2話 大気圏突入
白い視界。
延々と続く圧迫感と振動。
ふいにそれらが途絶えた。
見えなかった操作パネルが視界に戻り、前面大型スクリーンは宇宙空間を映し出している。
「無事か?」
俺は指令室内に声を掛ける。
「だ、大丈夫です。」
ホークが応える。
「こちらも大丈夫です。」
「私も大丈夫だ。船内確認を行うから、君たちは現在位置の確認を頼む。」
リサに続き、マーカス副艦長も応える。
指令室内は問題無いようだ。
モニターには注意表示と警告表示などの各種表示が流れている。
「重力子機関・・・出力5%・・・」
ホークが震える声で告げる。
標準出力が80%。待機状態でも20%の出力だ。
重力子機関には変調が起きているらしい。
俺の航法スクリーンも”現在位置測定中”の表示のままだ。
通常なら周辺の恒星情報、恒星系内なら惑星情報を検知して常に表示されているはずだ。
「救難信号送信。周辺の通信モニタリングを開始します。」
リサも不安なのだろう、声がかすれている。
「脱出艇確認。全員無事だ。」
マーカス副艦長が報告してきた。
「艦長。はい、司令部は無事です。現在状況確認中です。」
艦長から通信が入った様だな。
ビービービー
一際大きな警告音が響く。
前面スクリーンに流れるメッセージ。
『本艦は現在、惑星引力圏内にあり。15分後に大気圏に突入します。』
「なにぃ!!」
前面モニターは船体後方を映していた。
ジャンプゲートの状況確認のために切り替わったままだ。
そのモニターをリサが慌てて操作する。
船体前方に切り替えると惑星の夜の面が大写しになった。
右手には月が見える。
大気があり、雲があり、陸地と海面が見えた。
ここはレギウス本星では無い。
だが、だとしたら、ここは何処だ!?
この様に条件の整っている惑星は初めてだ。
「ホーク、重力子機関の出力は?」
「5%、変わりません。」
「くそっ。副艦長、墜落します。」
「なんとかならんのか!」
なんとかしようにも、重力子機関が動いてなければ、どうにもならない。
姿勢制御ノズルを操作して、大気上層でのバウンド効果を試みるか?
上手くすれば衛星軌道にのって惑星周回が可能かも。
「ホーク、重力子機関の出力を姿勢制御に優先しろ。」
「了解。」
「つ、通信です。外部から通信が入りました。」
「何処からだ!」
リサの慌てた声にマーカス副艦長が問い質す。
「データ通信です。発信元は、1033-1-4-1。
惑星開発部隊の月面基地です。」
「なんだと!
では、ここは、第四惑星なのか?」
「月面基地からのデータ通信が続きます。
ですが、異常です。
データの作成日時が、おかしいです。」
「何がおかしい?」
「未来です。
1062年、1063年、未来の日時の活動報告データが送られてきています。」
リサと副艦長の会話が耳に入るが、こっちは墜落回避の為の作業で忙しい。
一体どうなっているんだ。
ビービービー
再び警告音が響く。
『本艦は現在、惑星引力圏内にあり。10分後に大気圏に突入します。』
「リサ!警報を切れ!」
「警報は切れません。音量を最小にします。」
「艦長!はい、了解しました。脱出艇射出します。」
船体から振動が伝わる。
外部装甲をはずし、4隻の脱出艇が離艦した。
「諸君、司令部の我々も脱出する。脱出艇で月面基地に退避し、惑星開発部隊と合流する。」
副艦長が告げる。
だが、それに俺は反対した。
「ダメです。
あれが第四惑星で、未来の報告データが届いているんですよ。
リサ、今届いている報告データの日時は?」
「えっ。あっ、せん・・・1100年を超えました。」
「副艦長、おそらく、この船はタイムジャンプをしました。
一体何年飛んだか判りませんが。
それに、こちらの救難信号に答えたのが月面基地からのデータ通信ですよ。
月面基地に誰かいれば、救助連絡が入るはずです。」
「だとしても、この艦に残れば墜落するぞ。私は行くぞ。」
副艦長は座席を立ち上がった。
「ホーク中尉、メンフィス少尉!」
二人に声を掛けるが、二人は動かない。
「行くぞ!」
マーカス副艦長は部屋を出て行った。
中央指令室の1階層下に脱出用ポッドがあり、そこから中央司令室用の4人乗り脱出艇に乗り込める。
「いいのか、二人とも?」
「問題ありません、大尉。」
ホークが平静を装って言う。
「月面基地より、第四惑星に行く方が楽しそうですからね。大尉。」
リサが軽口を装って言う。
「よし、不時着に備えろよ。」
「了解!」
警告表示は大気圏突入まで4分24秒を表示していた。
船体から振動が伝わる。
司令部用脱出艇も離艦したようだ。
「大尉、船体水平位置。大気圏には下部甲板区画から接触します。」
「了解。あとは任せろ。」
と言ってみたものの、大気圏突入の経験なんてない。
操艦マニュアルも用意されていない。
ままよ。
青い大気層が迫る。