7話 魔法ってなんだよ
目覚めて時計を確認する。
1419、40分ぐらい寝落ちしたらしい。
座席横のスペースにコーヒーカップが置かれていた。
指令室内を見渡すとホークが居ない。
リサは自席についていた。
「リサ、コーヒーありがとう。ホークは休憩か?」
「大尉、おはようございます。
ホーク中尉は甲板へ行きました。司令船を出すそうですよ。」
「そうか。」
休んでいたのは俺だけのようだ。
みんな働き者だな。
「大尉がお目覚めになりましたので、私、運動場に行っても良いですか?」
「ああ、良いぞ。留守番は任された。」
「お願いします。」
そうだな、リフレッシュに身体を動かすのも有効だ。
俺は前回の第二勤務をビリヤードとカードで過ごしてしまった。
そういえば、中央管理コンピュータからの運動推進プログラムが通信ボックスに溜まっていたな。
そうか、甲板部員の連中とカードで遊ぶのも、もしかしたらもう出来ないのか?
うん、負けてたクレジットはご破算だな。
いや、クレジット自体、もう意味のないものなのか?
そもそも使う場所が無くなってしまった。
食料と水は食堂で供給される。
しかし、補給を受ける基地は、もうないぞ。
「中央か、いや、メティス、補給が受けられないとして、水と食料の備蓄は何日持つか判るか?」
『乗船人員が現在の3名と仮定しますか?』
「ああ、それで良い。」
月面基地の連中がこっちに来れるかは、まだ不明だしな。
『飲料水については循環装置が正常作動している限りは供給が可能です。
食料につきましては50987食分の備蓄がございます。3名で3食を消費される場合、5665日分に相当します。
他に緊急用の備蓄が3000食分ございます。』
「ありがとう。」
そうか、乗員100人が300日活動できる分は用意されていた。
3人なら十分持つか。
しかし、いずれは食料も現地調達しないとな。
月面基地は?
脱出艇の搭載備蓄は10名が10日間生存できる分の水と食料だ。
それが5隻分で1500食。
いや、副艦長の司令部用脱出艇は4人分だからそれより少ないか。
今、何人いるんだ?
艦長と第一指令部で4人、副艦長、甲板長に甲板部員22人だから、計28人か。
すると15日分か。あまり余裕はないか。
「メティス、脱出艇で大気圏突入はできるのか?」
『現状では機体構造の問題で成功率は20%以下です。
これを改修することで、脱出艇による大気圏突入は可能になります。』
「改修?できるのか?どうやって?」
『惑星開発部隊の資料に”脱出艇の改修計画”があります。
それによると、輸送艦の外殻装甲を脱出艇の追加装甲とし機体剛性の強化に利用しています。』
「・・・そうか。」
惑星開発部隊には5番艦があった。
だが、今の月面基地には輸送艦は無い。
俺は左腕の通信パネルでホークを呼び出す。
「こちらファルス=カン大尉だ。ホーク中尉、聞こえるか。」
「こちらホーク中尉、現在甲板内の司令船におります。
司令船は保管庫から出庫した後に反転し、現在、床への固定作業中です。」
「よく短時間でできたな。」
「中央管理コンピュータがメティスとなったように、甲板管理コンピュータも”ナンドゥール”となりました。
甲板長の様に頼りになりますよ。」
「・・・そうか。何かあれば連絡してくれ。」
「了解。」
「メティス、艦内にコンピュータは何人いるんだ?」
『艦内での独立したコンピュータシステムは私の他に医療管理コンピュータと甲板管理コンピュータの2名です。
その他の機能系システムはすべて私たちの制御下で稼働しております。
また工作機、脱出艇、指令船等に搭載されているコンピュータは私たちほどの機能を備えておりません。』
「そうか、3人仲良くやってくれ。」
『かしこまりました。情報共有に努めます。』
「もしかして、月面基地のコンピュータや5番艦の中央管理コンピュータも、か?」
『月面基地コンピュータは、私ほどの機能を備えておりません。
5番艦については、情報不足により判断できません。
5番艦中央管理コンピュータとの通信を試みましたが、接続に失敗しました。』
「いや、5番艦はもう無いだろう。」
ジャンプゲートから月面基地に帰還したとはいえ、それは1万年前の話だ。
『いえ、5番艦は1114年に第四惑星に着陸しております。
現在も第四大陸近海の島にあります。
この島は赤道上に位置し、自転制御装置埋設地点であり、ナノマシン発生機が設置されています。』
前面スクリーンに上空から映した地上画像が表示された。
北緯0度0分9秒西径0度0分4秒と表示されている。
1145年の写真だ。
銀色の船体が輝いている。
船首から船尾にかけて赤色の縦線。
船体中央に所属部隊名と艦番のX61554-5、その下に艦名ベネラ231。
間違いなく5番艦だ。
こうしてみると、大きな損傷は見当たらない。
無事に月面基地に帰艦したように見える。
やはり、恒星系内への退避行動が正解だったのか?
だが、生存者はいなかった、との報告が。
何か起きたのか?
いや、生存者無しは本当なのか?
惑星上に降りてきて、開発部隊は地上で暮らしたのか?
疑問が次々と浮かび上がる。
その時、通信パネルに呼び出しが入った。
「こちら、リサ=メンフィス少尉です。」
「カン大尉だ、どうした?」
「大尉、すごいです!!。すごいことができました!!。運動場に来てください!」
興奮した彼女の声が響いた。
こんな声は初めて聴いたぞ。
「落ち着け少尉。何が凄いんだ。」
「これは見ないと判りません。ホーク中尉にも声を掛けますから、すぐに来てください!」
通信が切られた。
何が起きたんだろうか?
「メティス、中央指令室を空ける。外部からの通信はリサの情報パネルに転送してくれ。」
『了解。』
「運動場で何が起きたのかは、知っているな?」
『はい、メンフィス少尉と連絡を取り合っております。
詳細については現地でメンフィス少尉からのご説明があるようですので、私からは以上です。
ホーク中尉も司令船内の作業を中断し、運動場へ向かうようです。』
「行ってくる。」
指令室を出て6階層上の運動場へ向かう。
何だろう、メティスの応対が人間臭く感じる。
そういえば基礎教育で”人工知能有害論”があったな。
大丈夫なんだろうか?
◇
運動場についた。
船員区画の最上部階層にあるのが運動場だ。
この階層の通路にはラバーが貼られており、ランニングコースになっている。
階層の中央に天井の高い運動場がある。
周囲にはロッカー室、シャワー室、器具運動室、休憩室(カード部屋)などの部屋が配置されている。
「大尉、こちらです。」
運動場の中央にリサが立っていた。
小走りに駆けよって来る。
いや、速い!
「お呼び立てしてすいません。」
「いや、良いが。今のは、いや、走るの速いな。」
「ふふふ、すごいんですよ。お見せしますし、大尉にもできますよ。」
「何?」
「よっ!」
リサは、膝を軽く曲げてジャンプした。
いや、飛び上がった。
天井の梁にぶら下がっている。
天井高は何メートルだ?8mぐらいあるか?
そして、5m程離れた床に降りてきた。
「どうです?すごいでしょ。」
「ああ、この部屋は惑星重力下だよな?」
「そうですよ。あっ、ホーク中尉、お疲れ様です。」
「ホーク、見たか?今の。」
「いえ、今、来ましたので、何ですか?」
「では、もう一度やりますね。コツはイメージする事、です。それでは、よっ!」
リサがふたたび天井まで飛び上がる。
今度は回転して降りてきた。
「どうです。凄いでしょ。」
「ああ。」
「凄いですね。体内ナノマシンのバージョンアップの影響ですか。」
「そうです。天井まで飛び上がる。床にふわりと降り立つ。
頭の中でイメージすると、体内ナノマシンが対応してくれるんですよ。
さらにですね。
こんな事もできます。
吹雪!」
リサは俺とホークに背を向けると運動場中央に向けて右手を振った。
その右手の振りに合わせた様に、白く細かい氷を含んだ冷たい風が起こる。
その風は数秒で止んだ。
「な、なんだ、今のは。」
ホークは無言だ。
リサが振り向いた。
得意げな表情をしている。
「今のはですね、ブルードラゴンの説明にあった、周辺ナノマシンを利用した”魔法”です。」
「魔法?、魔法ってなんだよ。」
「えーと、詳細はメティスが説明すると間違いないのですが、簡単に言うと、
私が頭の中でイメージした現象を、
周辺ナノマシンに送信して、
周辺ナノマシンが頑張って、実現している。ってことです。
あっ、今の吹雪は自然現象映像をモニターで確認して、それをイメージしました。
凄いでしょ。」
リサが一気にまくしたてた。
「凄いですね。こうですか?」
ホークが同じように手を振る。
突風が吹いた。
が、今回は冷たくない。
「そうです。今のは風のイメージですね。」
「はい、吹雪というのが、良く判らなかったので。
しかし、これは大変な事ですよ。」
二人の視線が俺を向いた。
俺もやるのか?
イメージ、イメージ、風の吹くイメージ。
「よっ。」
俺も右手を前に突き出す。
が、何も起きない。
「大尉、イメージできてませんね。」
「くそっ、イメージってのが良くわからん。」
「練習しましょう、大尉。これは凄いんですから。頭の中に現象を思い浮かべるんですよ。」
「モニターだ!メティス、あの壁面モニターにその吹雪の画像を出せ。」
『了解。』
その後、俺たちは練習に没頭した。




