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魔法は掴んで投げるものォ!  作者: 早田ルウ
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ダ・イリーダボール1号

魔法というのは、通常は本から学ぶ。もはや常識なのだが、体内に蓄積された魔力をなんやかんや(・・・・・・)やって発現させるのだ。

本にはそのなんやかんや(・・・・・・)という理論が事細かに記されている、らしい。

俺にはよく分からん。

とにかく、本から理論を学んで実践を繰り返し、苦労の末に習得するのが魔法というものなのだ。


だからこのム・ベイエの洞窟には世界中から学者が集まり、あげくの果てには洞窟内に町までできてしまっている。

途方もない数の書物の中から魔法書を探し当て、解読し、研究し、習得を目指すのだ。


だがなんということだろう。

俺は、そのなんやかんや(・・・・・・)の理論の勉強をすっ飛ばし、どうやら魔法を使ってしまったようなのだ。


「ぅオレの、さいのぉうが…こわいぜぇぇ……」


そして俺は今、親方からヘッドロックを喰らっている。丸太なんて生易しいもんじゃない。まるで地殻変動の裂け目にでも首を挟まれた気分だ。


「ボルガぁ…、てめぇ、この洞窟で魔法使っちゃならねぇことくらい、知ってるよなぁ……?」

「……ぅウス……」


親方の言う通りだ。このム・ベイエ学術都市の中、つまり洞窟の中では魔法はご法度。なぜならここは遺跡だからだ。書物やら発掘現場がそこら中にあるので、おかしな魔法で万が一のことがあってはいけない。


それが分かっているので、俺は親方のヘッドロックを甘んじて受け入れたのだ。


「今度やったらタダじゃおかねぇからなっ!!」


と言われ、俺は親方のわきの下から解放された。



職場からの帰りの馬車。

座席から車内を見渡すと「晩飯と酒にしか興味がない」といった感じの汗まみれの男たちが顔の汚れも気にせずガヤガヤと騒いでいる。

いつもならそのバカ騒ぎの中に俺も加わるのだが、今日の俺はそんな気分ではない。なぜならインテリだからだ。


洞窟で魔法を使ったことは反省している。だが、俺の気分はとても高揚していた。


人間族の世界では、一つでも魔法を使える者は「魔法士」と呼ばれる。そして人間族の中で魔法を使える者はそう多くはないと聞いたことがある。

つまり俺は、その数少ない魔法士の仲間入りを果たしたのだ。筋トレとヤ・キウが趣味で、土と汗とツルハシが相棒だったこの俺が、インテリの世界に足を踏み入れたのだ。


『ボルガさーん!カッコいいー!』


マネージャーの声が蘇る。


※ここから読み飛ばし可

―――

そう、何だかよくわからん分厚い本を読んでいる俺のところに、マネージャーがやって来るのだ。


『どうした?インテリの私がカッコいいのは当然だが、その私に何か用かい?』

『あの…その……お昼、まだ食べてませんよね?』

『そうだが……?』


(マネージャーは顔を赤くして、何かを抑えつけるように胸元に手を当てて大きく息を吐きだす。さすがのインテリの俺でも彼女の意図は掴めない。彼女は恐る恐る、布で覆われた何かを俺に差し出す)


『これ……作り過ぎちゃったんで、良かったら……!』

『これは……弁当箱?』


(パカッ)


『こ、これは……!』


(小麦粉団子とゆで卵。どちらもハート型)


(インテリの俺はようやく気が付いた。彼女の気持ちに)


『マネージャー、もしかして俺のこと……』

『ずっと、ずっと好……』


(そして彼女の唇にそっと人差し指を近づける)


『おっと。そこから先はこのインテリの俺に、言わせてくれないか?』

『ボルガさん……』

―――

※ここまで読み飛ばし可



「ひぇええ、ボルガがおっかねぇ顔してる!」


同僚Bが言った。



だが、ここで才能に胡坐をかいて努力を怠るほど俺はバカじゃない。

俺は帰りの馬車から降りると我が家に荷物を置き、すぐ近くの“練習場”に向かった。


俺の練習場は河原だ。そこら辺に転がってる頭くらいの大きさの石を掴んで、あっちに向かってぶん投げたり、こっちに向かってぶん投げたり、とにかくひたすらぶん投げて身体を鍛えている。時々見つけるハート型の石はぶん投げないようにしている。


それで俺はやって来たわけだが、今日の俺はぶん投げない。なぜならインテリだからだ。

昼間に使った魔法らしきものを研究せねばならないのだ。


インテリの俺は魔法の使い方もしっかりと覚えている。

こう、手を前に突き出して、唱えるのだ。


「マ・エニツキダシ・テアイ・スボール!」



……。

おかしい。昼間は簡単に出たのに、今は何も起こらない。

魔力のコントロールというやつが間違っているのか?


もう一度。


「マ・エニツキダシ・テアイ・スボール!」


……。

次は、もう少し下っ腹に力を入れて……。


「マ・エニツキダシ……(略)」


尻の穴にも力を入れてみるか。


「マ・エニ……(略)」

「マ……(略)」



俺は何度も繰り返した。しかし、身体のどの部分に力を入れても出ないものは出ないのだ。


そこで俺は仮説を立てた。

「俺の記憶、唱える呪文が間違っていたのではないか?」と。


インテリの仲間入りを果たした俺の記憶が間違うはずがない。しかし、何事も疑うことから真実に辿り着く。


俺は軽く唱えた。


「テアイ・スボール」



驚いた。

力も込めずに唱えたはずが、なんと俺の手の平辺りからハラハラと細かな雪のようなものが舞い落ちたのだ。

呪文が間違っていたのだ。だが、俺は嬉しくなった。


「は……はははははッ!近い!正解は近いぞ!これが研究!研究の喜びッ!!!!」



そうして俺は研究を繰り返し、辺りが真っ暗になった頃にようやく正解の呪文に辿り着いた。



「……アイス・ボール……」


透明な塊が手から離れ、ピューンと飛んで川にドボン。

しばらく眺めていると水面に浮かび上がってきて、そのままドンブラコと流れていく。


俺はすっかり冷めていた。


いいかげん、これは氷の塊を飛ばす魔法だということは理解できた。だが、それがなんだ。

暑苦しい発掘現場で使えるなら涼をとるためなどに少しは役立つかもしれないが、洞窟内での魔法は怒られたばかり。

よく話に聞く「相手を攻撃するための魔法」だったとしても、これくらいなら石でもぶん投げた方がまだマシだ。


「……魔法なんてくだらん」


川いっぱいにウジャウジャと流れていく氷を眺めながら、俺はそうつぶやいた。


その時だった。


「……いやっ、いやっ!」


遠くから女性の声。明らかに良くないことが起きている。


暗闇に包まれた河原で辺りを見渡すと、遠く離れた所で女性が――。


「……マネージャー!?」


枯れ木の根元でへたり込んだ彼女のそばに、デカいサルのような魔獣が近づこうとしている。

俺の声に気が付いたマネージャーが、こちらに怯えた表情を向けてきた。


俺は助けようと思った。


だが、インテリでデカい俺は足が速くない。

走って助けに入ったのでは間に合わない。


咄嗟に俺は足元を見た。


不運にも近くの石はほとんど俺がどこかへぶん投げてしまっていたので、残るはハート型の石のみ。


「クッ……。これは、投げられん……ッ!」


だが俺は気が付いたのだ。

つい先ほどまで、人の頭ほどの大きさの塊を手の平からポンポンと出していたではないか。


サルの魔獣は尻をポリポリ掻きながら、マネージャーの元にどんどん近づいている。

俺は右手を真っ直ぐ上に伸ばし叫んだ。


「ぁアイス・ボーぅルっ!!!!!」


もちろん、このまま放ってはただのスローボール。それはさっきの実験の数々で明らかだ。

だから、俺は――。



「くらえぇ!クソザルぅぅぅ!」


この、(カタマリ)を――。


「ダぁ・イぃぃリーダぁボールぅぅぅぅ……!!」


ぶん投げる!!


「いいィちごォォォうゥゥだァァァァァァッァアッッッ!!!!!!!」




俺の投球は彗星のごとく暗闇を駆け抜ける。

暴風を伴い、河原の石が舞い上がる(・・・・・・・)


バァンンンッッッ!!!……。




当たりはした。

いや、サルの魔獣には当たっていない。

当たったのは地面。魔獣から遠くて彼女の近く、というより顔の真横。


魔獣は音に驚いて逃げた。


マネージャーの顔が俺の方を向いている。


泡を吹いて。


次話、最終回。

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