叢雲ゆかり
春樹たちはあらゆる手を尽くした。しかし彼らは、優也にまるで太刀打ちできなかった。この男は霞海の言っていた通り、並々ならぬ実力者だったのだ。訓練の最中、三人は彼に与えられた新薬を使ってもみた。体から湧き上がる力を各々の武器に籠め、春樹たちは見違えるような強さを見せた。それでも優也は無傷のままだ。やがて三人は彼の足下に倒れ、戦闘不能の状態となった。
「少々やりすぎてしまったようです。しかし、薬の効果は感じられましたよ。さあ、今日のところはこれくらいにしておきましょう」
訓練終了だ。彼の圧倒的な強さを前に、春樹は一つ疑問を抱く。
「天宮先生はそんなに強いのに、なぜ戦線に立たないの?」
至極もっともな疑問である。無論、優也は決して無意味に戦闘を拒んでいるわけではない。彼の代わりに、霞海が質問に答える。
「ヴィクトを作り出せるのも、我々を治療できるのも優也だけでしょ。だから優也だけは、何があっても最後まで生き残らないといけないんだよ」
道理の通った答えだ。
「なるほど……それにしても、強いね……」
「ふざけんな。ちょっとは手加減しろよ」
「……これが、優也の実力だよ。春樹、和希」
春樹たちは肩で呼吸をしつつ、ゆっくりと立ち上がった。
*
その頃、ビーストファングの基地では、巧とゆかりがテレビを見ていた。
「ゆかりちゃんは何か、好きなことはないのかな?」
「ゆかり……マンガ、すき……」
「……そうか。どんな漫画が好きなのかな?」
「まほうで、たたかって、ひとが……しぬ?」
「なるほど。ファンタジーが好きなんだな」
ゆかりのぎこちない話し方に対し、巧は丁寧に相槌を打っていった。そんなやりとりの中で、彼は国家に対する憎しみを募らせていた。彼は握り拳を震わせ、陰りのある表情を浮かべる。そんな彼に対し、ゆかりは訊ねる。
「おじさん、おこって……る?」
「いや、ゆかりちゃんは何も悪くない。それよりゆかりちゃん……おじさんは少しだけ席を外すとするよ」
「うん……」
彼女の顔つきには、不安が顕れていた。巧はテレビの置かれた部屋を後にし、会議室に立ち入る。
「何かあったのか?」
会議室の扉の奥には壮介がいた。その後方では、刀真が椅子に腰を降ろしている。
「まさか、ジャッカル隊の連中が何かし始めたのかい?」
ビーストファングの一員として、彼もまた用件を知りたがっていた。巧はため息をつき、ゆかりの現状について語る。
「いや……ゆかりちゃんの話し方が、少々ぎこちないと思ってね。それで昨日は、あの子の通っていた中学校に電話してみたんだ。あの子が以前からあの喋り方をしていたのであれば、少なからず印象には残るだろうと思ってね」
彼の切り出した話に、壮介たちは生唾を呑んだ。
「それで、どうだったのさ」
刀真は訊ねた。巧はパイプ椅子に腰を降ろし、深いため息をつく。彼の口からは、ゆかりの真実と不穏な憶測が語られる。
「以前、ゆかりちゃんは明るい子で、誰とでも仲が良かったそうだ。喋り方にも変なクセはなく、良くも悪くもどこにでもいる中学生だったと。おそらくあの子の喋り方がおかしくなったのは、家族を殺されてからだ」
現時点において、それはあくまでも憶測にすぎない。しかしそこには妙な説得力があり、壮介たちは点と点が繋がったような戦慄を覚えた。
「そんなの、絶対に許せねぇ! 俺の分だけでなく、ゆかりの分までこの国に報いらねぇと気が済まねぇ!」
「そうだね。ボクたちは、戦わなければならない。そうでなければ、この煮えくり返った怒りは収まらない」
「ボス! 命令は要らねぇぞ! 俺たちは明日にでもジャッカル隊の基地に乗り込んで、アイツら全員ぶっ殺してやるからな!」
二人の心は怒りに燃えていた。




