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飴屋あやかし噺  作者: 神楽 羊
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人形屋敷ノ事(四)

老人達が現れるまでの短い会話




粉々になった人形を必死に拾い集める僕はなぜこんな事をしてしまったのか恐ろしく、そして情けない気持ちになっていた。

暴力的で刹那的で快楽的な狂人となっていた僕に恐る恐る順子が話しかける。


「玲さん、どうしちゃったの?なにがあったの?」


「分からないんだ、記憶が無くてさ…気づけば今になってた。彼等が大事にしていた物を粉々にしてしまった、どうしたらいいんだろう。」


こうなる事を予想していたであろう飴屋を見ると困ったような顔をして言った。


「想像以上の力でした。そして想像以上に危険でした。この屋敷を出たらどうするべきか考えなければなりません。玲さん、貴方は完全に飲まれていました。その呪い、"増えた分"は幾分かなんとか出来ます、幾分かはですが。しかしこれ以上その力を使うと私でも止められないかもしれません。もう少しきちんと玲さんの身に起きている事をお話しておくべきでした。貴方の力を過小評価し過ぎたわたしのミスです。」


自らの中で完結した言葉をただ丁寧に繋いでいく飴屋に苛立ちを覚えたのは嘘では無い。ここを生きて出られたら何をしようと彼が考えているのか納得いくまで聴かなけば、と僕は思った。


飢えた獣と見紛うばかりの殺意を持った老夫婦が現れたのはそのすぐ後の事だった。


そこには和装の二人が立っていた。

ノイズの様に顔が憤怒と愁嘆の表情に変わり老爺には鬼の面、老婆の方には般若がその中に混ざる。自分達にもどの感情がまさっているのか決めあぐねている顔をしていた。


「お前達が大事な人形を殺した、殺した。粉々になった、粉々になった。許さない、許さない。」


飴屋の口元が上がる。


老人達から息が詰まる程の禍々しい気配が立ち込めている。

息子を象った人形を破壊された怒りと怨みが息子を失ったそれと共に混ざり部屋を包み込む。


そんな事は起きないと思うが万が一飴屋の手に負えなかった場合みんなを助ける為には右手の力を使わなければならないかも知らない。次暴走してしまえば僕はもう元の自分に戻れないだろう。

鬼と般若の怨嗟を受け止めきれずに呪いその物となり二度と狂人から目覚められないか、もしくは最悪事切れてしまうだろう。


一体どうすれば…


その時飴屋が僕と順子の前に立ち塞がり言った。


「私がこの老人達を何とかしますので二人は順子さんの彼氏を探して下さい。見つけられたら屋敷から逃げ出して下さい。彼等を片付けたら後を追います。」


そして悪霊夫婦の方を振り向くと帽子を取り軽やかにお辞儀をした。


「はじめまして申し遅れましたわたくしは飴屋と申します。以後お見知り置きを。

手ぶらでは失礼かと思いましてお二人に、つまらないものですが手土産を用意させていただきました、お気に召すといいのですが。」


そう言うと飴屋は呪を唱えた。


––この場に存在するもの存在せぬもの互いに口惜しく朽ち果てるまで邪なる物動かぬよう動けぬよう––



右手に持っていたきらめく飴玉の様な物を床に優しく転がすと目が開けれない程眩い青色の光が部屋を包み込んだ。子供の頃に遊んだスモークボールを思い出す。


それをきっかけに僕と順子は急いで部屋を出る。結界を抜ける時右手に千切れるかと思うほどジクリと嫌な痛みが走ったが気にしてはいられなかった。


「行かせはしない。」


と出刃包丁を逆手に持った老婆が扉に向かって飛ぶようににじり寄り部屋から出たばかりの順子の肩を掴もうとした。その途端、破裂音と光が走る。


般若は形相を苦悶に歪め白髪を振り乱したそれは誘蛾灯に飛び込んだ哀れな蛾のように倒れた。


「私が張った結界、そんなに簡単に出る事は叶いません。あなた達はすでに此岸の物では無いのですから。かと言って彼岸にも渡れず息子でも無い気味の悪い人形に囚われ続け無様に彷徨っている。つくづく救いようが無い、反吐が出ます。」


彼等の感情を逆撫でするように飴屋が挑発する、鬼と般若の老夫婦が飴屋に襲いかかった。

その刹那こちらをチラと見た飴屋は僕に向かい目配せをした。


行かなければ、順子に合図を送ると廊下を駆け出す。

もうすぐ四十になる中年が全力で走る事とこんなにきついとは想像していなかった。ぜえぜえと情けない声が漏れる。

人形の部屋から離れ、物の溢れた小部屋に入ると鍵を閉め僕は深呼吸をした、何度か繰り返す内に脳に酸素が送られてくる。汗を拭うとやっとの事で落ち着いた、年は取りたくないなと思った。


それから瞬君について何か手がかりがあればどんな些細な事でも言いから教えて欲しい、と順子に聞いてみた。


「肝試しの日ここに来る車内で瞬は友達からこの屋敷の話を聞いてから良く夢を見るようになったって言ってました。直接は関係ないので二人には話していませんでしたが、熱が出て背負われて病院に駆け込む夢を見るんだ、そこでいつも泣きながら目を覚ますって。

違う名前で呼ばれてるけど違和感が無くて何故か悲しくなって涙を流しながら飛び起きるって話していました。」



「その時呼ばれていた名前はなんて言ってたか覚えているかい?」


ハッキリとした口調で順子は答えた。


「健太」


ガタリと物音がして部屋の隅に人影が見えた。


「順子?順子なのか?」


走る時に消えてしまった燭台、その蝋燭にマッチで火を灯した、柔らかい光。

照らし出された青年の顔は痩せこけているものの目には生気が宿っている。順子は燭台を僕に手渡すと瞬へと駆け寄り力強く抱きしめた。

「痛いよ。」と彼は言った。


「心配したんだから、馬鹿…」


「ごめん、逃げようと思ったんだけど怖くて動けなかったんだ。外に出ると殺されると思ってたから、持って来てたペットボトルのお茶も大分前になくなっちゃった。来てくれなかったらヤバかったよ。ありがとう順子、こちらの方は?」


「行方不明になった人を探すプロの人達、玲さん本当にありがとうございます。」


「見つかって良かった、後は…あの悪霊の夫婦をどうにか出来ればめでたしなんだが僕達に出来る事があるのかどうか…」


右手を使わないように飴屋の手助けが出来れば。


僕は頭をフル回転させていた。


「元はと言えば瞬がここに行きたいなんて言うから怖い目に遭ったんだからね!もう二度と肝試ししようなんて言わないで!」


惚気の混ざった痴話喧嘩が始まる、頬を掻きながら瞬が言った。


「分かった、二度と言わないよ。

でもなんでだろう、いつもならおばけとか幽霊怖くて嫌いだから誘われても行かないのに自分から言い出すなんて、もしかして呼ばれたのかな、ハハ。」


「瞬君今何て言った?」


ある考えが僕の頭を過ぎる。もしかするとこの一連の出来事が繋がったかも知れない。


確信は無いが試す価値はあるのではないか?

もう一度頭のなかを冷静に整理する。

これが正しければ地縛霊になってしまった夫婦を救えるかもしれない。あの老夫婦の様子だと【息子はここに縛られてはいない。】


僕は二人を座らせると今考えついた事を話した。これが正しいのか、上手く行くかは分からないが他の方法はもう悲しい結末しか残っていないように思えた。

大雑把な枠組みを話してから後は瞬君にかかっているよと肩を叩く、瞬は目に力を入れて強く頷いた。



時間にすると十分足らずだろうか、急いで人形の部屋へと戻る。

結界の中の飴屋が老夫婦に徐々に圧されているように見え状況は芳しくなさそうだ。


三人で部屋へと雪崩れ込む。

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