120話 トロールの岩棚
「気がすすまんのぉ。」
「大きくても、子供ですからねぇ。」
「とはいえ、じゃれついて人を食うような子供だからな。」
「むー、そうじゃな。」
俺たちの前には、いびきをかく5匹の子竜がいる。
リサが仕掛けた眠りの魔法は、まだ有効のようだ。
「リサ。腹を剣で切って、胃袋を捜して、中身を調べた後、魔法で直せるか?」
「いや、無理。」
「無理か。」
「クリス~。治療の魔法って難しいんだよ。人の怪我を治すのだって大変なんだから、構造の分からない竜なんて無理なんです。」
「う、すまん。」
「そうか、腹を切る必要はないな。口からなら胃袋まですぐだろう。」
「なるほど。さすがファルスじゃ。」
「えっ、この体ですよ。腕伸ばしても胃まで届かないですよ。」
「いや、口を開けて、風魔法で胃の中身を取り出そう。」
「うむ。さすがファルスじゃ。」
そういう事で、俺とクリスが子竜の首をまっすぐ伸ばして、口を大きく開ける。
リサは、子竜の眠りの維持をしつつ、胃の中から内容物を出す係りだ。
微妙な気圧の調整が必要らしい。
出てきた内容物は、異臭漂う何かが溶解した塊だ。
クリスとリサはヘルメットを装着し、俺は我慢しつつ、冒険者カードの捜索をする。
一匹目と二匹目は空振りした。布切れが出てきただけだ。
三匹目と四匹目の胃の中から1枚づつの冒険者カードが出てきた。
五匹目を処理する前に、彼らの寝床にあった皮鎧に付いていた布袋の中に3枚目の冒険者カードを見つけた。
放置していた親の地竜の焼け爛れた身体だが、冒険者ギルドでは、角、牙、爪を買い取ってくれるという。
そして、角の骨が地竜の討伐成功の証だそうだ。
俺たちは3人で手分けして地竜の素材を回収し、最後にクリスが魔石を回収した。
すると、地竜の身体は、さらさらと細かく分解され、巨大な骨と細かい粒子の山となった。
「これは、一体、どうなっておるのじゃ。」
「これは、地竜の身体を構成していた物、ですよ。」
「リサ?」
「魔獣達は、最初は普通の獣と変わりません。少し、体内ナノマシンが多いだけです。
ですが、長い年月、その身体がナノマシンの支配下にあると、だんだんと身体を構成する物質がナノマシンの扱い易い物質に置き換えられていきます。
それが、この粒子です。」
「魔石を失うことで、統制が取れずに、粒子化するのか。」
「そうですね。これは初期化された状態、とも言えます。そして、しばらくすれば、これらも新しい魔獣の身体の一部となりますよ。」
「リサ、その知識は、管理者レベル6だから、か?」
「そうです。この世界の仕組みや成り立ちに関する情報が開示されてますからね。」
「角や爪は、そのままじゃな。」
「魔石を取り出す前に切り離したからかな。初期化されずにいるなら、それはこの先も骨のままだと思うよ。」
「なぁ、リサ。体内ナノマシンが多い、長い間、が条件なのか?それは、つまり、俺たちレギウス星人も含めて、なのか?」
「そうです。例外はありません。」
リサが、まっすぐ俺を見る。
「ただし、レギウス星人の場合は、100年以上生きたら、身体のどこか一部がそんな状態になる人もいるかもって感じです。」
「そうなのか。」
「はい。」
「地竜の肉が食べれなかったのは残念じゃったな。」
「あ、子竜なら・・・」
「却下。」
「だよね~。」
「では、そろそろ戻ろうか。」
「うむ。」
「はい。」
◇
「で、なんで岩棚なんだ。」
「あれ?帰りにトロール退治するんでしたよね。」
「その通りじゃ。リサ。」
「俺は村に戻るつもりだったが、まぁ、いいか。」
「まだ、陽が落ちるまで2時間ぐらいありますからね。」
「うむ、地竜は魔法で素早く仕留めたからの、トロール相手には久し振りに鉄棍で挑むとしよう。」
「私は、弓ですね。」
「俺は剣と、この盾も使ってみるか。」
俺は背嚢から円形の盾を取り出す。
オの都でバレン連隊長補佐の分隊からもらった練習用の木の盾。それを元にナンドゥールが製作した金属製丸盾だ。
円の中心部にはレギウス村の紋章が設えられている。
◇
(いました。右手奥に2匹、距離18m、前方を左方向に移動中です。)
(右側面に廻り込み、後ろを取ろう。)
(了解。)
ここは岩棚というだけあって、階段状の段差が多くある場所だ。
段差の縁に沿って移動すれば、上下の位置にいる者の視界には留まりにくい。
ただし、地面が岩なので、足音は注意しないと大きな音を立てる。
また細かい石を蹴飛ばしてしまう事もある。
隠密移動は難しいな。
俺たちはトロール2匹の後ろを取るべく、上段の岩棚に上り、段差の影に入った。
前方にトロールの背中が見える。
身長は250cmから300cm。灰色の肌をしている。
やや猫背なので、ここからは後頭部が見えない。
猫背の所為もあるが、大きく膨らんだ背筋の所為でもある。
両肩も大きく膨らんで、その先の腕の太さが想像できる。
リサとサイモンが使った土のゴーレムに似ているな。
足音に注意しつつ接近する。
10mまで接近した所で、奴らの脚が止まった。
フンフン、フンフン
首を左右に振って匂いを確認している。
こちらが風上だったか。
一歩を踏み込み、8mの距離だ。
後ろのクリスの気配が横に並ぶ。
俺も盾を上げて、剣先を前方に向け、一気に距離を詰めた。
「氷矢、斉射!」
リサの声と共に12本の氷矢が飛ぶ。
手前の奴の背中と、振り返ろうとしていた前方の奴の右腕に矢が突き刺さる。
「ゴガァアアア!!」
驚きと痛みと苦悶の混ざった様な怒声を上げるが、その間に、こちらは間合いに入る。
背中を向けていた奴が左腕の棍棒を振り回し、こちらに振り返った。
俺は左手の盾を上げて、それを右方向に滑らす。
かがんだ目の前には、奴の太い左脚がある。
俺は右手の剣で、それを断ち切った。
灰色の皮膚は硬く、抵抗を感じたが、それも一瞬の事。
さすがナンドゥール製の剣だ。太い骨も問題ないな。
「グゥオオオオオ!!」
バランスを崩して倒れた奴の胸に一突きする。
「ガァ!」
奴の右拳が突き出されるが、盾の正面だ。
ドゴォ
それでも、その衝撃で俺の身体が浮き上がり、剣が胸から抜ける。
くそ、一突きでは足りなかったか。
だが、トロールの突き出された右腕は、そこで動きを止めて、力なく倒れた。
「ふう。」
一息入れて、クリスの方を見ると、相手のトロールは既に倒れて動きを止めている。
「ひどい顔をしておるのぉ。」
それがクリスの感想らしい。
確かに、面長のトロールの顔は1mぐらいありそうなでかさだ。
正面から見ると、2頭身にも見える。
広い額、薄い目、大きな鼻にでかい口。歯並びはガタガタ。
バランスがひどいな。
「さて、魔石を回収しようか。」
「はい、ゴブリン袋です。」
「ありが・・・、何だ?」
倒れたトロールの身体の輪郭がぼやけた、と思ったら、細かい粒子の山となった。
それらも、風に飛ばされ、徐々に減っていく。
「これは、地竜と同じか。」
「だが、まだ魔石は回収しておらんぞ。ファルス。」
「ちょっと、順番が違いますけど。でも、これは地竜と同じですね。」
粒子の山が減っていくと、そこには2本の白い牙のような物が落ちていた。
「これは?」
「ファルス。こっちにもあるぞ。」
「これは、もしかすると討伐の証の品、でしょうか。地竜の角みたいな、トロールの牙?」
「そうかもしれんな。他には奴らが持っていた棍棒が落ちている。これには価値がないだろう。」
「そういえば、腰布も粒子になったんでしょうか。」
「・・・ないな。」
「魔石も無いぞ。ファルス。」
「どういう事だろう?」
「ふむ。」
「謎ですね。」
その後、3組7匹のトロールを倒したが、状況は一緒だった。
俺たちに残されたのは、トロールの牙だけだった。
◇
村の入口に転移した俺たちは、冒険者ギルドに向った。
いつもの部屋でネイマー支部長と会い、テーブルに3枚の冒険者カードを並べる。
「そうか。ごくろうだったな。」
セレスさんがテーブルの上に書類と羽ペンと布袋を置いた。
ネイマー支部長がそれを俺に渡す。
「依頼達成報酬の銀貨10枚だ。確認したら、ここにサインしてくれ。」
俺は布袋から銀貨10枚を出し、それをリサに渡した。
書類にサインをし、ネイマー支部長に返す。
この羽ペンはインク壷不要の魔道具か?だが、魔石が無いな。
「よし、これで、この件は終わりだ。
今回は予定外の救出任務を優先して依頼したが、相談したい依頼は別にある。
疲れていなければ、続けて話したいが、どうだ?」
「構わない。こちらも色々聞きたいこともあるしな。」
「ほう、どんな事だ。」
「恐らく、常識に係わることだ。」
「常識?」
「そうだ。我々の常識では、ゴブリンやオークを倒すと魔石が手に入る。それに奴らの身体は消えずに、そのまま残る。」
「ほう、面白いな。魔獣と一緒なのか。」
「そうだ。先程トロールを倒したが、魔石は無く、肉体は消え、2本の牙が残った。この国では、これが常識なのか。」
「そうだ。」
「トロールの他に、身体が消える者は居るのか。」
「いるぞ。ゴブリン、オーク、オーガ、それに魔窟や迷宮にいる階層主や魔獣は全てがそうだ。
肉体が残るのは、森や山にいる魔獣だな。こいつらは魔石持ちだ。」
「魔窟や階層主というのは?」
「ふむ、どうやら初心者講習が必要のようだな。セレス。」
「はい、明日の10時から1時間の予定です。あの、冒険者登録したばかりの子たちと一緒の可能性もありますけど。」
「それは問題ない。では質問はその講習を受けてからにしよう。」
「そうしてくれると助かるな。さて、こちらの話をしても良いかな。」
「どうぞ。」
ネイマー支部長から3件の依頼内容について説明を受けた。
依頼達成期限に余裕があるので、明日の午前は講習、午後から行動開始とした。
■■■
はい、リサ=メンフィスです。
宿で夕食を食べて、ファルスさんはお風呂へ行きました。
同じ部屋って、どういう事!
と思ってますが、仕方ないですね。
それより今の問題はクリスです。
「つまり、明日はボディスーツを脱いで1日過ごすのね。」
「うむ。パメラが言うには、ボディスーツを着ていては妊娠できないそうじゃ。」
「お腹大きくなるからね。」
「そうじゃ。大きくなってから脱いだのでは、生活に慣れるのに苦労するというからな。その、主にトイレで。」
「でも、なんで今なのよ。」
「思い付きじゃ。それに冒険者の町じゃからの、道具も揃っておるじゃろ。」
「まぁ、そうね。」
私は背嚢から取り出した冒険者ギルドの初心者ガイドの紙を見る。
ずぅーと前にオの国で貰った物と、今日ここのギルドで貰った物だ。
どちらも、野外や探索場所でのトイレの処理の仕方が注意点として書かれている。
きちんと処理をしないと、獣や魔獣に影響があるし、他の冒険者にも迷惑なので、きちんと処理をしなさい。と書かれている。
オの国のガイドには、地面に深さ30cm以上の穴を掘って、終わった後は埋めること、と書かれている。
ここでは、地面の穴方式の他に、魔道具屋で携帯トイレを買って、それを使え。とある。
「じゃあ、明日は魔道具屋で携帯トイレを買おう。」
「うむ。では、うちらも風呂へ参ろうか。リサ。」
「はいはい。」
「ねぇ。」
「何じゃ。」
「この携帯トイレって魔道具。売れそうじゃない?」
「では、リサも使って見ないとな。」
「えっ!」
「売れるかどうかは、使ってみれば分かる。」
「うーん、そうねぇ。」
「改良点が見つかるかもしれんぞ。」
「はいはい、私もお付き合いしますよ。」
次回121話「同行者」
クリスとリサの試み、それも冒険です。




