愛の形
皆さんは愛は形に残しますか?言葉で伝えますか?
「あの、」
「え?」
それはとても突然だった。私は急に声をかけてきた男性のことを警戒した。現在の時間は夜中の2時。なぜ私がこんな時間に家へ帰宅しているのかというと、ブラック企業へと新卒で入社してしまい、終電以降に帰るのが当たり前だからだ。
そんなこんなで、私は現在こんな夜更けに夜道を歩いているわけだ。そんな中、暗そうな男性に話しかけられて、警戒こそしたが、早く帰りたかったので、言葉に応じることにした。
「...どうされましたか?」
「あの、累さん...ですか?」
「そうですけど、何故私の名前を知ってるんですか?警察呼びますよ?」
意外と冷静だった。もしかしたら、ブラック企業のあの会社のおかげで、肝が据わったのかもしれない。ある意味、あの会社の方が怖かった。暗い表情の男性よりも、私の方が死んだ顔をしていると思う。
「...はぁ。疲れているんです、こんな疲れた顔の女よりももっと声かけた方が良い女性がいるでしょう」
「それとも、ほかに何か?」
「あ、えっと」
ハッキリとしない男性に私は腹立ちながら言った。
「帰ります」
そのままいつもの足取りで歩き始めた。男性がそれから追ってくることはなかった。
*
あれから数週間後。
いつものように私は、またこの夜道を歩いている。月明りが今日はすごく強くて、道がとても見やすい日だった。
「あの、」
「...貴方は、この前の...」
そこまで言って私は言葉を放つのを言い淀んだ。
「ストーカー」と言いかけたからだった。あの時は私はハッキリしないこの男性に腹が立ち、何の用かも聞かずに帰宅したのだった。あまりにも印象が薄いものだから、顔さえも忘れていた。
男性はとても身長が高い。普通の女性なら、それだけで身も竦むだろうが、私はそうはいかない。毎日が戦争なのだ。これくらいで怯んでいられない。
「何か用ですか?いっておきますが、この前のようにもたもたしているのなら帰ります」
少し強い口調で話すと、男性は余計におどおどとし始めた。私は思わず、溜息を吐いた。
暫く待つと、男性は少しずつ、言葉を連ねた。
男性の名はどうやら、佐々木守というのだという。いきなり名乗られたので、つい私も|大島累ませんでした。ありがとうございます」
私は小声で感謝の意を伝えた。彼は少し恥ずかしそうに会釈をした。そして小声で私に言ったのだ。
「まだつけてきてますよ。気を付けてください。包丁を持っているので、毎回警察を呼んでいるのですが、気が付くといなくなっているので...」
思わず後ろを振り返りそうになったが、私はぐっと堪えることにした。今私が彼に教えてもらって気づけたが、感づかれたと知られたら彼も危ないかもしれない。凶器を持っているのならば尚更である。
もしかしたら今回私と話していることによって、既に彼の身にも危険が迫っているのかもしれない。しかし、すぐに別れて、帰宅するにしても正直言って怖い。凶器を所持したストーカーなど、流石の私でも手に余る。
「あの、警察呼んでもいいですか?」
「もちろんです。感づかれないうちに...」
その時。ものすごい奇声をあげながら、近づいてくる男性が現れた。よく聞いてみると、「累ィ!!累は俺のものだァ!!」と叫んでいる。その気迫と血走った眼を見て、体が竦んで動けなくなってしまった。
「累さん!!」
咄嗟に彼が手を引いてくれたおかげで走り出すことができた。奇声は尚も続いている。足は遅いようで、少しずつ距離をとることができた。そうしているうちに近所の住宅からの通報なのか、パトカーの音が聞こえるようになった。奇声を上げている男性は興奮状態で、目の前に警察官が来ないと私以外を認識できない程に真っすぐと、私を見ていた。
「累さんは、僕が守りますから...ね」
今思えば、何故この時に私は名前を知っているのかを問うておくべきだったと思う。
*
私は”あの日”から、彼とよく会うようになっていた。今日は彼と一緒に買い物へでかけることになっている。仕事帰りにすれ違うだけの人から、いつの間にか仲のいい友達へと変化していた。
実はストーカー被害はあれだけではなかった。学生のころから何度も付け回されていたのだ。しかし、何度やられてもなれることはなかった。不思議と彼と一緒にいると今までいたストーカーが、一人、また一人と消えていったのだ。
彼氏ができたとでも思われたのだろうか?どうあれ、ストーカーがいなくなり、私の苦痛がすこしでも消えたのは運がいいと思う。
「あっ、累さん...もう来てたんですね、お待たせしてしまってすみません...」
「落ち込まないでよ~少し早く来ちゃっただけなの。守さんは何も悪くないわ」
「今度からは僕も少し早く来ますね!」
二人で笑いあう、なんとも幸せじゃないか。私は幸せを噛みしめることにした。私たちは休日に束の間の休息の時間をとった。
そして、夜。私は彼に告白をされたのだ。
「好きです。僕と一緒になってください」
「...お願いします」
これが私たちの、私の悪夢の始まりだった。
*
「ねぇ、累さんどこに行こうとしているの?」
「累さん、どこにも行かないで」
「累さん、こうすればどこにも行かないよね?」
「累さん」「累さん」「累さん」
私はあの時に、何故私の名前を知っていたのかを、問うておくべきだったのだ。すべては私のため。私のために彼は私に危害を加えるものすべてを____。
*
...どうでしたでしょうか?一般的に『ヤンデレ』というものですが、大切な人を歪んだ形で愛してしまう、特殊なケースですね。貴方様はどんな愛し方をされますか?
『秘密』...ですか?ふふ、貴方様は秘密が多い方なのですね。
え?今回が初めてのはずだって?...さぁ、どうでしょう?秘密です。
愛って難しい。