87話 真昼の決闘
俺とクリスはアビー姫と一緒に馬車で公爵邸へ向かっている。
レギウス村製の馬車はアビー姫に好評だ。
公爵邸には、昨夜のパーティーの出席者はほとんどの者が集まるだろう、とのことだ。
俺とクリスの格好はいつものボディスーツにマント、腰に剣と短剣、それと背嚢だけだ。
「ファルス=カン様、決闘は、その剣で戦われるのですか。」
「いえ、剣では相手に深手を負わせる可能性が高いので、今回は鉄棍を使うつもりです。」
「まぁ、お優しいのですね。クリス様?」
クリスは難しい顔をして眉間を押さえた。
「アビー姫、この決闘が街の噂になって、公爵の館の前には大勢の人が集まっているそうです。」
「まぁ、そうですの。」
「今この街に私の部下がいます。その者からの連絡ですから確かです。」
「リサか?」
「いや、キキからじゃ。メラニーとレベッカも一緒だそうじゃ。」
第二班の女性チームだ。
男性チームも来ているはずだが、奴らは街の外で冒険中だろう。そうであって欲しい。
公爵の館近くの道は人が集まり、さらに館に向かう馬車の列ができていた。
車列に並んでしばらくすると館の者がアビー姫の馬車を見つけて優先して館へ通してくれた。
◇
執事に案内された部屋で呼び出しを待つことになった。
「ファルス。キキ達から応援メッセージが届いているぞ。」
「あいつらもここに来ているのか。」
「いいや、街の菓子屋で中継を見ている。」
「中継?」
クリスは首もとのカメラを指差した。
なるほど、あいつら良い身分だな。
30分ほど待たされた後に執事が俺たちを呼びに来た。
今回の決闘にあたっては、クリスが賞品であり、アビー姫がその管理者となっている。
で、俺が決闘者の一人だ。
会場である庭に向かう途中の廊下で、クリスとアビー姫は階段を2階へ上がっていく。
俺はそのまま庭へと案内される。
庭の周囲と2階のテラスに人だかりができている。
昨夜のパーティーの出席者である貴族たちなのだろう。人は多いが静かな雰囲気だ。
それが、俺の姿を認めるとざわざわとした動揺が走る。
塀の外にも大勢の人がいるようだ。
どうやったのか、何人かの頭が塀の上から庭を覗いている。
「相手が来たぞ!月の人だ!」
ひときわ大きな声が響き、外から歓声が届く。
2階のテラスの中央にアビー姫とクリスの姿が見える。
アビー姫が挨拶した身なりの良い年配の男が公爵か。その隣が公爵夫人。
その奥にいる男が長男か?婚約者の第一王女の姿はないようだな。
オオオー!
庭の反対側から歓声が響く。
視線を向けると長髪長身で細身の身なりの良い男が歩み寄って来ている。
その腰には一振りの剣を帯びている。
右手には巻いた紙を握っているようだ。決闘状だろう。
俺も庭の中央に進み出る。
5mほどの距離で立ち止まった。
「イングウェイ=フォン=ディスケルハーへン。」
奴が名乗り、ジッと俺を見つめる。何だ?俺も名乗るのか?
「ファルス=カン。」
奴は右手の紙を広げて声を張り上げる。
「ファルス=カン!月の人クリスティン=サワー嬢との交際を掛けて、我、イングウェイ=フォン=ディスケルハーへンが貴様に決闘を申し込む。」
「その望みを捨て、決闘の申し入れを取り消す意思はないか?」
「無い。」
「わかった。勝敗の条件は?」
「無論、負けを認めてここより去るか、その首を我が刎ねれば終わりよ。」
「わかった。それで良い。」
オオオー!
庭の横手から執事が出てきた。
イングウェイより決闘状を受け取り一読すると、彼にペンを渡す。
イングウェイは決闘状にサインを書き、さらに短剣を指にあて、血判を押した。
執事は次に俺の所にきた。
俺はペンを受け取り、彼が差し出した決闘状を一読する。
文面は短く、奴の言葉通りだ。クリスの名前も正しく書かれている。
俺は自分の名前を書き入れる。
「どの指だ?」
「左手親指でございます。」
ボディスーツから左手だけを出す事はできない。
俺は情報パネルを操作し左腕部脱着指令を入力、ボディースーツの左腕部を肩から取り外し、足元に置く。
左手親指の腹に短剣の刃を滑らすと、俺のサインの横に血判を押す。
傷口はすぐに塞いでおくので、痛みも残らない。
執事は決闘状を携え、階段を2階へ上がっていく。
俺は外した左腕部を装着した。
緋色の腕輪が揺れる。
「腕が取れたぞ。」「あれは全身鎧なのか。」といちいち外野が騒ぐが気にしないでおこう。
公爵は届けられた決闘状を確認すると、その右手を挙げた。
俺の背後から男の大声が響く。
「これより、イングウェイ=フォン=ディスケルハーへン、ファルス=カン、両者の決闘を行う。
見届け人はディスケルハーへン公爵。
では、両名、武器を構えよ。」
周囲の歓声が静まる。
イングウェイは腰の剣を抜いた。
少し長めの片手剣。
柄頭に一つ、ガードに二つの魔石が嵌められている様だ。
まさか、飾りの宝石ではないだろう。
俺は背嚢をずらし、左手で鉄棍を取り出す。
リーチではこちらが有利だ。
俺が腰の剣ではなく棒を持っているので、周囲がざわつく。
イングウェイの表情も動いた。
「きっさまー!!なめおって!」
「はじめい!」
背後の男の声が掛かる。
「死ねい!」
イングウェイが剣を振り上げ、正面から突っ込んできた。
俺は鉄棍を奴の腹をめがけて突き出す。
「くっ、」
奴は体を左にずらし、右半身を大きく後ろに逸らした。
俺が鉄棍を横に移動させ奴の身体を押すと、重心が不安定な奴の身体はそのまま地面に倒れこむ。
周囲から悲鳴と驚きの声があがる。
俺は回り込むように一歩後退し、間合いをとる。
「くそっ。」
悪態をついてイングウェイが立ち上がる。
だが、今ので少し冷静になったか?
「ふっ、我としたことが冷静さを欠いてしまった。さぁ、仕切り直しだ。月の人、得意の魔法攻撃を見せてみよ。」
魔法攻撃を誘われて仕掛けるほど馬鹿じゃない。
だが、早々に終わらせる訳にもいかない。
馬鹿げた決闘だが、この結果を見て、もう二度と決闘を申し込んでくる奴が現れないようにしなくてはならない。
俺は左側に回り込みながら鉄棍を操り、突きを主体に上下左右に奴を翻弄した。
イングウェイは下がりながら鉄棍を捌いていくが、捌ききれずに身体に打撃を受けてしまう。
俺が一方的に攻撃を仕掛け、奴が捌く。
20激ほどを過ぎて、奴は大きく下がると身を放り出して地面を回転し、大きく距離を取った。
「この卑怯者め!その腰に下げている剣は飾り物か?我と正々堂々と剣で勝負する度胸はないのか!」
リーチの差が不利とみたのだろう。
奴は俺に剣を向けて屁理屈を言い放った。
だが、周囲からは奴の意見に同意する声が聞こえてくる。
仕方ないか。
「決闘の最中に武器を変えても良いのか?」
俺は上のテラスに座っている公爵に向けて質問する。
公爵は右手を上げた。
「許可する!ファルス=カンよ、武器を変えよ。」
今はイングウェイの背後にいる大声の男が許可を出した。
俺は鉄棍を背嚢にしまい、剣を抜く。
「言っておくが、次はあたると切れるぞ。」
「ふ、その前に我が剣がお前の首を刎ね飛ばす。」
俺と奴は互いに剣を構えた。
じりじりと間合いを詰める。
お互いに剣先を相手に向け、左へ廻る。
イングウェイの視線が自分の剣先を確認し、剣を突いてきた。
俺は奴の右横に身を沈めながら一気に間合いを詰める。
「なっ、どこに!?」
奴は身を沈めた俺を視界からはずしたようだ。
俺は奴の右に位置すると剣を水平になぎ払う。
狙い通り、俺の剣先は奴の右膝の下に斬り込み筋肉を断ち切る。
これでしばらくは立てないし、歩けないだろう。
剣を手放し大声を上げてのた打ち回るイングウェイに、俺は降参を迫った。
◇
「殺してしまっても良かったのじゃぞ。ファルス。」
「まぁ!」
「クリス。」
「まぁ、無事でよかった。迷惑かけたの、ファルス。」
「いいさ。」
果たし状を受け取ってしまったことに後悔していたのだろう。
やや視線を落としたクリスの頭を左手でポンポンと叩いてやる。
「あ、その腕輪。」
アビー姫が俺とクリスの腕輪を見た。
「ああ、ファルスの腕輪は私の篭手を買った時に一緒に買ったのじゃ。私のは私の篭手から作った話をしたであろう。アビー姫。」
「ええ、そうですわ。お話ししていただきました。クリス様。」
その時、部屋のドアがノックされ、執事がドアを開ける。
入って来たのは公爵だ。
「ファルス=カン殿。見事であった。」
俺は無言で頷く。
息子の暴走とも言える決闘に付き合わされたのだ、愛想良く歓談する気はない。
そんな俺の顔を一瞥した公爵も同じ気持ちなのだろう。
公爵の合図で、布に包まれた剣を持った執事が部屋に入ってくる。
「貴殿が望んだ、イングウェイが所持していた剣だ。勝利の証に収めるがよい。」
俺は布をまくり剣を確認する。
柄頭に一つ、手元のガードの表に一つ、裏に一つ、魔石が嵌められている。
鞘に収められた剣を背嚢に収める。
俺達は公爵邸を後にし、レギウスの館からレギウス村に戻った。
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カッシーニ81、甲板区画の一室。
「リサさん、ファルスさんが決闘してるそうですよ。」
「へっ?決闘?」
「今、二班の連絡通知を確認したんですが、ほら、これが映像のリンクです。」
「あ、ファルスさんだ。相手は、誰?あっ、」
「お、おー、見事に倒しましたね。」
「え、終わり?しまったぁ、見逃したのかぁ。」
次回88話「噂の武器屋」
イングウェイの魔法剣の出所を探ります。




