29話 戦う理由
「ファルス、どうした?」
考え込んでいる俺にクリスが訊いてきた。
「クリス、いや、皆、教えてくれ。俺たちは何で、ゴブリン共を倒したんだ?」
「大尉?」
「それは、・・・ゴブリンは人間の敵だろう。ファルス。」
「そうですよ。人間の敵です。」
「そうだな、人間の敵だ。だから、この集落を見つけたから、俺たちは迷わず戦ったんだ。
だがな、ここのゴブリン達は、誰の敵だ?
ここに人間は住んでいない。
将来的には住むかもしれない。
もしかしたら島のどこかに、人が住んでいるかもしれない。
だがな、ここにいたゴブリン共が人を襲っていたわけではない。
俺たちは、なぜ、このゴブリン達を倒したんだ。」
「ゴブリンは人間の敵。倒すべき敵。」
「そうです、クルーガー少尉。ゴブリンは人間の敵です。
大尉、これはナノマシンによる教育、知識の植え付け、ですか。」
「そうだろうな。俺もゴブリンを認識した時、倒すことしか考えていなかった。
前にオークと会った時もそうだ。」
「このゴブリンも逃げずに襲ってきました。
ゴブリンやオークにもナノマシンの教育がされているのでしょうか?人間は敵だ、と。」
「そこまでは、俺にもわからん。ホーク。」
「つまり、ナノマシンは人間とゴブリン達を強制的に戦わせている、ってことか。ファルス。」
「そうだ。それで間違いはないだろう。
それが、惑星開発部隊が用意した、この世界のルールだ。」
◇
南東にあった山岳地帯。
その山の中腹に円形の湖があり、中央に直径50mの島があった。
この中央の島にあるのが、ナノマシン発生機だ。
俺たちは上空からその島に降り立った。
「見事な円形だな、ファルス。ナノマシン製かな、これ。」
「この規模なら、工作機を使ったかもな。いや、この地下には自転制御装置が埋まっている。その跡を利用したのかもな。」
「この湖は、動物がナノマシン発生機に近付かない為の処置、ですかね。」
ナノマシン発生機は10m四方の黒い立方体だ。
上部に幅数ミリの細かいスリットが空いていて、そこがナノマシンの放出口になっている。
内部構造は機密であり、輸送艦で運び、甲板要員が操作して衛星軌道から降下させて設置している。
表面は特殊構造体で成形されていて一切の継ぎ目がない。
それに隣接する形で長さ10m高さ5m幅5mの長方形の建物が置かれている。
この建物は惑星改造後に設置されたものだろう。
「大尉。この建物のサイズは、船室区画のパッケージと同じですね。」
「5番艦の区画か?構造材としては頑丈だからな、そのまま利用したのか。」
輸送艦の内部構造物は機能別に分割パッケージングされている。
その内の一つ、船室区画統一規格が、この長さ10m高さ5m幅5mだ。
輸送艦、駆逐艦、航宙空母、そして戦艦でも共通だ。
どうやら5番艦の設備は取り外されて利用されているようだな。
「カン大尉。こちらに入口がありますよぉ。」
レイチェルが建物側面で手を挙げている。
「侵入対策していると思うか?」
「ここまで接近できましたし、設置された当時に入口から入るのは惑星開発部隊だけですから、大丈夫だと思われますが。」
「万が一、があるからなぁ。」
「ファルス、早く来い。中は凄いぞ。」
「開けたのか!」
ホークの溜息が聞こえた。
中は予想通りだった。
貨幣製造機が並んでいる。
奥にある機械の用途が不明だが、回収されたであろう魔石が流れているので、ナノマシン再生に関する機械だろうか。
貨幣製造機の周囲には金、銀、銅の鉱石、回収された貨幣、新造された貨幣が整然と並んでいる。
見ていると、新造された金貨数十枚が保管場所からシューターに押し出され下方の黒い小箱に入った。
そして消えた。
「これは、転送ですか?」
「そうだろうな。女神の館でお祈りがされて、供えられた魔石がここに転送され、代わりに金貨が転送されていく。
お祈りは魔法だ。お祈りをすることでイメージができるんだろうな。」
「なるほど、お祈りによるイメージ化ですか。」
「お祈りの文言は決まってますから、どこでも同じ結果が得られるんですね。」
「そうだな、魔法を使った貨幣と魔石の流通システムだ。」
「ホーク、魔法は便利だよな。
部族長の村での宴。あの時、光の魔石を使ったライトがあっただろう。」
「はい、ありました。」
「あれがある以上、この世界で俺たちが知る科学的技術に基づく機械式ライトはできないだろうな。」
「・・・そうですね。いまだに電気を扱えていないようですし。」
「1万年以上経ってもこの世界の文明レベルは低い。
おそらく、それはナノマシンによる影響だ。
科学の最先端技術がこの世界の科学技術の発展を阻害している。」
「大尉。」
「俺たちがここのナノマシン発生機に細工したり、破壊してしまうと、この世界のルールが変わるな。
世界が変わる。
変わってしまった世界に対しての責任が、俺たちには生じてしまうが。」
世界への責任。
この世界を作った惑星開発部隊のメンバーにはそれがあった。
だからこそ自らを神としたのか。
この世界の責任者。管理者としての存在。
大神ゴメス、か。
責任を背負う覚悟があったからこその大役なのか。
「ファルス、考え過ぎだ。
この世界の責任はこの世界に生きる者が皆で背負うものだ。
それに、今ここで、うちらが何もしなくても、いずれ誰かがここへ来るぞ。」
「そうですね。かつて一人の小さき人が船で海を渡りました。
彼がこの島に来ていたらここに辿り着いたかもしれません。
そして、海を渡る者が彼で終わるとも思えません。」
「それにこの世界の発展が遅いからと言って、私たちが世界のルールを変える必要もありません。
この世界にはこの世界のルールがあり、ここの皆さんはこの世界で生きています。
それは私たちが背負う責任ではありませんよ。」
「カン大尉、私たちはこの世界に後から来た来訪者です。郷に入れば郷に従え、です。」
「そうだ、パメラ。良い事言った!
ファルス、ここの事はここの住民に任せておけば良い。
私たちは革命家ではない。
この世界に迷い込んだだけであり、この世界を見て廻る、いわば無責任な観客だ。」
「無責任・・・」
「そうそう。だから、ここのナノマシン発生機も、この貨幣製造機も、ここで順調に稼働中という事を確認したら、それで終わりで良し、ですよ。大尉。」
「そうか、それで良いのか。」
「はい。」
「そうだぞ、それで良い。
多少は気に要らないこともある。
おかしな知識も植えつけられた。
だからこそ、間違いを犯すことも、ある。
だが、それでも良いんだ。
それに気付いたら、悪い事に気付いたら、もう、しなければいいだけの、それだけの、話なんだから。」
クリスは泣いていた。
リサも、パメラも、レイチェルも。
俺はクリスを抱きしめた。
クリスの言葉は、俺に向けた言葉で、自分に向けた言葉で、皆に向けた言葉だ。
◇
日暮れを迎え、俺たちはこの中島で休んだ。
寝れば、高ぶった感情も収まり、少しは冷静に振り返れるだろう。
俺たちは輸送艦乗りだが、軍人だ。
敵は倒せと教わっている。
だが、あのゴブリンは俺たちの敵ではなかった。
俺たちは、俺たちの意志がナノマシンに操られていたこと。その事が悔しかった。
そして、その事に気付けなかった自分たちが情けなかったのだ。
ゴブリンと戦った時、あの時の俺たちは軍人ではなかった。
ただの殺戮者だった。
この先もゴブリンと戦う事はある。
それはゴブリンが敵だからだ。
仲間を守る。自分を守る。その為に敵を倒す。
戦う理由があるから、敵を倒す。
俺たちは軍人だ。殺戮者ではない。
俺たちの戦いには戦う理由があるんだ。
軍司令部が無いこの世界で、俺たちが俺たちであるために、これは心にしっかりと留めておく。
次回30話「海を越える」。
前回は渡りましたが、今回は越えます。




