因縁
その日の夕方、巧は新宿駅に赴いた。彼は今、新型バーサーカーウィルスを撒き、周囲の人々を殺し合わせている。血飛沫が舞い、断末魔が響き渡る駅の中を、巧はほくそ笑みながら練り歩く。新宿駅は今まさに、死屍累々を極めている。
そこに到着したのは霞海だ。
「なんて惨状……」
彼女は息を呑み、銃を構えた。襲いかかるバーサーカーの群れから逃げ回りつつ、彼女は光の弾を撃ち続ける。霞海はジャッカル隊の隊長にして、今や唯一のメンバーだ。少なくとも、春樹たちが駆けつけるまで、彼女は一人で戦わざるを得ない。
大勢の敵と戦う彼女の姿を目にし、巧は嬉々とした笑みを浮かべる。
「国民がバーサーカーの迫害を望んだ! その結末が今の惨状だ! 数多の犠牲を出してもなお、世界は人類の手に余るんだ! 無秩序は、秩序の亀裂から生じるんだ!」
もはや彼は乱心している。しかし彼を止めるには、その周囲のバーサーカーを駆除していくしかない。無論、彼らは巧のことも平等に敵とみなしているが、それだけでは霞海に分が悪い。巧は己の身を守ることに徹して時間を稼いでいるが、霞海は敵を殲滅しなければならないからだ。
「くっ……なんて数なの!」
霞海は必死に光弾を連射し続けた。しかし銃を使えるのは、彼女だけではない。そればかりか、彼女はたった一人でバーサーカーの軍勢を相手にしているのだ。その上、敵勢は彼女を集中的に狙っている。
「ジャッカル隊の隊長がいるぞ!」
「やられる前にやってやる!」
「アイツは俺たちの敵だ!」
そう――――バーサーカーとなった者たちにも、ウィルスに感染する前に持ち合わせていた知性はそのまま引き継がれるのだ。ゆえに彼らは、自分たちにとって最大の敵である霞海を集中的に狙う。中には自分がバーサーカーと化した元凶である巧に恨みを向ける者もいるが、ごく少数だ。霞海は四方八方から飛来してきた無数の銃弾を浴び、背後から刀で襲われ、あっという間に満身創痍となった。このまま銃を使い続けても、彼女に勝算はないだろう。
「……やはり、集団を相手にするのならこれに限る」
霞海は己の手元にピンの抜けた手榴弾を生成し、それを敵陣に投下した。バーサーカーたちが逃げ回る中、彼女は更に数発分ほどの手榴弾を追加していく。駅構内は爆発の連続により、煙に包み込まれる。そして彼女は間髪入れずに、火炎放射器を構えながら敵陣を切り開いていく。彼女の向かう先には、巧が待ち構えている。
「巧! アタシは絶対に、アンタを許さない!」
「奇遇だな! おじさんも絶対に、アンタを許しはしないさ!」
そう返した彼の脳裏には、ゆかりと刀真、そしてその前に殺された同胞たちの姿がよぎっていた。彼を残虐なテロリストに変えたのは、紛れもなく霞海だ。かつてはブラッドフリーの会長として平和主義に徹していた彼は、あの女の手によって世界を憎み始めたようなものなのだ。
「巧!」
「霞海!」
霞海は火炎放射器を手放し、己の手元に銃を生成する。巧はヌンチャクを生みだし、彼女を睨みつけながら身構える。二人は怒りに染まった形相で、同時に声を張り上げる。
「アンタだけは!」
銃の先端に、眩く巨大な光弾が発生する。一方で、ヌンチャクは紫色に発光する煙をまとっている。
「アンタだけは、この手で!」
霞海は凄まじい火力の光線を放った。
「させるか!」
巧はヌンチャクを回転させた。その挙動をなぞるように発生する紫色の光は円形の防壁となり、霞海の放った光線から彼の身を守る。光線と防壁の間には火花が散り、両者ともに歯を食い縛りながら互いを睨みつけている。
その直後だった。
巧が上方にヌンチャクを振るや否や、光線はその方向へと折り曲げられた。彼はその隙を逃さず、瞬時に霞海との間合いを詰めた。




