生成し、止血する。その隙に東婦人は、次の斬撃に移った。また一発、更にもう一発、霞海は容赦なく切りつけられる。太刀を一心不乱に振り回す東婦人は、恍惚とした笑みを浮かべている。
「ああ、早く殺したい。早く死なないかな」
そんなことを呟きつつ、彼女は霞海の腹部に深い刺し傷を負わせた。霞海はその場に崩れ落ち、肩で息をしながら相手を睨みつける。しかし今の彼女は東婦人の眼中にない。このバーサーカーが次に狙うのは、彼女自身の実の息子――――東春樹だ。
「母さん……どうして……」
春樹に戦意はない。彼もまたバーサーカーであるとは言え、殺す相手を選ぶだけの理性はなんとか保っている身だ。
そんな彼に向かって、東春樹は容赦なく太刀を振り下ろす。
「春樹! 危ない!」
そこに飛び込んできたのは、彼にとっての一番の親友――――和希だった。和希は東婦人による渾身の一撃を正面から受け、血飛沫をまき散らしながら後方へと倒れる。婦人が残している獲物は、ついに実の息子ただ一人となった。彼女は春樹の胸倉を掴み、彼の喉笛に太刀の切っ先を突き刺そうとした。
その時だった。
突如、彼女の両手は震えはじめた。婦人は太刀を消し、ゆっくりと春樹を降ろした。それから彼女は彼を抱きしめ、声を張り上げる。
「殺せない。やっぱり、お腹を痛めて産んだ我が子は殺せない!」
そう叫んだ彼女の頬には、一筋の涙が滴っていた。有り余る殺人衝動に取り憑かれていた婦人も、我が子への母性を捨て去っていたわけではなかったのだ。
「母さん。大丈夫。もう、大丈夫だよ」
春樹は母親の背に手を回した。彼は優しい手つきで彼女の背をさすり、穏やかな微笑みを浮かべた。
直後、一発の光弾が飛来し、婦人のこめかみを貫いた。
唖然とする春樹の目の前で、彼女は意識を失った。彼がすぐ真横に目を遣ると、そこには両脚を震わせながら立ち上がる霞海の姿があった。その手には銃が握られており、銃口からは硝煙が立っている。春樹は確信する。彼女は今まさに、彼の実の親を殺害したのだ。
和希は咄嗟に立ち上がり、霞海を殴り飛ばした。彼の瞳には、底知れぬ怒りが宿っていた。
「隊長……いや、森上霞海! お前は……お前は許されねぇことをした!」
彼はそう叫んだが、婦人の遺族であるはずの春樹は怒りに燃えていない。
「いや、これで良かったんだよ。これで……」
そう呟いた春樹は、憂いを帯びた横顔をしていた。
その日の夜、和希は自身と春樹が中学生の頃に描いたリレー漫画を読み返した。
「今のオレたちは、かつて思い描いたヒーローとはかけ離れてるな……」
彼はそう呟き、自嘲的な微笑みを浮かべた。




