6話 ドラゴンってなんだよ
「ドラゴンってなんだよ!?」
思わず口から漏れてしまった問い。
返事は俺の頭の中に響いた。
『ドラゴンとは惑星上に存在する生物種です。
7個体が存在しています。
このブルードラゴンは体長60m、翼長142mになります。』
「なんだ?、中央管理コンピューターか?接続状態じゃないのに、なぜ・・・。」
『第四惑星到着後より艦内および乗員の体内ナノマシンへのバージョンアップが実行されております。
その結果と思われます。』
「バージョンアップ?」
俺はホークとリサの顔を見る。
二人とも呆然とした顔をしている。
「中央管理コンピューターと会話しました。」
リサが驚いた声を上げた。
そうだ、中央管理コンピューターとはこれまでも情報のやりとりはしている。
だが、それはこちらから中央管理コンピューターに接続し、資料開示や観測数値の確認をするのだ。
そこに音声のアナウンスはない。
音声アナウンスとしては艦内への注意喚起や警報等の定型文があるだけだ。
決してこちらの問い掛けに音声で応答するようなことはなかった。
「ナノマシンだけではないですね。中央管理コンピューターも何らかの影響を受けています。」
ホークの指摘ももっともだ。
「バージョンアップ内容も気になる。
中央管理コンピューター、更新内容を前面スクリーンに出せるか?」
『はい、表示できます。
それと、私の呼称は”メティス”となりました。
先程リサ=メンフィス少尉によって命名されました。』
「えっ?」
「あっ、会話するなら、名前が無いと不便ですから、つい。」
「確か”知識の女神”の名前でしたね。良い名前じゃないですか。」
リサの言い訳にホークが同意した。
まぁ、良いだろう。
前面スクリーンにナノマシンのバージョンアップ内容が表示されている。
宿主者身体への影響力行使の強化。
宿主者意識との情報伝達機能の強化。
周辺ナノマシンとの情報伝達機能の強化。
詳細項目がずらりと並ぶ。
「これは、ナノマシンを利用した疑似サイボーグの様な感じですね。
身体の反射レベルや筋力増強もありますよ。」
「昨日の疲れは、この影響もあったんでしょうか?」
そうだ、ジャンプゲート事故から不時着、資料解析と続けて作業していたが、俺たち3人はいつもより食事を多く摂り、仮眠もした。
非日常の作業ゆえの精神的、肉体的疲労のせいと思っていたが。
ビービービー
『ブルードラゴンが直上に到着しました。現在高度2000mを通過中。』
視線を周辺画像に向ける。
そうだった、こいつが来てたんだ。
前面スクリーンにブルードラゴンの様子を表示する。
大きな翼を広げ、首から長い尾までのすらりとしたシルエットがはっきりと映し出された。
大いなる者。畏怖すべき存在。
俺の頭の中で恐怖に似た感情が湧き起こる。
このまま南へ向かうか?
いや、駄目か。
ブルードラゴンが西へ飛行方向を変え円を描くように北上してくる。
「見つかりましたかね。」
「そのようだな。」
海上に浮かぶ銀色の船体は目立つ。
朝日を受けているなら猶更だろう。
ブルードラゴンは速度と高度を落としながら上空を旋回している。
こちらを観察している様だ。
大きな翼を広げ、長い尾のシルエットが優雅に飛んでいる。
翼は動かしていない。風に乗っているのか。
「このまま、見ているだけかな?」
「こちらは動きようがないですからね。単なるモノとして興味をなくしてくれれば良いのですが。」
俺とホークが楽観的な想像をしていると、ブルードラゴンが急速に高度を下げてきた。
俺たちは自席に着席している。
だが、どうなるか?
「ホーク、リサ、衝撃に備えろ!」
二人がベルトを装着する。
俺もベルトをセットして、画面に視線を戻す。
ブルードラゴンは南方の上空から下降し、艦の上に降り立った。
着地直前の風圧によって、ブルードラゴンの着地自体は静かなモノだった。
が、船体はその風圧で傾ぎ、大きく揺れた。さらにブルードラゴンの重みで軋む。
スクリーンにその巨体が大写しになる。
青く光沢のあるうろこ状の皮膚、腹や首の内側には白く短い毛が生えている様だ。
長い尻尾、長い首、大きな口、大小4本の角、黄色く光る眼光。
こいつがブルードラゴンか。
船体上部に留まり、翼を畳み、首を巡らせ、足元の船体を観察している。
「ふむ。これが天空から飛来した物か。輝く石塊とは珍しいが。石塊は石塊か。」
ブルードラゴンの声が響く。
すぐに巨大な翼を広げ、南方上空へと飛び立っていった。
どうやら石塊、隕石と思ったらしく、興味を失った様だ。
「行きましたね。」
「しゃべりましたね。」
「しゃべったな。」
『ドラゴン種は人間同様の知識を有しており、発声器官を備えておりますので、会話が可能です。
また体内ナノマシンを有しており、周囲のナノマシンとの連携も可能です。
ブルードラゴンはその機能を利用し、』
「まて、まて、まて。何だと、ドラゴンが、いまのが、知的生命体なのか?」
『はい、ドラゴン種は知的生命体です。』
中央管理コンピュータ”メティス”の返事に俺は自身の混乱を自覚した。
この10分程の間で、大量の新情報がもたらされた。
「た、大尉。」
「なんだ。」
リサがおずおずと声を掛けてきた。
「月面基地から通信が入っています。」
俺は時計を確認した。
1305、予定時刻にこちらから連絡がないので、月面基地から連絡してきたか。
ふぅ。
俺はリサに向かって手を挙げ、一息入れてから月面基地との通信に出た。
「こちら輸送艦カッシーニ81。」
「マーカス中佐だ。そちらの状況はどうだ。」
逃げ出した副艦長だ。
「こちらは異常ありません。惑星開発の資料解析継続中です。」
俺は情報発信をしなかった。
そう、全ては未確認情報であり、不確定だ。
そんな情報は混乱を招くだけだし、説明のしようがない。
「そうか、では次の連絡を待つ。」
通信は切れた。
まぁ、副艦長なら、この程度だろう。
「大尉、朗報です。」
「どうした。」
次はホークだ。
「先程のブルードラゴン着艦の衝撃により船体の傾斜角が左14度から左3度に回復しました。」
「そうか。」
朗報は朗報だ、喜んでおこう。
あのままグルグルと転がされずに助かった。
だが800m超の船体を動かすとは、どんな威力だ。
『ブルードラゴンについての説明を再開しますか?』
メティスだ。
今回は指令室内のスピーカーから声が聞こえる。
リサとホークがうなずいている。
「説明の続きを頼む。」
『はい。
ブルードラゴンは体内ナノマシンを有し、周囲のナノマシンとの連携も可能です。
ブルードラゴンはその機能を利用し、氷雪を含んだ冷風を操ります。
棲息域は北半球に位置する第一大陸を中心とした周囲となっております。』
「以上か?」
『以上が概説となります。生態や体内構造の詳細資料は別にございます。』
「いや、今は概説で十分だ。」
「よろしいですか?」
ホークは質問があるようだ。俺はうなずく事で発言を促した。
「ドラゴンは7個体。大陸は北半球に3つ、南半球に4つ。ということは、それぞれの大陸にドラゴンが1頭づつ居るのですか?」
『その通りです。
北半球の第一大陸にブルードラゴン。
第二大陸にグリーンドラゴン。
第三大陸にブラックドラゴン。
南半球の第四大陸にオレンジドラゴン。
第五大陸にイエロードラゴン。
第六大陸にホワイトドラゴン。
第七大陸にレッドドラゴンが棲息しております。』
「あの、知的生命体は、そのドラゴン以外にもいますよね。」
リサが尋ねる。
『はい、他に人類種として7種、下等種として35種が居ります。
人類種7種はレギウス星人の遺伝子情報を基に他の生物種の遺伝子情報を組み合わせております。
下等種35種は、類人猿の遺伝子情報をベースに環境適応性を高めております。
知的生命体は大陸ごとに分布しており、それぞれの大陸に人類種1種と下等種5種が棲息しております。』
「まるで、いや、計画的だな。惑星開発部隊が計画して、そうしたのか。」
『はい、カルー少佐による”惑星における人類種の育成計画書”による一連の計画に従って運用中です。』
「運用中?今もか?」
『はい。』
「それは、1万年以上の間、ずっと、継続中なのか?」
俺は念を押した。
『はい。1074年103日に計画が登録されて以来、12414年108日間継続中です。』
「その計画について、概要を教えてくれるか?」
『初回登録後に数度の追加、変更があります。また、多くの関連資料が存在します。
”惑星における人類種の育成計画書”の骨子としては、
1.レギウス星人の遺伝情報を基に環境適応性を高めた新人類を生み出す。
2.ナノマシンの性能強化を試み、事象への介入力を高める。
3.クローン体の育成とナノマシンを介した記憶の引き継ぎについて。
となっております。』
「メティス、ありがとう。」
俺はメティスとの会話を打ち切った。
情報が多すぎて混乱が続いている。
惑星開発部隊の連中は一体何をしたんだ。
「大尉、コーヒーお持ちしますね。」
「ああ、頼む。」
リサが食堂へ向かった。ありがたい。
ホークは自席で目を閉じている。
メティスと通信しているようだ。
俺も目をつむる。
そして、眠ってしまったようだ。
俺はドラゴンにまたがって宇宙を飛んでいた。
「これは夢だ。」と夢の中で叫んでいた。
■■■
白い部屋。
床も壁も天井も白く、部屋の中に置かれたテーブルと椅子、天蓋付きの豪奢なベッドも白い。
3方を白い壁で囲われた部屋の外には白い石で装飾されたテラスがあった。
テラスから吹き込む緩やかな風が部屋の中にまで届き、青空からは暖かな日差しが差し込む。
扉の無い部屋。
そう、この部屋の白い壁には、扉がなかった。
この部屋の住人は、その大きく空けられたテラスから出入りするようだ。
ピピッ
この部屋にそぐわない電子音が小さく響く。
「ん~。」
ベッドに横たわっていた部屋の住人が目を覚まし、ベッドから起き上がる。
白い。
肌は白く、腰まで届く長い髪の色も白だ。
薄い唇の紅色と金色に輝く瞳だけが彼女の有する色彩だ。
20歳ぐらいの女性。
身長175cm。
スリムな体形に長い手足。
暖かな陽光に裸体をさらしながら部屋をゆっくりと歩む。
彼女は椅子に腰掛けると、テーブルに置かれたティーカップを手に取り暖かな紅茶を口にする。
テーブルの一点が青い光を明滅させている。
彼女がその指を青い光に翳すと、テーブル上の空間に映像と文字が表示された。
彼女はその映像を見、しばし動きを止めたが、やがてゆっくりとティーカップを卓上に戻した。
「ふふふ、昨日の報告では隕石かと思っていたけど、これはアレよね。
レギウス軍の宇宙船じゃない。」
う~ん。
しばし黙考する。
「まぁ、今更よね。特に会う必要もなし。見張りだけ付けとくかな。」
彼女は椅子から立ち上がり、テラスへと向かう。
彼女の身体が一瞬の光に包まれると、彼女は茶色の革の服とマントを身にまとい、紅い魔石の付いた杖を手にしていた。
茶髪茶瞳の姿になった彼女がテラスに現れる。
すると、テラスの横の空間からヌッと首を伸ばすものがあった。
オレンジドラゴン。
「オレンジ、ブルーに伝言”隕石には手を出しちゃ駄目”って伝えて。」
彼女はオレンジドラゴンの首を伝って根元まで行き、突起の間のくぼみに座る。
そこが彼女の定位置だ。
オレンジドラゴンは大きな翼を伸ばし、大空を滑空し、下方に見える雲海を潜り抜けて行った。