4話 惑星開発の成果
俺とホークは中央指令室に戻った。
リサは前面スクリーンを始め、いくつかのスクリーンを使いながら作業を進めていた。
「あれ?早かったですね。問題あり、ですか?」
「重力反転が作動していないのを失念していました。
現状では操作パネルに手が届きません。」
ホークはリサ相手にも丁寧に受け答えをする。
リサは、それを聞いて肩をすくめた。
ホークは自席に戻り重力子機関の制御パネルを確認する。
その表情を見るに状況は変わらず、だ。
基本的に重力子機関の修理は艦上ではできない。
重力子機関が不調をきたした場合は、救難信号を出し、サルベージ船に曳航され、
基地の造船ドッグに入り、重力子機関は撤去され、新品の重力子機関に交換される。
撤去された重力子機関がその後どのように修理されるのかは不明だ。
重力子機関の取り扱いはレギウス軍の最高機密事項の一つとされている。
俺たちにできるのは、制御パネルの数値を確認することと、出力値の数値を上下する事だけだ。
俺は中央管理コンピュータに姿勢制御ノズルの動作状況を確認させた。
姿勢制御ノズルは船体外周に沿って24基が等間隔に配置されている。
全456基。生き残りは182基だった。
上部のノズルは使える。これで右舷を沈めるように噴射した場合に傾きを修正できるだろうか。
シミュレートしようと思ったが、やめた。
既定のシミュレート環境は無重力下における船体姿勢制御だ。
船体下部が海底に接地しているような状況では、使える結果はでない。
そもそも海底の強度もわからないのだ。
噴射による圧力に耐える可能性も大いにある。
「リサ、こっちは手詰まりだ。情報解析を手伝うよ。」
「僕もです。」
「では、大尉はジャンプゲート宙域からの航行レポートの確認をお願いします。
ホーク中尉は惑星開発部隊の活動報告レポートが来ましたので、そちらの分類と内容確認を。
大尉も航行レポートが終わったら手伝ってください。
あっ、月面基地のレーダー探索情報にアクセスできました。
艦長たちの脱出艇4隻を確認。
副艦長の脱出艇1隻を確認。
艦長たちは8時間10分後、副艦長は10時間後に到着予定です。」
脱出艇に搭載されている小型重力子機関では速度が出ない。
到着までには時間が掛かる。
「了解した。」
「了解。」
俺とホークも資料整理を始めた。
◇
俺たちレギウス星人は人工授精卵から生まれ、3歳までを生育局で育てられる。
3歳になると、体内へのナノマシン注入処理が施され、3年間の基礎教育プログラムが施される。
体内ナノマシン経由による知識の植え付けだ。
この体内ナノマシンは、体内の健康管理や外部情報伝達機器とのデータリンクを担っている。
今回の様な多くの既存資料の内容確認だと、目視による確認よりナノマシン経由の方が速い。
脳内に展開される仮想空間で作業を行う。
2時間ほど作業を続けていると、不意に強烈な睡魔に襲われた。
転送ゲートから不時着までの緊張と、慣れない資料確認の疲れがでたようだ。
ホークとリサも同様に疲れと空腹を感じていたので、俺たちは仮眠と食事をとりながら作業を続けた。
ジャンプゲートでの事故発生からのデータ解析によると3番艦の信号途絶は確認したが、
恒星系内に向かっていた5番艦の信号は受信できている。生還できたのだろうか。
本艦カッシーニ81は10SS(恒星系内運航速度)加速に到達後2秒後にジャンプゲートの重力波に捕まる。
恒星系内への回頭を開始して81秒後のことだ。俺たちに時間は無かったようだ。
だが、その1秒後には通常空間を航行していることになっている。
重力子機関の不調が発生し、推力が急速に低下している。
俺たちが気付いたのはこの時点だろう。
体感では10秒以上は揺れていたと思ったが。
恒星系外縁部から第四惑星軌道上までの距離をジャンプし、さらに時間も跳躍したのだろう。
現在位置不明のまま進み、惑星引力を感知し、今に至る。
続けて、入手した惑星開発部隊の活動報告レポートを確認していく。
最終レポートはレギウス歴1143年49日。
約82年間の活動だったようだ。
惑星開発部隊員の最小年齢は18歳だった。
ちょうど100歳まで活動できたのだろうか?
最終活動レポートの内容はたった一言”我々は旅立つ”だった。
記入者はカルー少佐。
活動レポートの内容は多岐に渡り専門用語も多い。
解説資料を補助に読み進めていくが、時間が掛かる。
途中、脱出艇との通信が可能となり艦長に海上への不時着成功とタイムジャンプと思われる時間経過について報告した。
艦長はしばらく沈黙した後に資料確認作業の継続を命じて通信を切った。
◇
23時になろうとしていた。
さすがに残業が過ぎる。
「2人とも、そろそろ休息を取れよ。」
「うーん、妙ですねぇ。」
リサが声をあげた。
「何かあったか。」
「はい、当初の惑星上へのナノマシンへの命令は惑星環境の整備です。
大気組成や、火山活動の促進ですね。
これは活動予定プログラム通りです。
その後の地殻活動の安定と大気組成の結果を見てから、生態系の環境プロセスに入るんですが・・・。
月面開発基地への初期設備には動物系の資材が無いんですよ。
でも惑星上の動物の群れを確認した映像があるんですよ。
ジャンプゲートは無くなりましたから、補給船は来てないでしょう?
当初の計画では惑星の地殻と気象状況整備を進めて植物の繁殖を確認。
ここまでで5年の予定です。
その後に補給船で運ばれてくる動物種の繁殖です。
惑星上の動物はこの星由来なんでしょうか?
だとしたら、もしかしたら、知的生命体もいる?」
「通常の開発プロセスによれば、知的生命体の発生は抑制されますね。」
ホークが答える。
そうだ、我々レギウス星人の為の惑星開発が目的だ。
その開発結果、他の知的生命体を生み出してしまっては問題が発生する。
だが、1万年以上経過している。可能性はある。
俺は前面スクリーンに第四惑星を映し出した。
月面基地から惑星表面を精査した図だ。
陸地と海の比率は5対5。
北半球に3つ、南半球に4つの大陸と大小の島々が点在している。
北半球の大陸の海岸線に赤い点が表示されているのが、カッシーニ81の現在位置だ。
「人工的な建築物をマークしろ。」
中央管理コンピュータに司令を出す。
するとそれぞれの大陸に次々と黄色のマークが点き始めた。
その数は1000ヶ所を超えた。
我々の現在位置付近には2か所。北に140kmの内陸部と170km南の海岸線にマークがある。
さらに南西の内陸部、南の海岸線にマークは続いている。
どうやらここは、現地人の土地から見て北東の端にあたるようだ。
右側面スクリーンに船体外周カメラの映像を並べる。
宇宙船の光学カメラの搭載数は少ない。前方カメラやエアロック周辺の固定設置カメラの他は、船体外殻の現況確認用移動カメラが20基程度だ。
それらのカメラを起動し、船体外周に向けて動体確認モードで画像解析を指示する。
空を飛ぶ鳥らしき物体を検知した。
陸地や海上には何もないようだ。
空は夕暮れが近い。
恒星は低い位置で輝いている。
空には月が2つ浮かんでいる。
「うかつだったな。周囲への警戒を怠っていた。」
「夜間の惑星図面に切り替えます。」
ホークが前面スクリーンの映像を切り替える。夜間の惑星表面図が映し出される。
黄色にマークされた地点に光が見える。
「やけに暗いな。」
「文明レベルは低いようですね。電気灯は発明されていないのかな?」
「高解像度映像がありましたが、これは1140年に惑星開発部隊が撮影したものです。」
左側面スクリーンに緑のジャングルと川の流れが大写しになる。
同様の写真が複数枚続く。
1枚の写真に草原と10数頭の動物の姿が映っていた。
表示された解説文によると馬の群れだ。
「惑星開発部隊が動物の繁殖にも成功していたようだな。」
「でも、どうやって?」
「それは、資料を読み進めていけば判るかな。」
「大尉、現地人と接触しますか?」
「うーん、リサ、艦長たちの到着予定は?」
「後25分程です。」
「艦長たちが月面基地に到着してからだな。今後の方針もそうだし、月面基地の設備が使えれば現在の都市部の高解像度映像も入手できるだろう。
現地人の生活拠点とは距離があるから、直ぐには接触しないだろうし、こちらから出向くにも距離がある。」
「探索用小型機でもあれば良かったんですけどね。」
「輸送艦だぞ。そんなもの積むスペースがあれば、コンテナ積むだろ。」
ホークの愚痴とも言えない言葉に輸送艦乗りの古典の返しをする。
俺たちは疲れていた。
外は夕暮れ時。
艦内時刻は23時を廻っている。
艦長たちは25分後に月面基地に到着してからが忙しくなる。
副艦長もその後に合流するだろう。
「2人とも今日はここまでだ。明朝0600まで休んでくれ。」
「大尉は?」
「艦長たちの月面基地到着を確認したら寝るよ。先に行ってろ。」
「了解。」
リサとホークを指令室から追い出す。
下手に残っていて何か問題が発生したら、休むに休めなくなる。
俺も資料解析作業を中断し、艦長たちからの連絡待ちの態勢を取った。
「あ、大尉。」
席を立ち上がりつつ、ホークが報告してきた。
「我々が出発してからの月面基地の状況を軽く見たところ、5番艦ベネラ231は月面基地に帰還しています。」
「そうか、帰還できていたか。朗報だな。」
「それが、”生存者無し”と報告書には記録されていました。」
「そうか。」
「では、第三勤務に入ります。」
リサとホークが指令室を出て行った。
5番艦は生還したか。
但し、機体損傷かなにかで、生存者無し。
俺の選択は間違っていたんだろうか。
俺は資料を探して詳細情報を確認することはしなかった。
ホークは「軽く見た」と言ったが、きちんと見ているはずだ。
それをこのタイミングで軽く言った、という事は、この話題はこれで終了、なのだろう。
だが、月面基地に辿り着いた艦長たちには、いずれ知れるだろうな。
まぁ、その時、仮に糾弾されたとしても、それはしかたない。
それにしても、現地人か。
一体どんな連中なんだろうか。