8話 工作機
「火炎弾!」
「氷壁!」
「空中浮遊!からの渦潮!」
俺たちは魔法の練習を続けた。
運動場は焼けて、焦げて、水浸しになっている。
『大尉、現在時刻1750。定時連絡10分前です。』
「ああ、ありがとうメティス。
よし、一度、中央指令室に戻ろう。」
「はい。」
リサが空中から応える。
ホークも続く。
中央指令室に戻り月面基地と通信を接続した。
「はい、月面開発基地です。」
女性のやわらかい声が聞こえた。
第一司令部のパメラ少尉だ。
「こちら輸送艦カッシーニ81、第二司令部所属操縦士ファルス=カン大尉だ。
マクレガー艦長はいるか?」
「艦長は寝込んでいます。あれは使い物になりません。
ホーキンス中佐に繋げます。」
パメラは明るく言ったが、内容は辛辣だ。
「おう、ファルス。
なんだ定時連絡とは真面目な奴だな。
艦長とマーカスは寝込んでるぞ。
すっかり気落ちしちまってな。」
「そうですか。皆の様子はどうですか?」
「甲板部員たちはエレベータの復旧作業に掛かっている。
なんせ、食い物まで500m昇らないといけないし、ボディスーツの老廃物交換もしないとな。
エレベータが直れば、脱出艇を降ろしてきて改修に入る。
そっちのコンピュータから月面基地内の隔壁を利用した改修案が来たからな。
こっちは忙しいぞ。」
メティスの奴、そんな事をしていたのか。
後で褒めておくか。
「了解です。今後も惑星降下に有効な手段があれば、随時資料提供いたします。」
「頼んだ。あぁ次の連絡は24時間後で良いからな。」
「了解です。」
通信を切った。
「艦長が気落ちしたのは想定外でした。」
「歳でしたし、新しい環境への対応が難しいかも。ですね。」
「艦長はまだ52だぞ、老け込むには早いだろう。
まぁ、脱出艇の改修が進めば、元の調子になるさ。
メティス、資料提供ありがとう。」
『いえ、ナンドゥールからの資料提供です。
惑星開発部隊の計画案を解析し、現状を分析し、改修案を提供しました。』
そういえば、情報共有する、と言っていたな。
「では、ナンドゥールに感謝の言葉を伝えてくれ。」
『了解。ナンドゥールより返信、"気にするな。"、以上です。』
”気にするな”か。
ナンドゥールの方も人間臭い。
ならば、普段接してきた甲板部員たちを惑星上に降ろす為の計画案だ。
内容に関しては完璧なんだろう。
「大尉、月面基地へは、まだ伝えないんですね。」
リサが浮かびながら聞いてきた。
「まだだ。彼らがこっちに来てから自慢しよう。
さて、食事をして続きをやるかな。」
「了解。」
「私は甲板の指令船に行きます。工作機の操作訓練を始めますので。」
「ああ、そうだな。だが甲板部員たちも戻ってこれそうだが。」
資料解析も、現地人の確認も、色々中途で止まっている。
だが工作機の操作はやはり覚えておくべきだろう。
「よし、俺も操作訓練を始めよう。ナンドゥールにも挨拶しておかないとな。」
◇
工作機操作教習は20時間コース、マスターポッドでの操作訓練だ。
実際の工作機は使用せず、仮想空間で実機同様の操作結果を得る。
甲板内には静かだが力強い音が響いていた。ホークによると海の音らしい。
「ナンドゥール、ファルス=カンだ。よろしくな。」
『ようこそ大尉。ナンドゥールだ。準備は出来ている。』
司令船を前にした俺の挨拶にナンドゥールが応える。
甲板長に似ているな。
声も男性の低音ボイスだ。
時刻は1857。
今夜は2200までの予定で、司令船内のマスターポッドに乗り込む。
座席に座り、固定ベルトを装着すると搭乗口の上部パネルが閉まり、全周モニターが点灯する。
フットレバーに足を載せ、2本の操縦レバーを握る。
搭乗者確認モードが起動し、座席位置の自動調節機構が働く。
起動確認正常終了の表示が正面モニターに表示された。
続いて”工作機操作教習 改訂版”のメニューが選択されている。
改訂日は1061年266日。今日だ。
さらに13488年212日も併記されている。
もしかして、現地時間か?
「ナンドゥール、教習内容が改訂されているのか?」
『そうだ。惑星重力下における基本操作教習として改訂しておいた。』
対応が速い。
「よし、始めるか。」
操縦レバーを操作して教習を開始する。
基礎的な知識と操作教習は兵学教習でやったので覚えている。
細かいところは、その後の士官教習で忘れてしまった。
なので、まずは一つづつのおさらいだ。
最初の2時間は機体動作の確認教習。
3時間目から任務遂行の一連の操作演習に入る。
工作機は全高3mの人型をしている。
2本の短い脚、四角い胴体内にはバッテリーとコンピュータ、背部に通信機と4枚の放熱板。
2本の長い主腕。
主腕の肘の内側に2本の短く細い副腕。
胴体からも2本の細い多関節副腕。
頭部は前方に張り出した長方形のフード型をしている。
このフードの外周に6個のカメラが付いていて、この映像がマスターポッドの全周モニターに表示される。
さらにフードの上面に上方カメラ1個。
背面に1個、これは放熱板が周囲の岩石に触れないための確認用だ。
腹部上部に手元カメラが2個、そして背部に伸縮カメラ1個が装備されている。
頭部フードの内側は10個の格納スペースになっていて、それぞれに工作機器が収納されている。
これらを駆使して、測量し、地面をならし、穴を掘り、土砂を運ぶ。
基本動作はプログラムされているので、その基本動作を組み合わせていくのだが。
船の操艦なんてやっていると、一か所に留まってちまちまやるのは新鮮だ。
演習教習で2回コケた。
衛星上での機動なら背面爆発を起こしていたところだ。
改訂版で良かった。
いや、重力下での起動だったからこそ、コケたんだな。
2220、予定を少しオーバーしてマスターポッドを出る。
ホークはまだ教習中のようだ。
情報パネルにリサからの”本日終了”メッセージが届いていた。
俺もホーク宛てにメッセージを送信して、個人用ポッドに戻った。
■■■
『本日の教習は以上だ、ホーク中尉。』
「ありがとう。ナンドゥール。いくつかの教習項目がスキップされたようですが。」
『そうだ。ホーク中尉の操縦スキルに応じて基礎教習項目をスキップしている。』
「そうでしたか。」
幼年学校では工作機操縦が得意だった。
その後に戦術戦略科目で成績を伸ばし、戦闘艇による戦術シミュレーションで好成績をとった。
そのおかげで戦艦パイロットとして教育を受け任官したが、配属先は輸送部隊を希望した。
工作機が好きなのだ。
不幸な事故の連続でこのような境遇に陥っている我々だが、こと工作機操作に関していえば、甲板部員が不在の今はチャンスだ。
自分で工作機を操り、原状回復を実行する。
わくわくしてきた。
少し落ち着こう。
直近で必要なのは、何だ。
情報だ。
第四惑星に不時着したが、周辺の情報は何もない。
艦内の状況は分かるし、それに対処しなくてはならない。
だが、外部はどうだ。
情報を集めなければ。
「ナンドゥール、少し相談があります。」
『なんだ、ホーク中尉。』
「カッシーニ81の外部環境情報を知りたいのです。その為の機材の作成をお願いしたいのですが。」
『なるほど。惑星上における施設設備周辺警戒システム構築のための機器構成が資料にある。これが参考になるだろう。』
「見てみましょう。」
周辺警戒というだけあって、索敵範囲20km圏内を想定したレーダー網構築機器が並ぶ。
この動体検知レーダーは役に立ちそうだ。
索敵範囲は50mから3000m、検知レベルは秒速1m以上から、か。
敵の姿を捉えるカメラは現地人や動物の知識が無い我々には必須だろう。
赤外線カメラも必要か。
「ナンドゥール、望遠カメラと赤外線カメラを組み合わせた撮影機を作りたいのですが、動体検知レーダーを組み込んで目標設定を自動化できますか。」
『了解した。標準モデルに動体検知レーダーを組み込むのが良いだろう。固定式と移動式が選択できる。』
「カッシーニ81の周辺探査が目的なので固定式で良いです。それぞれに索敵範囲を設定して担当させましょう。
移動式は現在の船体外殻確認用カメラがありますしね。」
『了解した。カッシーニ81船体周辺をカバーするのならば、最低8機、索敵範囲のカバー率を200%にするには12機が必要だ。』
「では12機でお願いします。対象を2台のカメラで捉えられれば情報精度は十分です。」
『了解した。機器製造完了予定は36時間後になる。その後に船体への取り付け作業に移る。システム側の構築はメティスに依頼した。』
「ありがとう、ナンドゥール。」
『うむ。』
「それと、脱出艇一機に空いている個人用ポッドを3機搭載しておいてください。
地上に上陸する際に使う可能性があります。」
『了解した。』
「では、そろそろ休みます。」
『了解した。ホーク中尉。』