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飴屋あやかし噺  作者: 神楽 羊
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人形屋敷ノ事(五.終幕)

青い光の中の内側で彼等は能を舞うように交戦していた。二体一はやはり不利なようで飴屋は目尻から血を流している。


逃げろと言われていたのは理解していた、しかし飴屋を置いて行くつもりははなから選択肢に無い。駿と順子と短い会話を交わし機を待つ事にした。駿は自分のタイミング任せて欲しい、と決意をみなぎらせて言った。僕は力強く頷く、危険なのは承知だったが今は彼に任せるしかなかった。


平和的な解決の為の薄氷を踏むような作戦。




飴屋が問う。


「気づかない内にあなた方の執着は息子より人形その物に移っていたのではないですか?狂気を孕んだまま亡くなり、二人ともこの家と人形に縛り付けられ此処に留まっても御子息に会えなかった理由はそこにあるのでは。

輪廻を巡るまでの間にこんなになってしまった親を見て果たして彼はどう思ったのでしょうか?どんな気持ちで次へ向かったのでしょう。貴方達は本当に息子さんを愛していたのですか?今愛しているのは本当に御子息自身ですか?」


大きくノイズが走り、怒りと疑問の顔、そして鬼と般若の面が目まぐるしく変わり互いを見合う。

しばしの沈黙の後、葛藤を掻き消すように鬼が言う。


「もう何も言うな、お前のお喋りには飽きた。その涼しげな顔をズタズタに切り刻んで此方側へ呼んでやる。人にも成り切れないナリソコナイ風情が飄々と見下しおって、私達の悲しみが分かるか?知った口を叩くな小童が。」


そういうと老人は空中を駆けるように飴屋へ襲いかかる。


飴屋が口元を上げながら一応私の方が年上なんですが。


とポツリと言った。


金属音が響き渡り鬼の握っているボロボロに錆びた金槌を綺麗な刃が付いた小刀で防いでいる。思っていた以上に飴屋は疲弊しているように見えた。


もう猶予は残されていない。




「父さん止めて!!」



部屋に響き渡る声が老爺の振り下ろそうとする動きを止めた。


声の主へ部屋にいる全ての者達の視線が注がれる、たどたどしくも感情を込め瞬が続ける。



「もういいよ。僕の為にこんなに苦しませてごめんなさい、元の優しいお父さんとお母さんに戻ってよ。」


瞬は両親に向かってそう言うと恐る恐る近寄って行く。


「もしかして、ケン坊なのか?」


異形と化していた二人の顔のノイズが激しく荒れ形を変える、いつの間にかそれは子を想う親の顔へと変わっていた。


僕は順子の方を見る、彼女は御守りを握りしめ祈っている。




「ごめんね…早く死んじゃって。僕もっと一緒にいたかった、でもねダメだったの。」


怖がりの瞬は言葉を続ける、そこには演じているような不自然な淀みは一つとして無かった。

目の前で起きている事を目に焼き付ける。ありえた、のか?



「ごめんなさい。」


もう一度そう言うと瞬は黙り込んだ、老夫婦は悲しんでいるように見え、そして嬉しそうにも見える。老夫婦が瞬を優しく抱きしめている。誰かの啜り泣く声が聞こえる。


弛緩していくような空間の中に僕達がいて、飴屋と夫婦の間の戦いによって破られたであろう壁の穴から外が見える。

流れる厚い雲を割って綺麗な月が見えた。

ここに居るもの、ここに在ったものを優しく照らし出す月の夜だ。



親子の再会の中、僕は不意に自分の事を考える。


まるで独立し意思を持つかのように徐々にではあるが確実に身体を蝕んで行くこの呪い、完全に暴走し僕の意識を完全に掌握した時僕はどうなってしまうのだろうか?そして飴屋は僕を殺すだろうか?


彼はこの呪いの祓い方も多分知っているだろう、そしてそれでも呪いに呑まれる僕を手元に置こうとした。

本意を知る由も無いが危険だと思っているからこそ、こうしているのかも知れない。

そう思うとこの胸が膿む様に痛む、彼にとって僕はどういう存在なのだろうか。


洋子と綾との約束を果たせず志半ばで誰かを、何かを呪うだけの存在に成り果てた時は殺して欲しいと思った。


––そしてそれをするのは飴屋で居て欲しかった。


物思いにふけり深く意識を潜らせる。

会って間もない飴屋をこんなにも信じている自分の心に戸惑ったがもう信じる事しか残されていないなと僕は思った。



絞り出す様な瞬の声で我に帰る。


「もうここに縛られる理由はもう無いでしょ?お父さんとお母さんがやっと、やっと僕に気付いてくれたから…もう大丈夫。」


「近くまで来てくれていたのにこんなになるまで気が付けなくて。

ケン坊の為にこの家を守っていたはずなのにいつの間にか何をしているのかさえ分からなくなって何の為にここに居るのかも分からなくなってた。

私達が居なくてもちゃんとやっていける?こんなに大きくなって…健太。」


母親が息子の名前を呼ぶ、僕の心臓が鳴る。半信半疑だった思いが確信に変わる。

本当に瞬は老夫婦の息子の生まれ変わりだったのだろう。

この家族の物語の登場人物の一人として僕もここに存在しているような気がした。





威厳のある父親の顔を取り戻した老人が飴屋に言った。


「急に襲い掛かったりしてすまなかった。息子の代わりに作った人形がいつのまにか全てになってしまっていたのだ。

何も見えなくなり夫婦でここに囚われてしまっていた。

守るべき人形さえも寄って来たぞうぞうの霊に好き勝手される始末、君達が来てくれなかったらどうなっていた事か。

未だに大事なものを思い出せないまま全てを呪い続けていただろう。君達のお陰で目が覚めた、息子も生まれ変わり頑張って生きているようだ。やっと妻と二人ここから離れられる。肩の荷が降りた気分だ、ありがとう。」


帽子を取り肩まで伸びた綺麗な髪をなびかせながら飴屋が言った。


「二人が正気に戻ってくれて本当に良かったです、あのまま話も聞いてもらえなかったなら私たちは違う結末を用意しなければならない所でした。」



二人に向かい僕は謝罪する。

「暴走してしまって人形を壊してしまい本当に申し訳ない。」


「いや、もういいのよ。

私達は心のどこかで壊されるのを望んでいたのかもしれない、…貴方についているその悲しい呪い、晴れる日が来る事をあの世で祈っています。」


にゅうな顔をした老婆が僕に向かって言い、夫と手を握り合いながら消えて行った。



後には月に照らされた僕達が残さた。


健太という名前、彼が見た夢、ここに呼ばれた気がした事という言葉を繋ぎ合わせて瞬が息子の生まれ変わりでは無いかと仮定した。


何の確証もないか細い理を繋ぎ合わせ夫婦と向き合った瞬の胆力に敬服した。



もし生まれ変わりが間違っていたとしても時間稼ぎさえ出来れば飴屋を連れてなんとか全員で脱出すると言う算段だったのだが、何はともあれ上手く行った。



僕は言う。


「瞬は本当に健太だったのかな?」


「どうなんだろう?親だったら生まれ変わっても分かるものなのかしら?そうなると一週間も屋敷に閉じ込めていて瞬に干渉しなかったのは疑問ね。」


順子はそう言って肩を竦める。


ハンカチで血を拭いながら話を聞いていた飴屋が言った。


「夫婦は自らが作り出した人形に囚われ、入って来た者を襲うだけの悪霊となっていたからだと思います。それにしても、瞬君が本当に生まれ変わりだったとは少し出来過ぎですね。」


「飴屋は気付いていたのか?」


デウスエクスマキナは嫌いです…と僕だけに聞こえる声で飴屋が呟いたので少し笑った。


飴屋は神が嫌いなのだろう。



**


外に出ると朝日が昇り昨日の出来事が全て悪い夢だったように感じる。


しきりに感謝の言葉を伝える若い二人に僕は元気でなと言った。まるで戦友のような心持ちだ。


別れ際、にこやかに笑いながら飴屋が二人に言った。

「そもそも瞬さんは何かに縛られて閉じ込められていたのでは無く外に出るのが怖くて屋敷から逃げ出せなかったのだと私は考えています。」


「バカじゃないの!?こんなガリガリになって!」


瞬は真っ赤になりその顔を順子に思い切り笑われながら会釈をし、僕達から離れて行く。とても幸せそうに見えて、僕は


飴屋が僕の肩に手を乗せた。日の光に溶けてしまいそうな青白い手をしている。


「さあ私達も帰りましょうか、二、三日ゆっくり休養したらカクリヨでお会いしましょう。その時にその呪いについての詳しいお話とこれから私が出来る事をお話します。」


右手をさすり僕は頷いた。



そしてそこで飴屋と別れ、僕は歩いて家に帰ろうと思った。

入道雲が出ている、今日も暑くなりそうだった。



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