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飴屋あやかし噺  作者: 神楽 羊
12/19

軛村ニテ神退治ノ事(一)

くびき村に辿り着くまでの事は余り思い出したくない。飴屋が言った通り履き慣れた靴でなければ僕は音を上げて帰っていただろう。


5時間ほど電車に揺られて辿り着いた東北地方の寂れた果ての駅、待っていた村の男に案内されるがまま山に入り2時間程歩いた場所に軛村はあった。


限界集落、隠れ里、桃源郷、これらの表現が相応しいような世間から隔絶された村だった。


死にそうになりながら山を歩いていると急に開けた場所に出た。


村の真ん中に川が流れその左右に綺麗に区切られた田んぼが続いている。山々に隠された村。


正面には一際険しい山の峰が鎮座していて見上げると手前に神社が見える。

僕は鳥居の朱色と紅葉によってまだらになった山の黄色、そして深い緑の美しさに見惚れてしまった。


案内してくれた男が言う。


「あれがやま、そして手前にあるのがやまがみ神社だ。御山には山神様が住んでいる。」


心なしか声が震えているように聞こえた。


散々歩いて来たのに飴屋はピンピンしている。

体力があるようには見えない、どこにそんな動力源があるのだろう。

昼間に見た飴屋は白すぎて幽霊のように見えたが本当の幽霊になりそうなのは僕の方だった。


「今から村長の所に行くからついて来てくれ。」


つっけんどんに男が言うと川の側の畦道を足早に歩き始めた。

僕の脹脛ふくらはぎが悲鳴を上げている。リュックの横に突っ込んでおいた麦茶をがぶがぶと飲む。


「いやー想像以上に凄い場所ですね玲さん、まるで昔話に出てくる村みたいじゃないですか。どんな妖が出てくるか楽しみですね!」


はしゃぐその言葉に飴屋にとって神だろうと妖なのだなと酸素の足りない頭で僕は思った。


夕闇の迫る中、農作業をしている村人が手を止め遠くから僕たちをじっと見ている。

その刺されるような視線に背筋が凍りつく、やはり外から来た者に対する警戒心からだろうか、余り歓迎されているようには見えなかった。


秋の風が吹いて稲穂が揺れる、牧歌的なその風景とのコントラストが僕の心をざわつかせた。


かやき屋根の大きな屋敷の部屋へと僕と飴屋は通された。囲炉裏を囲んで二十人程の村人がまんじりともせず僕たちを待っていたようだ。

暗い部屋の一番奥に座る老人がしわがれた声で自らを村長だと名乗った。

会釈をして座布団に正座する、隣を見ると飴屋はあぐらをかいていた、僕の方を見るとゆっくり気づかれないように飴屋は正座をした。



そこからしばしの沈黙が流れる。



村長が話し始める。


「長旅まことにご苦労であった。ゆるりともてなしたい所ではあるがそんな余裕は我々にないのを許して欲しい。

さて、この村についての話をする前に確認しなければならない事が一つある。

それはこの、"相談"についてだが、一度内容を聞いたならば途中で投げ出す事を我々は許す事が出来ない。

もし、この問題を解決出来ず降りると言うのならば…そなた達の命を持ってつぐなって貰わなければならなくなるがその覚悟はお有りか?

報酬は勿論出せるだけ出す、好きな物を持って行ってもらって構わない。

もし引き返すと言うのならば…この質問が最後の機会になる、本当にこの話を受けてくれるか?」


寄合に集まった村人達が精気の無い目をこちらに向けている、薄暗い部屋にひしめく無数の瞳、息が詰まりそうだ。


僕は飴屋の方を見た。どうやら僕達はこの村に巣食っている深淵の部分を見ようとしている。そしてこれはとても厄介で危険な物だろう。


…しかし飴屋はこう言うはずだ。

「もちろん、私達がこの村の問題を解決して差し上げましょう。」


頭の中で予想していた言葉とすんぶんたがわぬ言葉が飴屋の口から出たので僕は少し笑った。

何かを得る為にリスクを背負わなければならないのはどんな事であれすべからく一緒だ、それがきっとこの世のことわりなのだろう。


僕のはらも彼と同じように決まっていた。



「恩に着る。今から貴方達は我々の仲間となった、なのでこの村に起こっている厄災について話そう。

…村の者達よ、時間ももう遅い、刈り入れの者も多いだろう。

明日からに備えてゆっくりと休んでくれ。それにこんなに人が居ると空気が重たくてかなわんのでな。」


僕達に相談に乗ってもらえるか否か、という緊張の糸が解けたのか村人達の顔に感情が戻ったような気がした。

村長のその声で彼らは蜘蛛の子を散らすように帰って行く。


急にがらんとした部屋を見渡すとまるで何百年も昔にタイムスリップしたような錯覚に囚われる。この村は時間の流れ方が違う気がした。


「さて、我々も場所を変えて話そうか。」


村長はそう言うと彼の息子と何か話をしてから諸々の用意をして外に出た。


草の匂いがする、長い事忘れていた香りだった。

郷愁の、戻れなくなるから嗅いではいけない、そんな気がした。

深い闇が辺りを包み込んでいる。


懐中電灯を持った村長とその息子の後ろを僕と飴屋は静かについていった。長い石段を粛々と登っていく、両脇には等間隔に灯籠が置かれていて、中で蝋燭の頼りない炎が揺れている。


やまと案内役の男が言っていた、神が住むという山、その中腹に位置し山頂と真っ直ぐに正対する神社に僕達は辿り着いた。

息をゆっくりと静め、村の入り口から見えていた鳥居を潜る。脈々とした歴史を感じる古びた神社だった。

境内は開かれていて、どうやらこの神社は御山自体を御神体として祀っているようだ。


併設されている神楽殿に案内されて僕達は板張りの床に腰を下ろした、見下ろす田畑から虫の声が聴こえる、昇り始めた月も普段より大きく見える、僕は秋を感じていた。


村長は下げていた徳利を四人の真ん中に置き、懐から和紙に包まれた猪口を取り出すとうやうやしく手元に置き、この村で作っているという地酒を注いだ。


精悍な村長の息子からこれは約束を守る為の契りの酒だと説明される、後戻りは出来ない契約の証だと。


じい、じい、りん、りん、と虫が鳴いている、四人の間に言葉は無く中心の徳利を見つめている。


━山神様に


という合図と共に村長と息子が杯を飲み干した。

促すように二人が僕と飴屋を見る。

僕は躊躇いなく並々と注がれている酒を飲み干した。

もう生きて帰るにはこの村の問題を解決する以外にはない。

胃の坂を滑り落ちていく日本酒、ありきたりだがまるで水のようにするりと入ってくるとても美味い酒だった。


飴屋は飲んだ後すぐにもう一杯と言い息子さんに酒を注いで貰っていた、僕は思わず苦笑いをする。


その様子に満足したのか村長は足を崩し胡座を掻きながら話し始めた。


和やかさからは程遠い、この村の呪われた歴史についての救われない話を。






「これはくびき村に遥か昔から伝わる話だ、御山おやまには元々人を襲うという悪い神が住んでいた、村人からそれはオクビサマと呼ばれていた。

山へ入る者の首を落とし、里に出て来ては人をさらう。軛村の由縁はその首を切られる所から来ている。

遠方から逃げ延び他に行く所の無かった先祖達は散々オクビサマに苦しめられたという。

ある時通りかかった修行僧に村人が助けを乞うた所、この村に居る左手にあざのある若い女を生贄に捧げ、オクビサマを山神として祀れば悪さを止めるだろうと言われた。

それを信じた村人達がその条件に合う者を探すと刀鍛冶の一人娘に痣があることが分かり人身御供にする事が決まった。

泣き喚く両親を半ば強引に説得した末、娘を山の頂上近くにある沼の木に縛り付け、神社を建立しこの村を守護する神として祀るとそれから悪い神が村を襲うことは無くなったという。

後にオクビサマに首を取られ体だけになった娘を神社の裏に埋めて塚を作り手厚く葬った、境内の裏手に残っている巫女塚がそれだ。

娘を殺され悲しんだ刀鍛冶は二度とこんな悲劇が起こらないよう、再び村が襲われた際にはこれで悪いものを斬れるようにと刀を作り娘の名前を付けて奉納した。

それが今もこの神社に眠っている、名を雪丸と言う。

ここまでが我々の村に伝わる昔話でな、私たちが貴方達に相談したいのはここからの事だ。」


契りの酒とは違う一升瓶の酒をコップに溢れるほど手酌で注ぎ、半分ほど飲み干して村長が言う。

泥酔するほど飲まないと、素面では話せないほどの話なのだろうか。



「それから我々は長い間何事も無くやまがみと成ったオクビサマと上手いことやってきた、山へ入り獲物を取るとその一部分を山神に供え、田畑で作物を作っては絶えぬ川の流れに感謝する。

山を中心とした豊かな営みが長い間続いていた。

…しかしある時を境に山で村人が再び襲われるようになった。先祖の伝聞では明治の半ば頃とある。

山に入った者の無残に喰い千切られた死体が増えていった。

語り継がれていた鍛冶屋のこしらえた刀を持ち約束を違えた山神を退治しよう、というお伽話のように心の強い者は現実には現れずそれどころか人柱を再開させ山神の怒りを鎮めようという声が村の多数を占めた。

神を殺してしまうとどんな酷い目にあうか分からないという畏怖

山神を退治する事により今までの生活を全て失ってしまうかもしれないという恐れ

それらを鑑み、村が出した結論は


━山で村人が3人消えた年は左手に痣がある女を生贄に捧げる事。


もちろん村の文献にもそんな事は書いていない、話し合いで決まった事だ。

そんな都合よく左手に痣がある女なんて見つかる訳が無いと思うだろう?

村人はそれが正しい事だと信じ、秋祭りで年頃の娘達にくじを引かせ"当たり"を引いた娘に痣をつけ、無理矢理人柱として手足を縛ると沼に置き去りにした。

大人達は、山神に見捨てられる方が自分の子を失うよりも辛い事だと考えたのだ。

山神に人柱を捧げ続ける限り今のこの生活を続けられると信じた。

それは、今も続いている。村人達も物心つくと皆が教えられる事で村を守る為には真実はどうであれ…信心と安寧が必要だった。」


僕は言葉を失った。

この村は山神を恐れるあまり人柱を増やし続けているのだ、今も。


遠くで里神楽を練習する音が聞こえて来た。きっと秋祭りで山神に捧げる為のものだろう。形骸化された、娘を無為に差し出す為だけの舞。




飴屋は表情一つ変えずに村長の話を聞いていた。


僕は浮かんだ疑問を村長にぶつけた。


「でも、現に今も村人が消えているんですよね?生贄に意味なんて無いんじゃ…」


残っていた酒を飲み干し村長は怒鳴った。禿げあがった頭が真っ赤になり着流しが乱れる。


「だからだ!今年も三人殺された!山神を殺して欲しいのだ。秋祭りの夜、"当たった"村の娘を沼に捧げる。その時なら山神も姿を現すだろう、雪丸ならきっと山神を退治できるはずだ、頼む、山神を殺してくれ!」


なんて身勝手な話だ、と僕は憤りを覚えた。



ずっと無口のままだった飴屋が重い口を開く。


「神を恐れるあまり鍛冶屋の願いを踏みにじり、その原因それ自体に抵抗する事もせず若い娘を生贄にし続け、村が消えようとする寸前まで見てみない振りをし、我慢が出来なくなったからといって外の物を金で釣り、呼び寄せ、脅して無理矢理に山神を殺す依頼をする。」


この言葉を聞いて村長が発狂するのではないかと内心気が気でなかった。

しかし村長は返す言葉が無い、という風に首を振りため息をつくだけだった。


「すまない、私ももう九十を超えあの世ももうすぐそこに見える所まで来た。貴方が言う事になんら間違いは無い。

だから、だからこそ村を治める一族の者として山神に怯え、血に塗れた村の歴史の精算をしたいと思ったのだ。エゴや偽善などと生温い言葉で言い表せない事ぐらい私にも分かっている。

きっと私は地獄に行くだろう、関わった全ての者達もな。

…私達のした事が正しいとは思わない、しかし正しかったと思わなければ、思えなければ…何の為にあの子達が死んでいったと思えばいいのだ。」


村長として、人柱を捧げ続けなければならなかった葛藤が溢れ出て止まらなくなった様子で下を向き嗚咽を漏らしている、山神に魂を捧げた哀れな醜い老人がそこに居た。


身内には心情を言えず悩み続けていたのだろう、しかし僕は同情する気にはなれなかった。



「責めるつもりは毛頭ありません、私達は仕事としてここに伺っているのですから。

きっと仕方のない事だったのです、どちらにせよ山神を退治しない限り私達は生きて戻れないのでしょう?」


「…そうだな、山神に縛られ続けている我々を解放して欲しい。」


顔を上げ、まばたき一つせず、体温の無い目で村長は言った。





白白しらしらと天辺にまん丸な月が張り付いている。


現実感の無い話に現実感の無い景色、僕はこれはもしかして夢なのではないかと思った。


ふと冷静になる、明日は村を巡ろう、山神の心が変わってしまった原因を探そう。


僕はとても疲れていた、このまま布団に潜り込んで寝てしまいたかった。

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