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飴屋あやかし噺  作者: 神楽 羊
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人形屋敷ノ事(三)

屋敷の中は今まで居た蒸し暑い外とは違いあり得ない程寒々としていた。彷徨う魂の様なランタンの灯りだけが辺りを照らしている。


みしりみしりと床が音を立て屋敷の刻み込まれた歴史を物語っている。

静かな行列が一つずつ丁寧に部屋を廻る、まるで失われた宗教儀式のように。

三人の家族がどのような暮らしをして、どのような後悔や悲しみを辿ったのか理解させようとしているかのように家具や物が静謐の中に佇んでいた。

想像していた心霊スポットのような荒らされた形跡はあまり確認出来ない、何かがおかしいと僕は思った。


ここを訪れた人間達はすべからく好奇心が旺盛で霊など信じていないからこそ無邪気に、無遠慮に足を踏み入れたはずだ。

自分の蛮勇を誇示する為に何かを壊したり持って帰ったりしてもおかしくない。二人から離れないように部屋の中の手がかりを探しながらそんな事を考えていた。


そういえば、と順子が思い出したように言う。


「私達が一階を歩いている時二階で音がしたんです。音というか何かの鳴き声というかそんな音がしたので二階に向かう事にしたんです。階段を上がると段々その音の輪郭がハッキリとして来てそっちの方へ向かうと人形の部屋があったんです。」


「それは誘われていたのでしょうね、訪問者を"部屋"へと招き入れる為に。こんな屋敷の中で怪しげな音が鳴ればそれを確かめるか逃げ帰るかを大半の人間は選ぶでしょうし。ここに巣食っているものは中々人間を扱うのに慣れているみたいです。」


飴屋がテーブルの上の燭台を調べながら感慨深げに言った。その時僕の右手におかしな感覚が走る。シャツをめくると痣になっている部分が熱い、それを飴屋に伝える。


「ふむ、どうやら気付かれたようです。順子さんこの燭台を持っていて下さい。これは銀で出来ているので魔を寄せ付けない効果があります、ただこれだけ色々なものが集まっていると御守り程度の効果しかありませんが無いよりはマシだと思います。」

そう言うと彼は残っている三又みつまたの蝋燭にジッポライターで火を付けた。頼りない火が揺れる。


その時天井の方から足音が聞こえた、誰かが歩いている。それも複数の小刻みな音がコトコトとする。僕と順子は飴屋を見た。


「ここからが本番です。何を見ても絶対に叫んだり大きな声を上げないで下さいね。」


そう言うと飴屋はフツフツと何かを唱えながら空中に記号めいた物を書く、まじないなのだろうか。

それからゆっくりと飴屋が階段の方へと歩き出す。僕の心臓がドクリと鳴った。こんなに恐怖を覚えたのはいつ以来だろう。部屋を出て広間から二階へ繋がる階段を僕達は昇っていく。声が聞こえた。


「こっち…」


無機質な声だった。順子が僕の方を振り返る、どうやら彼女にも聞こえたようだ。燭台の炎が揺れる。

階段を昇り、突き当たりの部屋の扉を開ける。部屋の中央に大きな机が置いてありそれに背を向ける様に五体男の子を模した人形がこちらを見て立っていた。


ここが人形の部屋と呼ばれる場所だった。


目を凝らすと灯りに照らされた人形達が蠢いている。

背中を氷で刺し貫かれた様な寒気がした。


「ここ…ここ…やっと来た、やっと来た」


人形達が口々に無機質な声を出す。感情の無い硝子を擦る様な声


「気をつけて下さい、来ます。順子さんは燭台を離さない様に隅で身を守っていて下さい。」


そう言うと飴屋はランタンを床に置き、先程とは違う長い呪文の様な物を唱える。

カチカチと人形達が歯を鳴らし出した、苦しんでいる様にも怒っている様にも見える。ダメ…ダメ…ダメ…と彼等は言った。


飴屋は左手の人差し指と中指を伸ばし規則的に中空を切り差し示した一番大きな人形が動かなくなった。


しかし残りの四体は狼狽る事もなく僕と飴屋の方へ距離を詰めてくる。


カラダチョウダイ…カラダチョウダイ…


光の無い目が僕を見つめる。異形に対面した僕は金縛りに遭った様に体が動かない。目の前に人形がいる、殺される。


その時飴屋が今まで聞いた事のない程の真剣な声で言った。


「玲さん右手の甲で人形を触れて下さい。」


その声に我に帰る、恐怖に駆られた心を奮い立たせ僕は右手を必死に伸ばした、人形の右頬に手が触れる。


ギャッというおぞましい断末魔の叫びを挙げ人形が糸を切られた様に地面に倒れた。


右手に痛みが走ると僕の中に人を呪いたい殺したいという"それ"のイメージが浮かんだ。これは?何が起きたのか分からず僕は混乱し飴屋に視線を向ける。


「説明は後で、私が彼等をしゅで縛るので同じように右手で人形を触って下さい。」


呪の力でゆっくりとしか動けなくなった人形達に手の甲を押し付けていく、その度に痛みが走る。

苦しい、殺したい、人間を殺せば報われる、報われる。

彼等の邪悪な思念がおりの様に溜まっていく、とても痛い。


僕は無我夢中で人形を"殺"した。


倒れていく人形と脳内に流れ込む感情のようなもの。

ああ、こいつらは人では無いのだ、三体目の人形をたおした後僕はもっと彼等をぐちゃぐちゃにしたいと思った。


「殺す、潰す、殺す」


無意識の内にブツブツと呟きながら手の甲を押し付ける。獣の臭いが纏わり付く。右手の熱が上がる、痛みが酷い、そしてただ心地良い。もっと、もっと。



気がつくと全ての人形は地面にバラバラになって崩れていて肩で息をする我に帰った僕が立ち尽くしていた。どうやら右手で触った後倒れ込んだ人形を執拗に踏み潰していたらしい、あまり記憶がない。


順子が怯えながらこちらを見ている、飴屋は顎に手を当てて思慮深げに考え事をしていた。


力が抜けた様に僕は跪く、とても気分が悪い。倒したはずの彼等がまだすぐ側にいる様な気がした。


「玲さん、まだ終わりじゃありません。この人形達に憑いていたのはここの主に魅せられて寄って来ただけの者達。守って来た息子の人形を破壊され大人しく帰してくれる訳がありません。」


すまない、と言葉にならない声で飴屋に言った。途中から自分でも分からない程の衝動に駆られてしまった自分を恥じた。こんなの僕の方が悪者みたいじゃないか。


その時部屋の奥の扉が開いた。

順子がそちらを見て声を上げる。鬼の様な形相をした老爺がこちらを見ていた。


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