演説
その頃、水成はマスクを着用した聴衆の前でマイクを握っていた。
「今の社会情勢は……百点満点中、五点です。ビーストファングの主要人物が何人か倒されたそうですが、バーサーカーウィルスの感染はいまだに拡大し続けているのが現状です」
日本の内閣総理大臣を務める彼はこの日、広場で演説をしていた。
そんな彼のもとに現れたのは、あの男である。
「相変わらず憎い男だよ、アンタは……」
天寺巧だ。さっそく彼はウィルスをばら撒き、その場にいる人々を次々とバーサーカーに変えた。新型バーサーカーウィルスの脅威は、もはやマスク一枚で防げる代物ではないようだ。
「皆さん、落ち着いてください! 今、我々は手を取り合うべきです! 今は我々が争っている場合ではありません!」
水成は必死にそう呼びかけたが、さっきまで聴衆だった者たちはまるで聞く耳を持たなかった。無数の銃弾や刃物が飛び交う広場で、水成自身が殺人衝動に駆られるのも時間の問題だった。身の危険を感じた彼は、すぐにその場を去ろうとした。
「逃がすかよ!」
一人の男が銃を構え、連射した。銃弾は水成の額を貫いた。
「なっ……!」
水成は膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。無論、その場にいる全員がバーサーカーと化している今、救急車を呼ぶ者など一人もいない。
それからほどなくして、水成は息を引き取った。
その光景を物陰から眺めていた巧は、不敵な笑みを浮かべた。
「仇は討ったぞ……壮介」
一先ず使命を果たした彼は、静かにその場を去っていった。
それからしばらくして、アタッシュケースを携えた霞海のもとに連絡が入った。連絡を入れてきたのは、優也である。
「聞こえますか、霞海さん。先ほど、演説の広場で杯首相が射殺されたそうです。広場には、大勢のバーサーカーが集まっています」
その連絡を受け、霞海と和希はため息をついた。ジャッカル隊の隊員としては、バーサーカーを狩ることを優先しなければならない。
「おちおち薬も運んでいられないなんてね。演説の会場に行くよ、和希」
「ああ。しかしふざけんなよな。こんな時にバーサーカーが急増しやがって……」
二人はすぐに目的地を変え、広場へと向かった。
やがて広場に到着した二人は、各々の武器を構えて人混みの中へと飛び込んだ。
「数が多いね……春樹が留守番をしている時だというのに!」
「案ずるな、隊長! コイツらはバーサーカーになったばかりで、まだ人の上手い殺し方を身に着けていねぇはずだ!」
飛び交う銃弾やナイフを盾で防ぎ、二人は攻撃の隙を見計らう。しかし四方八方から攻撃を受けている今、こちらから攻撃を仕掛けるのは極めて難しい状況だ。この時、霞海の中で一つの懸念があった。
「聴衆がここに集まってから感染したと考えると、発症するのがあまりにも早すぎないかな? もしかして、ウィルスが変異したんじゃない?」
奇しくも、彼女の洞察は惜しいところにまでたどり着いていた。そしてウィルスが新型に変わっているということが意味するところは、ただ一つだ。
「なるほど……今オレたちの手元にある抗体も、コイツらには通用しないかも知れないわけだ。じゃあ、殺すしかねぇな」
和希は己の身を守ることを諦め、盾を引っ込めた。メリケンサックを装備した重い拳が、周囲のバーサーカーたちを蹴散らしていく。その光景を前に、霞海も防御を解いた。光の弾丸が幕を張り、彼女の視界に映る全ての標的を撃ち貫いていった。
やがて二人は、その場にいる全てのバーサーカーを駆除した。今度こそ、霞海たちは病院に向かうこととなる。
「さあ、抗体を届けに行くよ……和希」
「ああ、そうだな」
二人は己の装備していた武器を消し、数多の死体の転がる広場を後にした。
この後、二人は病院にて、衝撃的な光景を目の当たりにする。




