雨宿り
黒髪黒セーターの綺麗なお姉さんと一緒に雨宿りがしたいです。(女)
【№1 灯篭】
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初めまして、こんにちは。わたくしは灯篭、と申します。貴方様は、”灯篭”をご存じですか?灯篭とは、東アジアの伝統的な照明器具の一種です。「籠」とも「篭」とも読めますね。伝統的行事として、一部の地域では”灯篭流し”が行われています。
...少し話が長くなってしまいましたね。さて、今回お話しする物語はわたくしの後ろの棚の一番右上端。「裏ファイル№1」のお話です。
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俺は三年前からフリーのライターの仕事をしている。過去三年のそれまでの実績が認められ、最近は非常に好評だ。俺は今回、珍しい案件を受けた。
「あの...」
「あぁ、すみません。少し考え事を」
今現在は今回の記事のもととなる”お話”を聞きに来ている。その”お話”というのは、どうやら「動く」らしいのだ。灯篭流しで流された命が。
これが”黄泉がえり”というものなのだろうか。にわかには信じられない。しかし、これは仕事。あるわけがない、そう思ってもさぞ信じているかのように”お話”をしている相手と対話をしている。自分でも性格が悪いとは思うが、幼少のころから「こんなん」だったから、仕方がない。
■■県▲▲村のとある民家。
俺は小夜子という女性から”お話”を聞かせてもらっている。彼女が言うにはこういうことらしい。
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「小夜子~」
「小夜子~」
聴きなれた声が、私の大切な人の声が、聴こえてきた。私を呼ぶ優しい声。瞼を閉じると、今にも彼と過ごした日々が浮かんでくる。
夏、私と和也は一緒に村の外れにある丘の上でラムネを飲んでいた。その丘は本当は入ってはいけない場所で、綱を越え、私たちは丘に登っていた。
あの頃は、まだ互い18歳で子供だった。少し日焼けしすぎた健康的な肌は、幼さを表していて、とても愛おしかった。そんな日々。
私たちは、急に降り出した嵐のような雨。私たちは走った。村の外れっていってもそこそこの距離があって、私たちは「これはたまらん!」って二人で笑いながら洞窟で雨宿りをすることにした。
あの時は私も、和也もなんとも思わなかったけれど、あんなところに洞窟なんて、ないのに。
それからはもう本当に長かった。外は雨のせいもあってか、おかしいぐらいに暗くて、本当に不気味だった。
薄暗く、不気味さを帯びている洞窟内はまだ18歳の若人の私たちは、とても恐怖を感じていた。洞窟の奥から大蛇でも出てきそうな物々しい雰囲気におされながらも、奥へ進むとそこには亡くなったはずのお祖母ちゃんがいた。
「お祖母ちゃん...!」
「お母さん...!」
二人ははっとして互いの顔を見合わせた。二人の視えている”モノ”が違ったからである。
私は「お祖母ちゃん」、そして和也は「お母さん」。私たちは今現在の自分たちの置かれている状況に身震いをした。
互いの大切だと思っている人に化けているこの”モノ”はなんなのだろうか。考え出すといろいろな考えが思い浮かび冷汗は止まらない。
「おっ...お前は何者なんだ!?」
続けて和也は言葉を重ねる。「なぜお母さんの姿に成りすますんだ」「なぜ」「なぜ」「なぜ...」
沢山の言葉を投げかけ、その言葉はこの寒々しく、重々しい洞窟の中に溶けていった。
何を問いかけても、一向に”モノ”黙ったままであった。笑ったまま、その場を動かない。微笑んだお祖母ちゃんの顔が、とても怖く見えた。
「...ぁ..あ...」
”モノ”は微かに、声を発した。しかし何を伝えたいのかは全く分からなかった。
「な、なんなのよ...」
思わずつぶやいた、その時だった。その”モノ”は大蛇へと成り代わり、目にも止まらない速さで大口を開け、こちらへ向かってきた。
グッと目をつむり、次に来る衝撃と痛みを待っていた。しかし、いくら待っても、痛みも、衝撃もやってはこない。
恐る恐る目を開けると、”モノ”は背後にいた。私は、移動しただけか、と胸をなでおろした。しかし、ふと、横を向くとそばにいたはずの和也が忽然と姿を消していた。よく見ると、背後にいた大蛇は何かを食していた。
食していたのだ。手を、足を、頭を。最初、私は”ソレ”がなんだか、認識ができなかった。認識を、したくなかった。でも、それでも、”ソレ”は確実に和也だった。もう原型も分からない。しかしそこにあるのは、大蛇が吐きだした和也の服が”ソレ”が和也である、と何よりの証拠だった。
私は泣きながら走った。しかし、走っても走っても、洞窟の外にはでることができない。
「なんで!?どうしてよ!!」
背後からは尚も続く、地を這う音。その音は私の恐怖心をさらに煽る。
どうしたらこの状況から逃げられるのか、何度思考しても答えは出ず、遂に私は死を受け入れようとした。
「っは...はぁっ...はっ...」
私は息を整えながら、私は覚悟を決めて、目を瞑った。
「ぁ...!」
「...え?」
先ほども聞こえた声だった。
「ま...って...!」
「き、聞こえないよっ」
「真言を唱えなさい」
「えっ」
私は真言の意味がわからなかった。でも、心の奥に引っかかて出てこない、そんな感覚。知っている、知っているのに、その真言がわからない。血を這いずる音はされど近づいてくる。
近づけば近づくほどに、焦る。
突然、私は嘗ての情景が目の前に浮かんだ。
「小夜子、お前は私の大切な子だよ」
母が、微笑んでいた。そして、私に優しい声色で言った。
「小夜子、お前の真言は______だよ」
ザアァッと、冷たい風が吹き抜けた。すべてを理解した私は、真言を唱えた。
目を覚ますと、私は見覚えのある天井が見えた。どうやら、私は綱の向こう側で倒れていたらしい。
そして、私は事の顛末を村の大人たちにすべてを話した。
勿論、たくさん叱られたし、あれだけ優しかったお父さんが、叩いた。母は泣いていた。
「小夜子ちゃん...あの洞窟はね、大蛇の住む洞窟なんだ」
それから村長は教えてくれた。
この村に昔からある、あるお話のこと。昔、凶作であった際に生贄として女子供を洞窟の主に差し出した。かつては山の主、大猪様がこの村の神であったという。
そうして何度も、生贄を差し出しているうちに、いつしか生贄の塊が、魂が集まった。それはどんどん大きくなり、瞬く間に一つの大蛇となった。大蛇は全てを憎んでいた。だから、あの場所に人間が来ると、人を食べてしまうらしい。
しかし、そんな洞窟も発展が進んだ現代では、洞窟も壊され、なくなったはずであった。しかし、時折未だに現れるらしいのだ。あの忌まわしく、哀しい洞窟が。
「それが、小夜子ちゃんと和也くんが見た、あの大蛇さ」
「そんな...そんなわけが分からない”モノ”に和也は殺されたっていうの!?」
「小夜子ちゃん...」
信じられない。信じられないけれど、確実に事実だった。現に、本当私が、私たちが体験したことなのだから。
和也は死んだ。それを受け入れる意味でも、灯篭流しを行った。流す直前、川の向こうに和也が見えた。
驚いたが、本当に和也だった。川の向こうにいる。惨く食べられたはずの、和也が。
私は必死に追いかけた。突然私が川の中に入り始めたので、村の物はひどく驚いたという。私は林を駆け抜け、遂に捕まえた。しかし、和也は服を着た骨だけの状態になっていた。私は、再度また叫び声をあげて、倒れたらしい。
目が覚めると、いるんです。白骨化した和也が、ずっと私の視界に。
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「おいで、おいでってね」
「なるほど、それで、今も?」
「ええ、いますよ」
何ともばかばかしい”お話”だった。大蛇?生贄のささげられた洞窟?そんなものを誰が信じるというのか。大方、この小夜子と名乗る女は、何かの原因で、和也が亡くなったことを皮切りに、気に触れてしまったのだろう。そうして、こんな世迷言をは話しているのだろうか。
「...あちらにいますよ」
「ええ、そうなんですか?怖いですねぇ」
「あっ...」
突然、小夜子が恐怖混じりの表情を浮かべながら、こちらを見ていた。いや、正確には俺の背後を。
後ろを振り向くと、白骨化した、ぼろぼろで目の奥から蛆がはい出てきていて、まるで泣いているかのような、怒っているかのような表情を浮かべて、俺を見下ろしていた。
「うわああああああ」
俺は叫んだ。そして、一目散にこの▲▲村から逃げた。
あの顔は、この”お話”を書いている今でも忘れられない。あの顔は、俺を憎んでいた顔であったように思う。それが何故なのか、気持ちが落ち着いた今でもわからない。
しかし、確かに感じているのは、映るのだ。視界の隅に。
オ レ ノ シ カ イ 二 ウ ツ ル
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灯篭、如何でしたか?わたくしも北の国の田舎出身でした。でも世の中にはこんな怖い村もあるのですね?灯篭で送り出したはずの和也様が帰ってきた...小夜子様はどう思われたのでしょう?
ふふふ、実はですね、ここだけの話。小夜子様はあれだけ怖がっておられましたが、今は和也様とご一緒になれらたようですよ?
一緒に、ね。
どうご一緒になられたのかは、貴方様のご想像にお任せ致します。
それでは、次のお話するファイルを取りましょうか。今手がふさがっているので、右上端から二番目の「裏ファイル№2」を取ってくださいますか?
ふふ、そうです。そこです。ああ、ありがとうございます。
それでは、お話いたしましょう。このお話は__________
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ぜひ感想が欲しいです。