タナベ・バトラーズ レフィエリ編 (完成版はタナベ・バトラーズシリーズへ移動)
【タナベ・バトラーズ】気まずさと鳥りんご
昨夜レフィエリシナのためにとリベルに襲いかかり自室から出ることを禁じられてしまったアウディーは、自室のベッドの上で体操座りをして落ち込んでいた。
レフィエリシナが辛そうな顔をしているのを目にした瞬間何かが切れた――そしてあのような蛮行に及んだ。
アウディー自身、今は、あの時の己の行為が善ではなく行き過ぎたものであったと深く理解している。
そんな昼下がり。
すっかり落ち込み食欲もないアウディーの部屋の扉を誰かがノックする。
部屋から出ることは禁じられていても扉を開けるくらいなら許されるだろう、そう思い、アウディーは扉を開ける。
するとそこには今一番見たくない顔が。
「こんにちはー」
リベルだ。
彼は笑顔だが、それがまた、余計にアウディーの胃を痛くする。
「アウディー、昨日はごめんねー」
「な、何だよ急に……」
詰襟の服を着ているため目立たないが、リベルの首にはまだ強く握られたような痕が残っていた。
「退屈でしょ? 遊びに来ちゃったー」
「わけわかんねぇ……」
「実はさー、僕も、今日は一日大人しくしてろって言われたんだよねー」
言いながら、リベルはぐいぐい圧をかけて部屋に入り込む。
まるで昔からの友人であるかのように。
「お、おい! 勝手に入んな!」
「お邪魔しまーす。わ、意外と狭い部屋なんだねー」
リベルは気ままだった。
勝手に部屋に入り込みのんびりと内装を見回している。
「聞けよ!」
「……そんなに僕のこと嫌い?」
「そうじゃねえがおかしいだろ、急に入ってくるとか」
眉間に深いしわを刻むアウディーの心をほぐそうとするように、リベルは右手を出した――刹那、その手のひらの上に新鮮な血のような色をした果物が一つ現れる。
「はい! お見舞い!」
「り、りんご……か?」
「一緒に食べないー?」
アウディーは暫し戸惑いを隠せていなかったが、果物を数秒じっと見つめた後に、面倒臭そうに「食う」と発した。
「やったー!」
ご機嫌なリベルは子どものように無邪気に回転する。
「まさか、俺が皮を剥くのか?」
「それか二人で同時に齧るー?」
「ぜってぇ嫌だ。ああもう分かったよ、剥くから。その辺で待ってろ」
「わーい」
アウディーは狭い室内をより狭くしている簡易調理場に立つ。
静けさの中に包丁の音が広がる。
リベルはベッドに腰掛けて気ままに足をぶらぶらさせていた。
◆
「ほれ、できたぞ」
りんごを切り終えたアウディーが小さな木製テーブルに皿を置いた。
その皿に乗っているりんごは鳥のような形になっている――それを目にしたリベルは分かりやすく感心する。
「器用だねー」
「妻が亡くなってからもう長いからな」
アウディーははぁと溜め息をこぼす。
「ったく、あんた、なんで……あんなことの後だってのに俺のとこに来るんだよ」
リベルは既に鳥の形のりんごを頬張っていた。
その表情は昨夜のことなど忘れてしまっているかのよう。
「あっはは、あんなのだいじょーぶ!」
「……気持ちわりぃ」
アウディーは鳥の形のりんごを雑に口へ放り込む。
可愛らしく切ったある意味作品ともいえるそれを自分で食べてしまうというのは何とも言えない気分だった。
アウディーが鳥りんごをマスターしたのは娘エディカのためだった。娘と話す機会が欲しい、その一心で、当時の食堂の料理人から教えてもらったのだ。自分で鳥りんごを食べるためにその技術をマスターしたわけではない。
「魔術師ってさー、ぺらぺらだと思われるんだよねー。でも案外そうでもないんだよー? 特に僕はねー」
少し間があって、リベルはどこか鋭さのある視線をアウディーへ向けた。
「あ、そうだ、一応言っておくけどさー。レフィエリシナ様の笑顔を護りたいなら倒すのは僕じゃないと思うよー」
「やっぱ昨夜のこと根に持ってんのか……?」
口角に警戒心を滲ませるアウディー。
しかしリベルはすぐに再び笑顔を作る。
いつもと何も変わらない笑みだ。
「持ってないよ」
へら、と笑う目の前の小さな男に、アウディーはどう接すれば良いのか分からない。
「アウディーはレフィエリシナ様の心の平穏を護りたいんでしょ? だから言ってるんだよー。あの人に苦しそうな顔をさせたくないなら――まずその原因について正確に聞き出さないと、ね」
アウディーは顎を引くように俯く。
「でもあの人、何を隠してるんだろうなー」
「……隠してるって何のことだ?」
「どうも秘密があるみたいなんだよー、でもそれに関してはどうやっても絶対に教えてくれないんだ」
埃の匂いが甘い香りに染め上げられた空間で、二人の視線が重なる。
「レフィエリシナ様の秘密、か」
「うん」
互いにしばらく黙った。
だが、やがて、リベルが沈黙を破る。
「協力してくれないかなー?」
明るく軽やかな声、しかし、棒読み感が強い。
「何が楽しくて俺が――」
アウディーが拒否しようとした瞬間、リベルは人差し指で自身の首を示す。
「じゃ、言いふらしちゃおっかな」
呟きに、アウディーは大声を放つ。
「それはやめてくれ!」
「そうー?」
「エディカまで変な目で見られる! それだけはやめてくれ! 何でもする!」
アウディーはリベルの両肩を掴む。
「じゃあ、レフィエリシナ様の隠し事、聞き出してきてくれるー?」
「する! 部屋から出られない、が……それでも! できる限りやってみる!」
「ふふ、じゃ、言いふらさないよ」
「頼むぞ本当に……」
ごちそうさま、そう呟いて立ち上がるリベル。
「まぁさっきのは冗談だからー。言いふらしたりしないよー」
「お、おう」
「可愛かったね、鳥さん」
「わけわかんねぇ……」
嵐が過ぎゆくように去ってゆくリベル。
ぽつんと残されたアウディーは、一人寂しく残りのりんごを頬張った。
◆終わり◆