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2、王太子ランツ・アスワール

 


「わたくしの、どこが、どう婚約者として不適格だというんですか!」

 視線で人を殺せるなら、きっと俺は今すぐ死んでるかもな。

 そんな風に思うほど目の前にいる美少女の視線は強く険しい。その圧の強さはどう考えても十歳の少女のものではない。

 でも、ここで日和る訳にはいかないのだ。

 大正義聖女ちゃんことセレちゅんの笑顔を曇らせる訳にはいかないのだから!

 つってもまだ会ったことないけどな! わはははは。でも俺は知ってる。あと5年我慢すれば会えるってことを。

 その時に、こころおきなくラブラブちゅっちゅする為には、俺にはいまこの目の前で激おこしてる美少女との婚約を阻止する必要があるのですよ。

 婚約者でないリアが相手なら大正義セレちゅんが負けるはずないのだから。



 俺の名前は、ランツ・アルワース。このアルワース王国の第一王子で王太子だ。

 とはいっても、この俺の意識自体はアルワース王国の王太子殿下のものとはちょっと違う。いや、生まれた時から今この時までの記憶もちゃんとあるし偽者って訳じゃない。

 俺には前世の記憶らしきものがあるというだけだ。

 まぁそれだけならそれほど珍しい訳でもないらしい。このアルワース王国を興した始祖も前世の記憶持ちだったって言われてるし、中興の祖と呼ばれるご先祖様もそうだったらしい。

 まぁ、つまりなんていうの? 俺もそれだけのポテンシャルを秘めているってヤツな訳よ。


 ただね、俺のその前世の記憶が問題な訳よ。

 このアルワース王国の国民だった訳でも、この世界の中にある国ですらなく、多分異世界というものなんだと思う。魔法使えなかったし。その代わりに科学に優れたまるっきり理の違う世界で生きてた人間のものだった。

 そこでヲタという至高の存在だった俺は、妹の見ていたアニメのヒロインに恋をした。まぁね、ゲームやアニメごとに嫁のいるある意味一夫多妻制が許された世界だったけど、ヒロインである聖女セレスちゃん(以下俺の嫁セレちゅ)は別格というかまさに正室。

 ふわふわの柔らかそうな薄紫色の髪と青み掛かったピンク色の大きな瞳。背は小っちゃくて、でも元気いっぱいで、どんなことにも一生懸命で、負けず嫌いで、笑った顔が愛らしい。

 セレちゅを讃える言葉なら、俺は何時間でも喋っていられるだろう。

 一緒に見てたアニメで一目惚れをして即ゲームをダウンロードしてやりまくった。

 乙女ゲームだから王子様から愛を捧げられて未来の王妃となったり、騎士団長に「あなたさまをすべてのものからお守りしたい」と永遠の忠誠と愛を誓われたり、魔術師団のエースから「お前みたいな騙されやすい馬鹿なんか放っておけるか。この馬鹿聖女」とツンデレ言われたり、神官長から「生涯を共に。神への祈りを捧げましょう」とか言われたりする。

 ふとした瞬間(ロード中の黒い画面に写り込む怪しい男を発見した時とか)、他の男を墜とす為の努力をする自分に虚しさが沸き上がったことがない訳じゃなかったけれど、愛らしいセレちゅのスチルを集める為なら睡眠時間を削ろうが、愛の証(課金やね)をギリギリまでぶっこもうが構わなかった。

 円盤や、派生ノベライズとかコミカライズとか薄い本とか、ありとあらゆるものを買い集め嵌まりまくったのは、沢山いる嫁の中でもセレちゅ唯一人だ。


 いかん。ついセレちゅへの愛を語ってしまった。

 語りたいのは、今俺がいるこの世界が、そのセレちゅが出てくる『追放聖女はそれでも世界を救っちゃいます!』の世界そのものらしいってことな訳ですよ。

 しかし!

 ここで注目すべきは、俺が前世の創作物の中に転生したってことじゃない。

 アニメもゲームも同じだったタイトルにある『追放聖女』の追放の文字だ。


 そう。ゲームでセレちゅに愛を捧げた王子様は、セレちゅの生まれ故郷であるアルワース王国の王太子ランツではない。俺じゃあないのだ。ないんだよおおおおお!!!


 王太子の婚約者であったリア・デール侯爵令嬢よりずっと強い回復魔法の使い手として国一番の聖女として名を挙げた聖女セレス(ちな孤児)が見つかったことで、元々の婚約を破棄し、新たな婚約者となることとなったセレちゅは孤児の平民を王妃とすることを受け入れることが出来なかった反対派(主にデール侯爵家)に陥れられる。

 馬鹿王太子はセレちゅの無実を訴える言葉をきちんと聞くことも、証拠を精査することすらなく国からの追放を命じてしまうのである。三流阿呆王子そのものだ。

 そうして魔物が跋扈する森に捨てられたセレちゅは、ひとり気丈にこの世界を救う旅にでるのであった(感動)


 という訳でですね、成長していくにつれて俺の知っているあのアニメの第一話にしか出てこないもしくはゲームの序盤にしか出てこない救いようのない阿呆王子である証をひとつひとつ拾い集めるようにしてきた俺は、その事実を受け入れると共にこの王国の王太子として生まれた自分を呪ったのであった。


 セレちゅに愛を捧げる隣国の王子に生まれたかったよぅ。

 もしくは俺的お気に入り隣国騎士団長アルバートでもいい。男が惚れる漢だった。はぁ。


 でもそこで中興の祖2人目になれるかもしれないポテンシャルを秘めた俺は気が付いたのだよ。


 俺がリアと婚約をせず初めからセレちゅの婚約者になることができれば、いじめから庇うこともできるだろうし、変な罠を仕掛けられたとしてもそれを阻止することだってできる筈だ。

 なにより正式な婚約者として俺からの真実の愛を捧げれば、追放されても我が国を含めた世界を救うべく努めてくれた大聖女セレちゅのことだ、きっとこの国(というか俺)を捨てないでくれるんじゃないか、と!!


 という訳で。

 俺はリア嬢との婚約だけは阻止しなければならない。つか他の令嬢ともだな。うん。



「とりあえず、“人を傷つける為の言葉をいつも探しているところ”、かな」

 だから、しっかりと釘を差しておく。

 リアを婚約者に据えることができない理由を、きちんと理解させておくことが重要だ。

「っ。……そんなことは」

「してるでしょ? してないと本気で思ってるならリア嬢の頭の中身が心配になる」

「失礼ですわ!」

 俺の台詞に怒って震えているリアは、それでも俺の言葉に対して反発しか覚えないようだ。もちろん俺は更なる追い打ちを掛ける。ちゃんと自覚して貰わないと困るのだ。


「では聞くけれど、今日誰かを褒めた?」

 俺のその言葉に、リアが言葉に詰まった。愕然とした様子で自分の言動を懸命に思い出しているのだろう。眉間に皺を寄せて考え込んでいたリアが、ふんっと顎を上げ胸元へ手を当てると俺に向かって告げる。

「………そうですわ! お母様の新しいドレスを」

「それは物であって人ではないよね。それに女性が新しいドレスを褒め合うのは会話を始めるお約束のようなものでしょう?」

 ばっさりと切って捨てる。

 着ている服を褒めるのは女性間ではごく普通のコミュニケーションではあるのだろうけれど、それは会話の糸口、枕詞のようなものでしかない。

「……」

 下を向いて黙りこんでしまったリアに聞かせるように殊更大きく溜め息を吐いた。

「では、昨日は? ……一週間の間では? ひと月なら?」

 期間を伸ばしても、自分の中に求める言葉が見つからないことに気が付いたのか、リアの表情が段々と苦しげなものに変わっていく。

 ついに、どれだけ遡ろうとも自分が口にしてきた人物評が難癖に近い悪評ばかりだということに初めて気がついたのか、リアの顔色は完全に色が抜けて見えた。まっしろだ。そうしてドレスのスカートを握りしめた指先も蒼白でフルフルと小刻みに震えていた。


「どうだ? お前には私の婚約者は無理だっていう理由が判ったか」

 俺の断じる言葉に、リアが弾かれたように顔を上げた。

 涙の溜まった碧い瞳に、俺の胸にちくりと罪悪感が湧いた。

 別に意地悪で言っている訳じゃない。

 これを告げることは、リアのこれからにとっても有益だと信じている。


「第一王子である私の婚約者は、この国の未来の国母となる可能性が高い。国母とは次代の王となる王太子を産むだけじゃ駄目なんだ。誰かの未熟さを指摘して身の程を判らせてやろうと追い落とすのではなく、この国のすべて国民すべてに対し、愛をもってその成長を促し育むことができる大地の様な存在。それこそが国母だと思っている」

 すべてを愛するのではなく、すべてを敵として引き摺り落とすことしか考えられない女を俺の横に迎える気はないのだ。

 ……嘘です。いや、嘘じゃないけどね? 次代の王国を背負うものとしては横にいて貰う人にはそうあって欲しいと、前世の記憶持ちであるこのランツ・アルワースはそう思うんです。

 まぁ俺には心に決めた大正義セレちゅがいるので、リアじゃなくても他の女など傍に寄せる訳にはいかないんだけどな。まだ会ったこともないけどな!


 とりあえず、伝えなくてはいけないことは全部告げられたと思うし、ショックを受けて真っ蒼な顔をしているリア嬢を見ながらお茶を愉しむ趣味はないので、席を立つことにする。

 リア嬢の為にもなると思って告げはしたけど、正直俺の益の方がでかい。

 後ろめたいという気持ちがない訳ではないのだ。

 だから、彼女にはひとりでゆっくりと心を落ち着けて貰おうとしたんだけれど。


「でも、……では、ランツお兄様! わたくしはどうすればいいのですか!!」


 涙を流した幼馴染にしがみつかれてしまっては、その手を振りほどくことなどできなかった。

 久しぶりにリアからお兄様呼びをされて、懐かしい気持ちになる。

 彼女が聖女になった頃から俺は『ランツ殿下』と呼ばれるようになり、自分の事も名前ではなく『わたくし』と気取って言うようになっていたからだ。俺もその頃は『リア嬢』ではなく『リー』と呼んでいた。


 ゲームにもアニメにも情報はなかったけど、同じ歳のランツとリアは幼馴染といってもいい存在だった。

 ちなリアが俺をお兄様呼びするのは俺の方が二か月年上だからだ。これだけは譲れん。

 王妃(俺の現世のオカンな)とデール侯爵夫人は同時期に懐妊したということもあって、妊娠中の不安を和らげるためによく相談をし合った仲なのだそうだ。

 だから、俺たちは生まれてすぐに引き合わされていたし、リアが聖女の認定を受けた時には俺も誇らしかった。

 その頃のリアには、生意気を言おうともどこか可愛げがあったし、前世の記憶があったから親戚の子供を見ている気分だったこともある。

 しかし。長じるにつれて段々と、聖女になったからには俺の婚約者になるのは当たり前だという態度や言葉が増え、性格も増長したものとなっていくリアに、俺の中でなにか疑念のようなものが生まれてきたのだ。記憶に掠める、というか。

 そうして、王妃主催の子供だけのお茶会の席で、某伯爵令嬢を「溝鼠みたいな色の瞳ね」と言っているのを聞いた時、俺はようやく気が付いたのだった。


 (あれ、もしかしなくても、リーって、リア・デールじゃね? ついでにランツ・アルワースって三下阿呆王子の名前じゃねえか! 名前は派生ノベライズにちょこっとしか出てこなかったから忘れてたよ)


 とな。


 ………その後は数日記憶にない。

 前世は覚えているのにな! 



「ねぇ。リア、ランツお兄様に嫌われちゃった? もうお兄様は、リアの事嫌い?」

 回想に耽っていたら、リア、…リーはぽろぽろ泣き出していた。うおっ。

 美少女の泣き顔おねだりの破壊力よ。

 本当はここできっかりと引導を渡しておくべきなんだろうけど……でもなぁ。


「……人の悪口しか言えない子は、嫌いだ」

 それまでずっと親戚の子供目線で見ていた分、どうしても甘くなる訳で。


「そういう言葉を言わなくなったら、嫌いじゃなくなる?」

 ……。俺の嫁大正義セレちゅにはあと5年で会えるようになる。

 それまでに、リアの心根を入れ替えることできたなら、その後に起こる虐めや、なにより国外追放しようとするような罠に嵌めようと思う事もなくなる、かもしれない訳で。


 だから、俺は「悪口のつもりじゃなくても、言われた人が悲しくなるような言葉を使う子は嫌いだ」と言い直す。さっき、リアが言った言葉が気になったからね。

 リアを、セレちゅを苛める悪役令嬢なんかにしなければいい。そうすれば、セレちゅの涙だって防げる。


「わかった。褒めればいいの?」

「急に褒められても受け入れられない人も多いと思うよ。リアはちゃんと『ごめんなさい』が言えるようになるのが先かな」

 俺の言葉に、リアが「ごめんなさい?」と何度も呟いている。

 自分が謝罪しなければならないことをしている自覚すらないのだろう。


「嫌なことをしてしまったことに気が付いて反省したら『ごめんなさい』だ。リアの言葉で嫌な気持ちになった人に対して謝罪をしてからでなくては、誉め言葉だけではその後の関係を構築することなどできないんだ」

 10歳の少女には難しい言葉だったか。でもこれもっと平たく言うにはどう伝えればいいんだろう。親になったことないから分かんねぇな。妹を叱るつもりでいえばいいのか。


「リアの黒髪を『汚い』とか『夜の闇色こわい』って言ってた人が急に『艶があってキレイ』とか言い出したら気持ち悪くないか?」

 俺の言葉に、ちょっと考えてからリアがこくんと頷く。素直でよろしい。

「……とても嘘くさく感じます」

「だろう? でも、『前に言った言葉は嫉妬しちゃったからなの。ごめんなさい』って言われてから『艶があってキレイ』って言われたら、どうだ?」

「! うれしい」

 目を大きく見開いて、頷くリアは可愛かった。

「だろう? きちんと嫌な言葉を選んでしまった理由と一緒に謝罪をしてからでなくては、褒めても受け入れて貰えないんだ」

 尊敬の光を込めて見上げてくる瞳に、ちょっと浮かれる。


「それでさ、リアはお前の髪のことを『夜の闇色って怖いわよね。悪魔みたい』って言った子と、『艶があって綺麗ね』って言った子。どっちが好きだ?」

「艶があって綺麗ね、って言ってくれた子、です」

 自分の選んできた言葉が相手にどう受け止められていたか分かったのだろう。

 リアは、返事の途中から辛そうに下を向いた。


「……悪口じゃなくて事実だとしても、相手には悪口なのね」

「悪口にしか受け取れない言葉を選ぶ子は嫌われて当然だと思わないか?」

 俺の言葉に、ぐっと止まっていた涙が溢れて嗚咽する声が混じる。


「嘘を吐く必要はない。でも、誰かをより傷つける言葉を探しながら会話する必要はもっと無いんだ」

 偉そうな俺の言葉に、リアは泣きながら何度も頷いていた。

 その姿に、心が痛む。


「リア。ごめん。言葉が過ぎた。リアの為を思って心を鬼にしようって思って告げたのだけど、でも厳しすぎたよね」

 本当は邪心の塊から出た発言だ。自分が一番よく判ってる。

 だから俺も反省しようと思う。

「……ホントです。お兄様、怖かったし、ひどいです」

「ごめん」

 しょんぼりしていると、つん、と袖口を掴まれた。


「でも、リアの為に言って下さったんですよね。判りました。怒られただけより、お兄様が謝って下さった後の方が、わたくしのココに届いた気がします」

 もう片方の手で自分の胸を抑えて、リアがそう言った。


 涙で汚れたままだったけど、ふにゃりと笑ってそういうリアを見て、俺ははじめて女の子としてのリアを可愛いと思った。






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