123話 黒蜘蛛の森
冒険者ギルドのいつもの部屋。
「支部長。こちらが鑑定結果です。」
「ご苦労。」
「では、失礼いたします。」
ネイマー支部長にトロール退治と黒いゴーレムについて報告した。
黒いゴーレムの落とした輝石は素材買取所でも珍しい物だったので、鑑定作業が必要だった。
「ふむ。ゴーレムの輝石、そのままの名前だな。金貨8枚だそうだ。売るか?」
「効果がありますよね、支部長。それもお知らせしないと。」
「・・・効果は魔法使用時に消費魔力が半分になるそうだ。レア品だな。」
「こういった物は、普通はどうするんだ?」
「普通はギルドに売るな。」
「支部長!カンさん、こういう貴重品は普通は売りません。自分達で魔道具屋に持ち込んで加工してもらいます。
たとえば、剣や杖、盾や防具に付けます。魔石のサイズが小さいものならペンダントや指輪に加工する場合もあります。」
「リサ、どうする?」
「えーと、消費魔力が半分になるんですよね。じゃあ、これを付けると転送門の魔石が半分で済むのかな?」
「判断に時間が必要そうじゃな、ファルス。」
「そうだな。では、すまないがこの輝石の扱いは保留にする。」
「分かった。売る時はぜひ、このギルドに持ち込んでくれ。」
「支部長・・・。」
◇
翌日の早朝。
今日は俺たちだけで、黒蜘蛛の森で蜘蛛退治だ。
黒蜘蛛の森はゴーレムの岩棚とは反対方向に森の道を進めば良い。
冒険者達が動き出す前に森へと出た俺たちは、森の道の上空を飛ぶ。
上空へ上がると、すぐに黒蜘蛛の森の位置は分かった。
緑の葉が茂る森の中、白い蜘蛛の糸で覆われた一角がある。
◇
「これは予想外、想像以上ですね。」
「火炎系の魔法が使用禁止だと言っていた理由はこれじゃな。ファルス。」
「蜘蛛の糸は採取品だと聞いていたが、確かに、これが一度に燃えては大惨事になるな。」
俺たちは糸に覆われた森の境に降りた。
森の道は、蜘蛛糸に覆われた木々の中へ伸びている。
うす暗い森は木々の連なりもまばらで、葉の少ない枝の連なりが続く。
そして、いたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされている。
俺たちは拾った木の枝で、蜘蛛の糸を避けながら、道を進んだ。
「これは、うっとおしいのぉ。」
「眠れ、眠れ、眠れ、眠れ、」
「リサは、何をぶつぶつと言っているんだ?」
「眠れ、私達の周囲10mの蜘蛛を眠らせています。もう、うじゃうじゃ居て大変ですよ。」
「赤い模様が毒蜘蛛で黄色い模様が麻痺蜘蛛だったな。」
「取り扱い注意じゃったな。どちらも採取対象とも言っていたが。」
「眠れ、眠れ、眠れ、眠れ、」
「まぁ、採取は他に任せよう。リサ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです。私、小さいのがうじゃうじゃと蠢いているのが苦手なんです。」
「そうじゃったか?リサ。」
「私もさっき気が付きました。気が付いたら、もう駄目です。」
「では、リサの為にも、奥へ急ぐとしようか。」
「うむ。」
◇
奥へ進むと、周囲の子蜘蛛の数が減り、手のひらサイズの大きめの蜘蛛が目立つようになった。
このサイズは嫌でも目に付く。
さらに、30cm、1m超のでかいのが現れ始める。
こいつらは木の洞、地面の中などに居ることが多い。
「ふふふ、このサイズになれば、もう大丈夫ですね。」
「眠りの魔法はもう終わりか、リサ。」
「そっちは今も継続中です。私が言わなくても、ナノリサがしっかりやってくれてますから。」
「そうか。」
俺はリサの顔を見た。
ナノリサの存在は以前に聞いている。
今、その存在が眠りの魔法を唱えて、実際に魔法が起動している、という。
並列意思のような振る舞いだ。
ナノリサの実行力は、どこまで適用されるのか。
ナノマシンが操っていたトロール、ゴーレム。
リサの身体をナノリサは操れるのだろうか?
俺やクリスの体内ナノマシンも、そうなるのか?
「ファルスさん?」
「ああ、すまない。それで、5m超えのでかぶつはどうだ?いそうか?」
「んー、まだですね。3mクラスはいますよ。」
「では、さらに奥へ進むか。」
「了解。」
「クリス?」
「ん、何じゃ、ファルス。」
「いや、大丈夫か?」
「ふふふ、大丈夫じゃ。ちょっと、あの目が、たくさんの赤い目が、気になるだけじゃ。大丈夫じゃ。」
これは、クリスも大丈夫じゃなさそうだな。
「クリス、クールダウン。」
「うむ。さっき掛けたからの。大丈夫じゃ。リサ。」
「うーん。ちょっと手を借りても良いかな。」
「なんじゃ。」
「ちょっと痛いけど、すぐ済むからね。」
「つっ、指先を切ったのか。なるほど。」
「ナノリサがこうした方が良いって。私のナノマシンに対応策があるから、それを送るの。はい、終わり。」
「ありがとう。リサ。」
「どういたしまして。」
リサがクリスの手に重ねていた手を離す。
今のやりとりは何だ?
「ファルスさんは大丈夫そうですね。」
「そうなのか?」
「うちももう大丈夫じゃ、行くぞ。ファルス。」
◇
奥へ進むほどに周囲の蜘蛛の巣は密度を増し、蜘蛛の糸は紐の様な太さになり、布のような広がりを見せ、壁の様な厚みで重なりあっている。
既に木の枝では払いきれず、剣で切り開くが、蜘蛛の糸は、剣に纏わり付いてしまう。
「これは、他のパーティーがクエストを受注しない訳だ。」
「ふむ。風切を乱発すれば行けなくもないが、いまいち効率が悪いの。リサ。」
「これは、クリスもできるよ。ファイヤーストームの要領で、炎の変わりに風切をのせるんだよ。」
「なるほど!」
クリスが両手を前に突き出す。
「クリスティン=サワーが命ずる! 風よ吹け! 渦巻く暴風となりて我が道を阻む蜘蛛の糸を切り刻め! ウィンドストーム!」
周囲の空気がクリスの前方に出来た風の渦に吹き込み、一瞬の間、力を貯めこんだ風の渦は一気に前方へと放たれた。
ゴォォォォ
前方に吸い込まれそうな身体を踏ん張り、風が止むのを待つ。
クリスの前方には、直径2m程のトンネルが出来ていた。
◇
トンネルは直径2mだが、足元が狭く、俺が先頭でクリスとリサが続く縦隊を組んでいる。
「むぅ。これはこれで歩きずらいのぉ。ファルス。」
「円形にくり貫いたからな。足元が狭いのは仕方ない。周囲に気を付けろよ。」
「しかし、こう木の枝があっては。」
「あははは、クリスってば、わざわざ蜘蛛の糸を切り刻めってお願いしたからね。ナノマシンはきちんと仕事したじゃない。」
「むー。それはそうじゃな。ナノマシンには感謝しておる。」
「待て。」
前方、トンネルの穴を覗く者がいる。
白い人影のようだ。
こんなところに人がいるか?
俺の検知結果は蜘蛛だ。
だが、あのシルエットは、人間の頭に、細い胴に、肩から腕が出ている。
その手には何も持っていない。
顔の表情ははっきりしないが、赤い目がこちらを見ていた。
「何じゃ、ファルス。何かでたか?」
「ん~。蜘蛛の反応ですけど。ファルスさん何ですか?」
「白い人影を見た、が、今はいないな。リサ、分かるか?」
「20m先に3体います。でかいのが1匹と、他に2匹。位置はやや下方ですから、窪地ですね。」
「そうか。」
炎の魔法は使えない。雷の魔法も火災の危険があるので使えない。
足元は土なので、土壁と穴掘りは問題ないな。
今回は飛んで逃げるのも、難しいか。
「どうやら目的地のようだな。」
「ふむ。1戦やるには、狭いのぉ。」
「先の地形が分かりませんよね。」
「うかつに動けないが、ここは奴らのテリトリーだ。動かなければ、それだけで危険度は増す。
リサ、睡眠の魔法はどうだ?」
「周囲10mが有効です。近付きますか。」
「そうだな。10m進んだところで、クリス、左にもう1本の通路を開けてくれ。
俺は直進する。クリスは左からだ。
リサはその場で睡眠の魔法の効果を確認してくれ。効果が無い場合は、クリスに続け。」
「了解。」
ゆっくりと前方に向う。
周囲にいる蜘蛛たちに動きは無い。
前方の3匹も動きは無いな。
目標の10m地点に着いた。
俺は振り返り、クリスと目が合う。
一つ頷くと、クリスは両手を前方に突き出す。
「クリスティン=サワーが命ずる! 風よ吹け! 」
「クリス!ストップ!!」
リサの叫び声が聞こえるのと、俺が前方からの風を感じるのは同時だった。
俺の左前方から風が、強風が、風の渦が、蜘蛛の糸の白い壁を纏って襲い掛かってきた。
反射的に左手の盾を構えてクリスの前方に出る。
クリスはリサが飛びついて、地面に伏せて、リサのマントの影に入った。
ゴッッオオオオォォォォォ
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュ
強風の轟音が耳を震わせる。
そして、蜘蛛の糸や木々の枝葉を切り刻む音が近付いて来る。
これは、クリスの魔法と同等の物だ。
つまり、蜘蛛が魔法を撃ってきたのか。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュ
周囲を切り刻む音が大きくなった。
俺の盾が、淡く光る。
足元、リサとクリスのマントも淡く光った。
盾を持つ左腕に衝撃を感じるが、それも徐々に収まる。
収まったか?
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュ
今度は切断音が俺の盾から生じて、前方に向って飛んでいった。
何が起きているんだ?
「おっ、魔法反射が上手く起動しましたね。」
「リサ。」
「ファルスさんが決闘した時の、相手の魔法剣の仕組みを、その盾に仕込んでいるんですよ。
それより、前方の視界が開けましたよ。大きいですねぇ、あの蜘蛛。」
「うー、リサに押し倒されたぁ。この光るマントは何じゃ。リサ。」
「相手の魔法を吸収して魔力にしたんです。ほらほら、蜘蛛が動きましたよ。」
次回124話「3匹の蜘蛛」
ボス戦です。




