嘘人 第二章 中編
黒い春
2002年某月某日
「マジでモテ期きてんじゃね?」
女子生徒「先輩!アドレス教えてもらえませんか?」
私「…あ〜、ごめん。携帯電話持ってないんだ」
女子生徒「え?ホントにぃ?じゃあ家電でも良いです!」
私「家電って…。というより君は?ここは2年のクラスだよね?」
女子生徒「あ、ごめんなさい!1年3組のアリサって言います。これ!私の番号とアドレスです!20時くらいからは部屋にいる事が多いので。いつでもかけてきてください」
私「え、うん。わかった。20時ね」
アリサ「ホントにかけてきてくださいね?待ってます!じゃあ、突然来てすいませんでした」
私「いや、なんかこちらこそごめんね?」
アリサ「何で謝ってるんですかぁ?あ、ミキとサヤカにも電話してあげて下さいね?まだ一度もかけてもらった事ないって悲しんでましたよ?」
私「ん?この前来た子達の友達だったのか。そっか。何だか悪いことしちゃったな」
アリサ「そうですよぉ〜!かわいそう〜!あ、私には絶対かけてくださいね?じゃあそろそろ本当に行きます!部活始まっちゃうので!」
私「わかったわかった。部活がんばってね」
アリサ「はい!ありがとうございます」
アリサはそう言うと同時に、体育館へと続く渡り廊下を足早に駆けていった。何ともグイグイ来る子だったな。
人生においてモテ期は3回くると聞いた事がある。私には関係のない話と思っていたが実際に体感する日が来るとは。惚けているのではなく内心は複雑だった。ソレと言うのも、私は女性の目を見て素直におしゃべりできないのである。津波である。
話を戻そう。
ジュン「お前、マジでモテ期きてんじゃね?」
私「今のがか?さっきの子、去年まで小学生だったんだぞ?それに何か罰ゲームだったかもしれないだろ?」
ジュン「ハッハッハ!そうかもな。でも先週も2人聞きに来てたじゃん?謙遜すんな!それよりいつまで待たせんだよ。さっさとゲーセン行こうぜ!恐竜撃つヤツ全クリしよう」
私「オッケー、あ、後少しだけ待って。退部届出してからだ」
ジュン「は?律儀だなお前。バックれちまえよ?」
私「そうしたいけどな」
ジュンは私がバスケ部を辞めたすぐ後に、ヤマザキの可愛がりにあい辞めた。というか辞めさせられた同じヤマザキ被害者の会のヤツだった。聞けば、なんと同じ小学校の出身でしかも末っ子。家も実は近所だったので私達は秒で仲良くなった。
ジュン「今思い出してもムカつくな〜、ザキヤマ」
私「ザキヤマって 笑」
ジュン「俺が良いって言うまでスクワットな!?」
私「似てないし 笑」
ジュン「激似っす! 笑
……なぁ、サワダの空気入れ、俺言ってねーから」
私「『嘘』つけ。ホントは言ってたんだろ?」
ジュン「バレたか。あの状況じゃな」
私「別にもう良いよ。」
ジュン「だから変わりに俺が殴っといてやった」
私「自分に矛先が向いたからだろ 笑
都合の良いヤツめ!まぁ少しはスッとしたけどね」
ジュンは気分屋で自分に害が及ばなければ、何でも黙認するようなヤツだった。悪い奴ではないのだが、何にせよ、それ以上に手が早かったのだ。私が部活に行かなくなった辺りから、ヤマザキの可愛がりのターゲットになったジュンは、ある日ついに耐えかねてヤマザキに一矢報いた。
ジュン「死ねやクソチビがぁ!!!」
そう、言うやいなや。ヤマザキに渾身の頭突きをお見舞いし、静止に入った他の3年の2人の事も殴ってしまったらしい。これがキッカケとなり、一部始終を見ていた他生徒の話を混みし情状酌量の余地もあったがバスケ部を一発退場になってしまった。そんなジュンが言ってくれた言葉を今でも覚えている。
ジュン「あん時さぁ。実は、お前がやめて、俺がターゲットになってビビっちゃったんだよね。でも、お前が逆らったから俺も逆らう事ができた。さすがに3年殴るのはやべーかなと思ったけど、根性見せられたからな」
私「…褒めてんのかソレ?」
ジュン「ベタ褒めじゃね?」
私「ん〜。……んふふ 笑 ゲーセン行こうか」
水槽事件からしばらく経ち瞼の傷も薄らしてきた頃だった。包帯を巻いて登校した事が両親に取ってかなりバツが悪かったらしく。生まれて初めて親父に謝罪されたのだ。が、その日の内に別件で殴られたので信用は未だに0%だ。とにかくこの一件から、何故か門限がなくなり、家事も前ほどこなさなくても両親から怒られなくなった。そもそも親父が長距離トラックドライバーに転職してから家の締め付けは一気にゆるくなっていった。青天の霹靂である。遅咲きながらついに青春というものを手に入れた。……気がしていた。実際には祖父、または祖父母から巻き上げた金を湯水の様にゲーセンやジュンに教わった麻雀に注ぎ込み、堕ちていっているだけだった。黒い誘惑がゆっくりと、しかし確実に私を蝕んでいっている事にこの時はまだ気が付かないでいた。……いや、それこそ『嘘』である。私の中の『嘘人』は私の事をしっかりと見抜いていた。
「お前、ウゼェんだよ」
退部届を出し、自身にケジメをつけスッキリした私は、意気揚々とジュンと共にいつものゲーセンでジャンジャン金を使っていた。ぬいぐるみや、簡素な玩具、謎のキャラクター物のキーホルダーなど、その中でも当時は格闘ゲームが私達の中で熱く、狂った様に2人してコレに没頭していた。ほぼ毎日通い詰めていただけありホームのゲーセンでは負けなしだった。その日も、何人抜きしたか忘れる程勝ちを積んでいた。
ジュン「何人抜きした?スコアボードの順位今何位?」
私「覚えてないな……スコアボードはさっき見た時2位だったよ。拳王って人が1位」
ジュン「あー、一度だけやった事あるけどあれは多分プロだな。全く太刀打ちできなかったぞ」
私「やった事ないんだよなぁ〜。店内トーナメントにも全然顔出さなくない?」
ジュン「俺がやった時も駅前のゲーセンだったからな。多分ホームが違うんじゃね?」
私「そっか、まぁいつかって感じか。ずーっと2位だからマジで戦ってみたいんだよね」
そんな事を話しながら、この対戦で帰ろうと思っていた矢先、事件は起きた。…ガシャーン!!!
向かいの筐体からものすごい音がした。
高校生?「お前ウゼェんだよ!同じ事しかやんねーで!!!あ?!つーか何?!中学生?!とりあえずコッチ来いよ!!!話あるかるからよ」
私・ジュン「は?」
高校生くらいに見えた。手の甲にタトゥーが入っていて危うい雰囲気がしたが、すぐにジュンが割って入ってくれたおかげで、私はすぐさま冷静さを取り戻す事ができた。
ジュン「……もしかしてアキラさん?ですか?」
ジュンが敬語を使うのを初めて見た気がする。バスケ部時代のジュンの、敬語は「はぁ」「ウス」この二言だ。
アキラ「ハ?誰だお前?」
アキラ…ジュンの悪友の兄で学校にメリケンサックを常に持ち歩く狂人で有名だった。ヤバイヤツだ。これは揉めるだろうな。
アキラ「お前はイイヤ、つーかおい!オメェだよオメェ!」
アキラは既に私の胸ぐらを掴んでいた。冷静さを取り戻していた私は、完全にビビらずにアキラのタトゥーの行方に気を払っていた。しかしどうしたものか。これは…。一触即発の状況の中で、とんでもない言葉が飛び込んできた。
ジュン『ソイツ殴るのやめといた方が良いですよ!ヤクザの息子です!この間も親父と血みどろの喧嘩して瞼9針縫ってます!』
アキラ「あぁ?瞼ぁ?」
コイツは何を言ってるのだ?ヤクザ?全く身に覚えがない話に一瞬だけジュンの方を見た。ジュンはアキラにバレない様に私の背中を軽くツネってきた。…つまり、そう言うことか。失敗したら2人ともタダじゃ帰れないぞ。しかしやるしかない。窮地に立たされた私の脳内は万引き事件を思い出していた。やれる。やれるはず。やるしかないのだ。
私『スゥ〜、…はあぁ〜。…ジュン。外で絶対に言うなって言ったよな?』
ジュン『ごめん、でも止めないとアキラさんがヤベェと思って』
アキラ「あぁ?俺が?何でだよ?」
私『良いから良いから。殴られた方が都合良いんだって。とりあえず隣のパチ屋にいる〇〇さんと、〇〇さん呼んできてもらえる?ここじゃ話にならない』
アキラ「…ふーん、どこのヤクザ?何系?」
私『〇〇会〇〇会系直族若頭の息子です』
強気に聞いてきたアキラだったが既に私の胸ぐらからは手を引いていた。おそらく後一押しでいける。そう思っていた時。今まで私を裏切り続けてきた神様から思わぬギフトを頂いたのだ。
ヤウチさん「あれ?何してんのこんな時間に?ま〜た親父さんに殴られたの?瞼のとこ大丈夫だった?9針も縫う怪我って。まぁ親父さんなら平気でやりそうなもんだけど」
完璧なタイミングでヤウチさんが登場したのだ。ここに賭けるしかない。繋がってくれ。頼む。
私「お疲れ様です。ヤウチさん」
わざとオーバーに腰を折って挨拶した。
ヤウチさんはスキンヘッドで背も高く目も吊り上がっている為か強面に見えるのだ。
アキラ「」
ヤウチさん「やめてよも〜。うちの組合(鮮魚組合)でやってくるヤツいるけどさ、若い内はそんな事しなくて良いから!あれ?今日は3人なんだね」
アキラ「や、自分はカンケーないっす。すいません。ちょっと帰りますね」
完全にテンパっているアキラがそこにいた。私達も一刻も早くこの場から立ち去りたかったが、今日のMVPに賞賛を送らなくては。
私「久しぶりですね。ヤウチさん。ここのゲーセンよく来るんですか?」
ヤウチさん「うん。君たちの事も何度か見かけた事あったけど、彼女と来てるからなかなか話せずにいてね。今日も来てるよ?紹介しようか?」
私『また今度お願いします 笑 今日はもう帰りますね』
ヤウチさん「なんだよ。そっか。気をつけてね!あ、もう万引きすんなよ?」
私「はい!…え?」
ヤウチさん「……やっぱり君だったのか。俺さ、一応、鮮魚部門のトップやらせてもらってるのね?で、あの〜、レシピ聞きにきた時、バックパンパンだったじゃない?おかしいなと思ったけど、当時の君の家庭環境を知っていたし、お母さんとも同僚だから、まさかとは思っていたけど今カマかけてみて確信したよ。やったらやっただけ自分が擦り減っていくからな?もう絶対すんじゃねーぞ?」
冷や汗が滝の様に出てきて、自身の心臓の鼓動がハッキリと聞こえた。かなり早い。が、しかしこんな犯罪者に対してヤウチさんは終始優しく厳しかった。万引きの件は当時、監視カメラもなく、現場を目撃したわけでもなかったので、誰にも言わないでおいてくれていた、だけだった。私は随分前に神様からギフトを頂いていた。
私『はい。すいませんでした。あれからはもうやってません!』
ヤウチさん「ん!まったくこんな不良少年になるなんて、お母さん悲しむぞ?とっとと帰りな!」
私「はい。それじゃあ」
私達はゲーセンを後にしゆっくり帰路に着いた。
ジュン「坂の上のスーパーの万引き事件の犯人、お前だったんだな」
私「うん。そう。まぁ他にもいたと思うけどね。あんま聞かないで。誰にも言わないでね」
ジュン「うん。つーかさ」
ジュンは私の方を見るとハイタッチのポーズをしてきた。拒む理由はない。…パァン!!!
国道沿い、街灯が優しく照らす夜道にこだました力強い音だった。私達の手は手汗でビッショビショだった。
私『ヤクザの息子なの?笑』
ジュン『若頭?笑』
ジュン・私「……ん、ふふふ、あーはっははははー!やべー!やばすぎるー!!!」
家に帰るまで私達の笑い声は絶えなかった。自分のついた『嘘』で見事に修羅場を乗り切ったのだ。今回は友達や状況に助けられた部分もあったが『嘘人』コイツは上手く使いこなせば自分の武器になるなと感じた瞬間だった。もっとリアリティを。『嘘』と「現実」の境界線を限りなく曖昧にし現実に近づける。意味は違うが仮想現実とでも言うのだろうか?頭の中で真偽を混ぜ込み再構築していく。その何も意味のない行為に私の頭の中は熱狂を感じていた。何より騙された相手の、私を信じ込む顔が可笑しくてらたまらなかった。『嘘人』は覚醒した。怖いものは何もない。
後書き
やっと物語が動き出しました。
『この話はフィクションです』